第3話 鏡像

 東海林家の子供達はほぼ同じタイミングで朝の行動を開始する。

 起床。洗顔。口内洗浄。朝食。身支度。朝のニュースの視聴。

 男の始と女の夢奏及び摩耶とではやるべき事が変わってくるが、大体3人とも同じタイミングで朝の行動を終える。


「「「いってきまーす」」」


 そして同じタイミングで3人は家を出る。

 家を出た直後、摩耶は自転車に乗り右を向く。対して始と夢奏は徒歩で左を向く。

 摩耶の場合は高校が比較的近い場所にあるため自転車で通学している。摩耶とは別の高校に通う始と夢奏は電車通学であり、駅を4つ程跨いだ高校へ向かう。


「そんじゃ!」

「「うん」」


 3人は家の前で別れ、別々の高校へと向かう。


「あ、行く途中でコンビニ行っていい? 新しく発売したジュース買いたい」

「いいよ。じゃあ私も何か飲み物買おっと」


 駅へと向かうこの道を、つい数時間前に始は通った。

 この道をまっすぐ進み、途中で曲がる。曲がって暫く走ったところで、始は銃を持って怪物と戦っていた。しかし夢奏はそんなことを知るはずもなく、始の隣でただ歩く。


「ん? なんだろ、あれ」


 少し歩いたところで夢奏は足を止めた。

 夢奏の視線の先には人だかり。人だかりの隙間からはパイロンが見え、パイロンとパイロンの間に黄色のテープが張られている。

 何か事件でも起こったのだろうか。気になった夢奏は人だかりのいる道へ入ろうとした。

 しかし始は夢奏の手を掴み、歩みかけた夢奏を止める。


「人が死んでるのかもしれない。行かない方がいい」

「っ! そっか……そうだね、見ない方がいい。早く行こ……怖くなってきた」


 夢奏は人だかりから目を背け、駅へと向かう道へ戻った。


(……多分あいつだな)


 人だかりの向こう側には女子高生の死体が転がっており、警察が処理していた。

 その死体は昨日夢奏を取り囲んでいた女子生徒の1人。数時間前、怪物に襲われ死んでしまった女子生徒である。

 しかし人だかりの向こうには女子生徒と警察しかいない。この場所は間違いなく、怪物が始の銃により凍らされた場所である。にも関わらず、氷はおろか怪物の肉片1つ残っていない。

 始は怪物が消えた理由を知っている。知っているからこそそれ以上考えず、夢奏と共に駅へと向かった。


 予定通りコンビニで飲み物を買い、登校出勤前の人が多い駅に入り、15分に1回の電車を待つ。

 電車が到着すれば、2人は満員に近い電車の中に押し入る。2人で隙間に入れば、並のように後から押し寄せてくる乗客達に奥へ奥へと押される。

 2人は離れてしまわぬように手を繋ぎ、互いの身体を密着させる。加えて痴漢などから夢奏を守るように、始は両腕を夢奏の身体に回す。

 始はあくまでも痴漢から守るための行為として夢奏を抱き寄せているのだが、夢奏にとってこの時間は至福。電車内が狭く苦しいことなどはもうどうでもよくなってしまう。寧ろ密着を余儀なくされる朝の電車に感謝をしている。

 発車して2つ目の駅に到着すれば、半分以上の乗客が下車する。故にもう夢奏を抱き寄せる必要がなくなる。夢奏は毎度この時が悲しく、もう少し密着していたいと心の底から思う。

