第4話 惨劇
「何なのよ……これ……」
目の前に左右が反転した自分が立っている。それも鏡の中から出てくるという現実離れした状況。
対面する生徒Bも、それを横から見ていた生徒Aと夢奏も、驚きと恐怖でその場から動けなかった。
(何この匂い……まさかあれから?)
鏡像の生徒Bから漂う焦げたような匂い。夢奏だけは気付いていたが、生徒AとBは混乱のあまり気付いていない。
「殺す……殺す……」
鏡像の生徒Bは狂ったかのように「殺す」と連呼している。徐々にその声は大きく早くなっていく。
そして言葉と言葉の感覚が無くなった時、鏡像の生徒Bは目にも止まらぬ速さで実体の生徒Bの首を掴んだ。
「う、うぐ……ぁ……ぁが……」
相当きつく締められているのだろう、生徒Bの目からは涙が溢れ、血が溜まり顔は赤くなっている。
死んじゃいなよ、と鏡像の生徒Bが呟くと、実体の生徒Bの耳から大量の水が溢れ始めた。
「い、いや……」
実体の生徒Bは声を発しなくなり、抗おうと鏡像を掴んでいた手も力なく離れ落ちた。
耳から流れ落ちる水は止まった。しかし次は実体の眼球が水へと変化し、顔を伝って床に流れ落ちた。無論、夢奏と生徒Aは驚愕した。
生徒Aはただ混乱していたが、眼球が水へと変化する瞬間を見ていた夢奏は、先程耳から流れ落ちた水の正体を察した。
(まさか……脳みそ……?)
鏡像が実体の脳と眼球を溶かした。もしもそうであれば、生徒Bは死んでいる。目の前で人が死んだ。
気付けば夢奏は恐怖で失禁しており、ショーツは勿論靴の中まで尿で濡れてしまった。
高校生にもなって失禁してしまった。そんな羞恥を味わいながらも、鏡像に対する恐怖は続いている。
(逃げないと……)
震える脚を動かし、夢奏はトイレの外に出ようと動き始めた。
しかし直後、生徒Aが夢奏の腕を掴み、夢奏を鏡像の方へと押した。
「あんたのせいで……あんたのせいでこうなった! 私は死なないから代わりにあんたが死ね!!」
涙を流しながら叫ぶ生徒A。夢奏は鏡像にぶつかり、生徒Aは出口に向かって走る。
「逃がさない」
鏡像が生徒Aに手をかざすと、手のひらから湧き出た水が生徒Aを捕縛。引きずりながらトイレの中に戻した。
「いや!! 助けて!! 死にたくない!!」
声が裏返るほど叫ぶ生徒A。
しかし近くを歩いていた生徒達は「馬鹿なことやってるな」程度にしか考えず、一切興味を示さなかった。
「
鏡像が呟いた直後、捕縛していた水が生徒Aを貫通し、生徒Aの身体は
生徒Aは分断された瞬間に意識を失い、恐らくはこのまま息絶える。
「~っ!?」
目の前でまた人が死んだ。今度は身体を分断されて。
怖い。吐きそう。今度は自分が殺される。死にたくない。まだ死にたくない。
「お前も死ねよ」
始……!!
「夢奏!!」
名を呼ばれた直後、鏡像は何者かに蹴り飛ばされていた。しかしそれが誰なのか。顔を見ずとも夢奏には理解できた。
「はじ、め……」
死ぬかもしれない。そんな時に真っ先に読んだ名前は始だった。
そして、夢奏は始に来て欲しいと思った時、始は必ず来てくれた。
始はトイレ内に転がる生徒AとBの亡骸を見て、現状を把握。その後蹴り飛ばした鏡像を睨み、肺に溜まっていた空気を吐き出した。
「……夢奏、終わったら全部話す。だから、俺の後ろで待っててくれ!」
始はトイレの鏡に手をかざす。
すると鏡は青い光を放ち、鏡像の始が光と融合。光となった鏡像は鏡の外に出て、始の右手に引き寄せられる。
光は銃の形を模したと同時に弾け、光の中から紺色の銃が現れた。
何が起こっているのか分からない。
鏡の中から現れた鏡像。
簡単に死んでしまったクラスメイト。
鏡の中から現れた紺色の銃。
銃を持ち鏡像と対峙する始。
しかしこれだけは分かっていた。始は夢奏を守るために銃を握っていると。
「ぐ、ぐぅ……」
蹴り飛ばされた鏡像が呻きながら立ち上がり、思わず目を背けてしまう程の眼力で始を睨む。
「殺して……やる!」
鏡像は始に手をかざし、蛇を模した数本の水で攻撃。
(水属性か……なら苦戦もしない!)
