第15話 バイトを探すカップル。
「ねえ
いつも通りの文芸部室で、唐突に
「なんだ、急に」
珍しくゲームより先に宿題でもやろうとしていた俺は、彼女の言葉に顔を上げる。
「ほら、今から始めればちょうど冬休みの軍資金ができるし。やっぱりある程度お金があったほうが長期休暇は楽しいよ」
結朱にしては珍しく建設的な意見に、俺も思わず唸る。
「確かに。クリスマス商戦でちょうど注目の新作ゲームが出る頃だな。それに向けて金を貯めるってのはアリか」
「おいこら。ゲームじゃなくて私に使いなさいよ、お金もクリスマスも」
不服そうにクレームを入れてくる結朱。まあ、俺たちの関係がクリスマスまで続いていれば考えよう。
「善処します。で、結朱はどんなバイトがいいんだ?」
条件を訊ねると、結朱は顎に人差し指を当てて考え始めた。
「んー……私、バイト初めてだからなあ。まず何より自分のスキルを活かせる仕事。私のスキルと言ったら、可愛いことと、運動が得意なことと、頭がいいこと……やばい、大抵の仕事で活かせちゃいそう」
「隙あらば自画自賛を始めるね、お前は。話が進まないからなんでもいいってことにしとくぞ」
呆れて結朱の話をスルーしようとすると、彼女は慌てたように俺を手で制してきた。
「あ、うそうそ。とりあえず二人で働けるところがいいよね。で、力仕事はパスで、短期のもの。大和君は?」
「実入りがよくて、シフトに融通が利いて、なるべく人と接しない仕事がいい」
「えー、それだと私とも接しなくなるじゃん。二人で働く意味なくない?」
「じゃあ別のところで働けばいいだろ」
身も蓋もない俺の意見に、結朱は不満そうに頬を膨らませた。
「なんですと? 君は少しでも最愛の彼女と一緒にいる時間を増やしたいと思わないのかね?」
「会えない時間が愛を育てるらしいぞ。織姫と彦星とか見てみろよ。年に一回しか会わないのに長いこと続いてるじゃねえか」
「そりゃ彦星は一回で一年分の愛情を織姫に注いでくれてるんだよ。大和君は彦星の三六五分の一の愛情表現もしないんだから、数で稼いで?」
「馬鹿言うなよ。俺の愛情が彦星に負けるわけないだろ。これだけ愛情が大きければ会うペースは四年に一度でもいいくらいだわ」
「もはやオリンピックの頻度じゃん。それだけ愛情が大きいなら、あえて離れて愛を育てる必要もないよね。やっぱり数を増やして?」
「どうあっても結論変わらねえのかよ……」
不毛な会話をしてしまった。
「ともかく、人と接しないのは譲るとして、二人の注文を合わせると、やっぱり条件が狭まってくるな」
「まあね。実際に働いてみないと分からないこともあるだろうし……そういえば、大和君ってバイトしたことあるの?」
「ああ。夏に一回やった。ゲーム機買うためにな」
今まではお年玉頼りだったゲーム購入を、自分の力で成し遂げた時の感動たるやない。
あれはいい思い出だ。
「へー、何のバイト?」
「スーパーの品出し」
閉店後の作業だったので、接客もないのが助かった。
「品出しかあ……それもいいかも。楽しかった?」
「別に……商品運んで並べるだけだからな。ああ、でも人間関係が鬱陶しかったな。俺と同じ高校生のバイトが結構いてさ」
つい渋面を浮かべると、結朱が呆れたような顔をした。
「もー、また陰キャこじらせて。どうせまた教室にいる時みたいに無言で過ごしてたんでしょ」
結朱の予想に、俺は首を横に振る。
「いや、それが真逆よ。仕事があると、どうしても口を利かなきゃいけなかったりするもんでな。しかも仕事っていう共通の話題があるから、意外と会話が弾んでしまうんだよ」
「弾んでしまうって、何その不本意感が溢れた言い方」