 2つ目の駅を発車して暫くすると、学校の最寄り駅に到着する。始と夢奏を含めた近隣の高校に通う生徒達は下車し、各々改札へと向かう。

  ICカードを改札でタップして、2人は人混みからようやく開放される。

 ここから2人は徒歩10分程度の場所にある学校へと向かう。


 教室に入れば、教室内はいつも通りだった。生徒の殆どはスマートフォン片手に談笑し、一部はパンや菓子などを貪る。

 そんな中、昨日夢奏を囲っていた女子生徒AとBが、まだ登校していない生徒Cにメッセージを送る。しかしいくら待っても返信は来ず、既読すら付かない。

 どうせ援助交際の反動で寝坊したのだろう。そう決めつけ、生徒達はメッセージアプリを閉じた。


「おはようございます」

「はよー」

「おっはー」


 担任の教師が挨拶をしながら入室し、教室内の生徒達は挨拶を返す。


「せんせー、梨花知らない?」


 生徒Aが担任に尋ねた。

 梨花とはまだ登校していない生徒Cの名である。


「それが……まだ連絡来てなくて、出席なのか欠席なのかも……」

「……じゃあやっぱ援交の反動かな?」

「じゃない? 何か最近金持ちのオッサン捕まえたらしいし、もしかしたら今遊んでるのかも」

「ヤッバ! 梨花もうクソビッチじゃん!」


 大声で笑う生徒AとB。その声を聞いていた他の生徒達は露骨に不機嫌な表情になったが、2人は構わずに下品な会話を続けた。


 時間は流れ、1時間目、2時間目、3時間目、4時間目が終わり、昼休みに入った。

 夢奏と始は机を合わせて弁当を食べる。クラスメイト達は、疑問の眼差しで2人を見つめる。

 その疑問は共通して、「なんでこの2人は交際を続けられているのだろう」というもの。

 始はクラスの人気者であり、夢奏はクラスの不人気者。クラス内で真逆の存在である2人は、入学時点で既に交際していた。当然クラスメイト達は理由が気になる。

 しかし未だに生徒達は誰一人として、馴れ初めや相手への想いを聞けていない。もしも聞けば、高確率で「俺と夢奏が不釣り合いだとでも思ってるのか」と始は激怒する。仮に夢奏に聞くとなっても、普段からあまり会話しない相手に馴れ初めなどを話すはずもない。

 そんなクラスメイト達の苦悩をよそに、夢奏と始は楽しそうに食事を続ける。

 そんな中、生徒Bはメッセージアプリを開き衝撃を受けた。


「嘘……」

「既読ついてないんだけど……」


 梨花はメッセージを既読していない。

 スマホ中毒者の梨花は、昼になるまでにスマホを弄らない訳が無い。仮に寝過ごしていたとしても、梨花は確実に昼前には目を覚ます。

 生徒AとBは嫌な予感がした。

 援助交際の相手に監禁されているのではないか。通学途中に事故にあったのではないか。

 嫌なイメージが浮かぶ中、生徒AとBの脳に昨日の出来事が蘇った。

 夢奏を叩き、始に恐喝された時のことを。

 確信はない。しかし生徒AとBはあくまでも可能性の1つとして「夢奏と始の共謀により、梨花は意識不明の重体に陥っているのではないか」と考えた。


 ◇◇◇


 6時間目が終わり、夢奏は帰宅前にトイレへ向かった。そして生徒AとBは夢奏を追う。

 気付かれないよう尾行し、夢奏がトイレに入ると同時にBは夢奏の手を引いた。

 当然夢奏は驚いた。加えて、昨日の今日でまた恐喝されるのかと少し混乱した。


「あんた……なんかしたんじゃないの?」

「え……?」

「とぼけないで。梨花がこの時間まで既読つけないのはおかしい。東海林に告げ口したんじゃないの?」


 そんなこと知る訳ない。する訳もない。

 夢奏は思った。なんで関係の無い自分が変なことに巻き込まれるのだろうと。

 物が無くなれば面白半分で疑われ、何かが壊れても疑われた。

 そして今日も、関知していない事柄でなぜか疑われた。疑われること自体には慣れてしまっているが、疑われる要因が分からないため夢奏は混乱する。


「何もしてない……何も知らない!」

「昨日東海林があんたに言ってたよね。殺して欲しいかって。どうせ後になってやっぱり殺してって言ったんでしょ?」

「違う……そんなことしない……」

「いい子ぶってんじゃねーよ! 東海林と付き合ってるからって調子乗りやがって……ムカつくんだよブス!」


 生徒Aが夢奏の肩を押し、夢奏は洗面台近くの壁にぶつかった。

 身体全体に伝わる振動は夢奏の尿意を刺激したが、漏らしはしなかった。



「梨花をどこにやった……言えよ!」



 なんでこうなるの?



「聞いてんのかよおい!」



 私は何も知らないのに。






 私が何をしたの?






 なんでみんな、私を嫌うの?





「なにこいつ……もう行こ、マジで知らないのかも」


 生徒Bが呆れたような態度を見せ、もう生徒Aもそれに同意。2人は夢奏から離れ、トイレの外へ出ようとした。

 しかし、生徒Aが異変に気付き足を止め、Bも続けて足を止めた。


「どうしたの?」


 生徒Bは異変に気付いていない。

 しかし無言で口をパクパクさせている生徒Aを見て、その目線の先を見た。


「……え……?」


 生徒Aは鏡を見て足を止めた。なぜなら、本当であれば進行方向を向いているはずの鏡像の生徒Bが、本物のBの動きに逆らい生徒Aを見ていた。

 生徒Bが鏡を見ても、鏡像の生徒Bは生徒Aを見ている。

 そして生徒Bが恐怖を感じ後退ると、鏡像の生徒Bは実体を見つめた。


「殺す……」


 鏡像の生徒Bが鏡の外に手を伸ばし、鏡の表面が波のように動いた。

 その直後、


「っ!?」


 鏡の中から鏡像の生徒Bが現れ、実体の生徒Bと対面した。

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