始は引き金を引き、青い銃弾が放たれる。
弾けろ。始がそう念じた直後に銃弾は弾け、氷の礫になり水の蛇に飲み込まれる。
無効化されたかと思われた直後、水の蛇は一瞬で凍結。飛んでいた蛇達は床に落下し、さながら薄いガラスのように簡単に砕けてしまった。
「氷属性……相性が悪すぎる……」
鏡像は再度水の蛇を放ち、直後に鏡に向かって走った。
始は囮である水の蛇を再度凍結させたが、鏡像は鏡の中に戻ってしまった。
「残念でした! あんたは実体だから鏡の中には来れない……私の勝ちよ!」
鏡像が逃げ込んだ鏡に対面し、始は少しニヤついた。
傍から見れば、鏡に映った始が女子生徒になっている。なんとも珍妙な光景であるが、最早そんなことを気にしている余裕など夢奏には無かった。
「お前の勝ち? バーカ、お前の負けだ」
始は鏡に銃口を向け、躊躇わずトリガーを引いた。
普通の銃であれば鏡は砕け、壁に弾丸がめり込む。しかし始が持っているのは普通の銃ではない。
故に、炎を凍らせるように鏡の中に弾丸を打ち込むこともできる。
「な……に……」
鏡像は心臓を撃たれていた。
そして始は氷属性。撃つだけで終わりではない。
鏡像の体内に残留した弾丸は変形し、
「
毬栗のように変化した弾丸の針が延長し、内側から鏡像の身体を貫いた。
登頂、口、腹、湧き、会陰、脚、ありとあらゆる場所から氷の針が出現し、鏡像は痛みと冷たさに苦しみながら死んだ。
鏡像が死んだ直後に氷は消滅し、穴だらけの鏡像は鏡の中で床に倒れた。その後鏡が再度波打ち、鏡像は本来映るべき鏡像に戻った。
身体の穴が消え、目と脳が溶かされた状態の生徒Bと同じ姿になったところを見届けた始は、鏡に向かって紺色の銃を投げた。
銃は鏡の中に吸い込まれ、鏡が波打った後に銃は始の鏡像に戻った。
「……夢奏は、俺が合図したら話に合わせてくれたらいい。この2人を殺したのは不法侵入者……そう騙す」
「騙す? なんで騙す必要があるの、正直に言えばいいじゃん!」
「言ったところで誰も信じてくれない。それに、俺達はいつもこうして偽装してきた。今更本当のことを言ったところで遅い」
これまでにも数々の戦いを生き抜いてきた。始の発言からそう理解できた。
しかしただ気掛かりなのが、始は鏡像と戦っている自分のことを「俺達」と言った。このことから、始のように鏡像と戦う存在が他にもいると悟った。
「……達? 始の他にも、今の……武器持った人がいるの?」
「それについてはまた落ち着いたら話す。それよりもまず偽装が先だ。とりあえずさっきも言ったけど、俺が話せるかって聞いたら話に合わせてくれ。その辺の教師呼んでくるから待っててくれ」
始は夢奏をトイレに待たせ、1人で教員を探しに出た。
(職員室まで行かないとダメかな……いやいた!)
廊下を走っていると、階段を降りようとしている女性教師を見つけた。
女性教師は別のクラスの担任であり、授業の関係で始のことは知っている。故に始に「先生!」と声をかけられた際も、声だけで始だと気付いた。
どうしたと言いかけた女性教師だったが、始が食い気味に「人が死んでる!」と発言し、女性教師は全身の毛穴が広がる感覚を覚えた。
始は女性教師を女子トイレまで先導し、女子トイレの惨状を目撃させた。
2人の亡骸を見た女性教師は反射的に口元を押さえたが、込み上げた吐き気はなんとか抑えきれた。
「何があったの……」
「分かんねぇよ……夢奏待ってたら名前呼ばれて……来たら……!」
「……とにかく、警察を呼びます」
女性教師はポケットからスマートフォンを取り出し、警察に通報。10数分程度で警察が到着した。
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