第12話 普段、素直じゃない彼氏が酔っ払った結果。

「そういえば大和やまと君、今日は差し入れがあります」

 いつもの文芸部室。

 RPGのプレイ中、一度休憩を挟むことになったところで、結朱ゆずがそう切り出した。

「じゃーん! ブランデーボンボン!」

 結朱は得意げにかばんからお菓子の箱を取り出した。

「うわ、随分と高そうなお菓子だな。どうしたんだ?」

 高級感溢れるパッケージに驚きながら訊ねると、結朱はパッケージを綺麗に開けながら答える。

「うちの親が仕事先でもらってきたんだけど、食べないからってくれたの。一緒に食べよ」

「おう」

 箱を開けると、ボトルを模した小さなチョコレートが現れた。

「じゃ、いただきます」

 小さなチョコを一口で食べる。

 甘いチョコの味が口いっぱいに広がったところで噛むと、香りの強いお酒が中から溢れ、一気にビターな味わいに変わった。

「あ、美味しいね。さすが高いだけはある」

 結朱も同じように一口食べて、ほころぶような笑みを浮かべた。

「そうだな。なかなか自分じゃ買えないレベルだ」

 俺も同意すると、結朱は自慢げに胸を張った。

「でしょ? 私に感謝してよ、大和君」

「ああ。ありがとうな、結朱。本当に結朱は可愛いし気が利くし、最高の彼女だわ」

「ん、んん? えと、そこまで褒めるほどでも」

 俺が素直に褒めると、結朱は何故か困惑したような顔をした。

「いやいや、今回のことだけじゃなくて、普段から思っていたことだよ。結朱は可愛いだけじゃなく、ちゃんと周りのことも見てるし、協調性もあるし、本当に自慢の彼女だなあって」

「ど、どうしたの!? 大和君! 急に歯の浮くような台詞ばっかり!?」

 結朱が目に見えて動揺する。そういうところももの凄く可愛い。

 と、彼女はそこで、ハッとしたようにブランデーボンボンを見た。

「ま、まさか……酔っ払ったの!? たった一粒で!?」

「あのな……そんな量で酔うわけないだろ。おかしなこと言うね、結朱は。でもそういうところも可愛いな。いや、そこまで可愛いともう何やっても魅力になるからずるいよね」

「完全に酔っ払いだこれ! 大和君って酔うとこんな感じになるんだ!?」

 結朱の目がどうしていいのか分からないように泳ぐ。いったいどうしたというのか。まあ可愛いからいいか。

 ともあれ、せっかくチョコを持ってきてくれたわけだし、お礼をしなくては。

 結朱は友達に話す用のカップルらしいエピソードをよく欲しているし、とりあえずこの機会に一つそれを増やしてあげようか。

「結朱も、せっかくチョコがあるのに食べないのはもったいないぞ。俺が食べさせてあげよう。ほら、あーん」

 俺はチョコの包みを剥がして、結朱の口元に持っていく。

「や、大和君がかつてないほど積極的……! ど、どうしよう」

 結朱は驚いたように硬直してしまった。ナルシストの割に防御力のない奴だから仕方ないか、ここは俺が積極的に動こう。

「ほら、結朱」

 俺は結朱の腰に手を回して逃げられないようにすると、彼女の口にチョコを押し込んだ。

「はむ……!?」

 不意打ちを受けたように呻きながらも、チョコを食べる結朱。

「美味しいか?」

 抱き寄せたまま至近距離で顔を覗き込むと、結朱はこくこくと赤くなって頷いた。

 真っ赤な顔になってしまっていて、あまりにも可愛らしすぎる。

「結朱、耳まで真っ赤だぞ。可愛いなあ」

 俺は誘われるように、赤くなった彼女の耳たぶを触った。

「え、あ、あうあう……」

 結朱はビクッと肩を跳ねさせたものの、フリーズしたように動かなかった。

 その間に、俺は彼女の柔らかい耳たぶをぷにぷにと押し続ける。

「や、大和君……!」

「照れてる?」

「あ、当たり前だよ……」

 俺の質問に、消え入りそうな声で答える結朱。可愛い。

「そっか、でもやめてあげないけどね。照れてる結朱、可愛いから」

「う、うぅ……計算外なんだけど……! このままじゃ照れ死する……! なんとかしなきゃ……!」

 結朱が早口で呟きながら何かを考えている。可愛い。

「そ、そうだ、大和君。私、ちょっと喉渇いちゃったな。鞄の中に紅茶が入ってるんだけど、取ってくれる?」

「もちろんだとも。ちょっと待ってて」

 チョコを出した時に開けっ放しになっていた鞄から、ペットボトルの紅茶を取り出し、蓋を開けてから彼女に渡す。

「はい、どうぞ」

「ありがとう……よし!」

 結朱は紅茶を受け取ると、決意を固めたような顔でこっちを見た。

「大和君、ごめん!」

 そして、俺の口にペットボトルの口を突っ込んできた。

「んぐっ!?」

 唐突な蛮行に反応できず、俺は反射的に流れてきた紅茶を飲んでしまう。

「お願い! 私のことを大事だと思うならこのまま飲み干して!」

 そう言われたら、飲まないわけにもいかない。

 そのままこくこくと飲み進めるにつれ……今までもやが掛かっていたような頭が急にクリアになってきた。

「う……俺は今まで何を……」

 そうして一本飲み干したところで、完全に正気に戻った。

「や、大和君……! よかった、元に戻ったんだね!」

 結朱は心底から安堵したように深々と息を吐いた。

 その瞬間、目が合う。が、お互い弾かれたように顔を背けた。

「えっと、今は正気?」

「……はい」

「今までの記憶は?」

「……ばっちりあります」

 結朱の質問に、死にたくなるような気持ちで答えた。

 と、俺の気まずさが分かったのか、結朱が慰めるような表情でこっちを見てくる。

「えっと……嫌じゃなかったよ? ただちょっと私も心の準備が出来てなかっただけで」

「いやいいよ! そういうフォロー! 逆に辛いわ! うわあああああ! 死にてえ! なんだあれ! なんだあいつ! さっきまで俺の身体を支配していたあいつは誰だ!?」

 俺は思わず頭を抱えて床をのたうち回る。

「だ、大丈夫だって! いつもの大和君の十倍くらい愛想良かったし! 人格的にもあっちのほうがまともかもしれないから!」

「普段の俺、あんな奴に劣るの!? 知りたくなかったわそれ! なんかもう消えてなくなりたい気持ちが半端じゃない!」

 と、そこで俺の目に、元凶となるブランデーボンボンが目に入った。

 反射的に、俺はそれを手に取って包装を剥く。

「大和君!? 何をまた食べようとしてるの!」

「うるせえ! 俺はもう正気じゃ生きていけねえんだよ! これ以外にこの恥を処理する方法が思いつかない! 止めてくれるな!」

「止めるに決まってるよ! あんなペースで可愛がられたら私も命が危ういからね! 普通に照れ死寸前だったからね!」

「大丈夫だって。結朱はメンタルも強いし、すぐに慣れるさ。そういうところも可愛いなあ、結朱は」

「間に合わなかった! うわああああん! また一から始まるよー!」


 一時間後、また消えてなくなりたくなる俺であった。


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