「実際、不本意だったし。周りが陽キャだらけだったから、会話が弾むと自然とバイト終わりに遊びに行く流れにされてさ、いちいち断るのが大変だったわ。特に同じシフトで入ってた奴とか、しつこいのなんの」
まあ、すごい力持ちではあったから、シフトを一緒にこなす上では助かる奴だったが。
「そのくらいの人間関係は大事にしなよ。せっかく仲良くなったんだから」
駄目な弟を見る姉のような目で窘めてくる結朱。
「最低限のコミュニケーションは取ってたって。一応、今でもたまに連絡してるし」
「え、意外。もしかして大和君の友達を初めて紹介してもらえたりする?」
どうやら結朱は俺の人間関係に興味津々らしい。
正直、単なる一夏のバイト仲間でしかない奴を友達と呼んでいいのか、いささか疑問はあるのだが。
「お前、彼氏の友達にいちいち紹介されたりするの嫌だとか言ってなかったか?」
だから友達いない俺を選んだとかなんとか。
「そうだけど、ここまでぼっちをこじらせた大和君の友達となると、さすがに興味あるよ」
前のめりで瞳を輝かせる結朱。
「んー……じゃあ、あとで連絡してみるわ。またスーパーのバイトに空きがあるかどうかも聞きたいし」
正直、俺からあいつに連絡するのは気が重いが、ちょうどいい機会でもあるからな。
「あ、いいね。そしたらバイトの時に会えるだろうし。いやー、どんな人なのかな」
「まあ、結朱とは相性いいんじゃないか? 会って話してみたら意気投合するかもな」
気楽に俺が答えると、結朱はどこか悪戯っぽい表情を浮かべた。
「ほーう? じゃあ、もしかしたら私が大和君よりもその人を好きになっちゃったりするかも?」
「お前にそういう趣味があるんなら、俺には太刀打ちできないな」
俺がさらりと流すと、結朱は不満そうに眉根を寄せた。
「ここはヤキモチの一つも妬く場面だと思うんですけど」
「アホか。女同士の仲にまでいちいちヤキモチ妬いてたら身が持たねえよ」
いつも通り無茶な結朱の要求に、肩を竦めて答える。
「……ちょっと待って」
が、何故か結朱の様子が普段とは違い、妙に強張った表情をしていた。
「なんだよ?」
「いや……その友達って、女の子なの?」
「まあ、生物学上は」
とりたてて女として意識したことはないけども。
「……いやいやいや! 大和君って女友達とかいたの!? 嘘でしょ! 男友達ですらいないのに! あ、もしかして妄想上の存在? 大丈夫? その子実在する?」
「よくもこの数秒で、そこまで無礼な質問を叩きつけられたな……実在するわ。ちょっと待ってろ、証拠に今すぐ連絡するから」
俺がスマホを取り出すと、結朱がその手をしっかり押さえた。
「タイム! やっぱり連絡しなくていいです!」
「なんでだよ」
急に方針転換する結朱に困惑する俺だったが、彼女はぷくっと頬を膨らませた。
「だって会いたくないし!」
「さっきと言ってること真逆だな、おい」
「ていうか大和君にもその子と会ってほしくない」
「さっきと言ってること真逆だな、おい」
人間関係を大事にしろとか言ってなかったか。
「そりゃそうでしょ! ここは彼女としてはヤキモチの一つも妬く場面だもの!」
「さっきと言ってること真逆だな、おい」
俺がヤキモチを妬くべき場面じゃなかったのか。
「お前……言ってることが急に一八〇度変わってて、付いていけんぞ。結局、俺はどうすればいいんだ?」
純度一〇〇%の困惑をぶつけてみると、結朱はちょっとバツが悪そうに答えた。
「……色々不安だし、やっぱりバイトするのをやめよう。お金なんかなくても、二人でいれば冬休みも楽しいよ」
その答えを聞いて、俺は一つ溜め息を吐いてから口を開いた。
「さっきと言ってること真逆だな、おい」
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