第4話 罰ゲームを楽しむカップル。

 ――強大な敵が、俺たちの前に立ちはだかっていた。

 四本ある腕に剣を握った巨大な骸骨がいこつの剣士。

 それが今、冒険者である俺たちに牙を剥いている。

「ちょ、怖い! 大和やまと君、この敵怖いんだけど!」

 テレビ画面から逃げるように後ずさりながら、結朱ゆずがボタンを連打する。

 俺も、思わず顔をしかめた。

「いや、こいつ強いな……!」

 放課後の文芸部室。

 いつも通り勝手にこの部屋に集まった俺たちは、いつも通りOBが残していったレトロRPGを進めているところである。

「死んだー!? 大和君、蘇生お願い!」

「いやちょっと、そんな暇はな――うおっ!? 俺もやられた……」

 結朱が死んだのをきっかけに戦線は崩壊、パーティが全滅してしまった。

「負けかー。急にあんな強いのが現れるなんてびっくりだよ……」

 結朱はコントローラーを手放し、椅子の上でぐったりと脱力した。

「隠しボスっぽい奴だったな。ストーリーには関係なさそうな敵だけど、どうする?」

 俺の問いかけに、彼女は再び背筋を伸ばす。

「もちろんリベンジ! ……まあ、さっきの様子じゃ勝てそうになかったけど。ああいう時って、どうしたらいいの?」

 結朱はRPG初心者なため、こういう時の対処法を知らないらしい。

「まあ、回復アイテムを買い揃えるか、レベル上げだろうな」

「アイテム……は無理だよねえ。装備買い換えたばっかりだしお金ないもん。となると」

「レベル上げだろうな」

 こうして、RPGの醍醐味であり最大の面倒事でもあるレベル上げが始まった。

 ちまちまと雑魚敵を倒しては経験値を稼ぎ、また倒しては稼ぎ――。

 俺はこの手の作業を苦としないタイプだが、隣の結朱は1レベルが上がったところでもう限界とばかりに顔をしかめていった。

「大和君、地味なんだけど」

「レベル上げって、そういうもんだよ」

「何か小粋なトークで場を繋いでくれない?」

「陰キャに無茶な要求をするな」

 無茶振りを拒絶すると、結朱は唇を尖らせた。

「ねえ大和君、知ってる? カップルが初デートで遊園地に行くとうまくいかないって話」

「ああ。確か、アトラクションの待機時間が長いから、親しくなる前だと会話が続かなくてギクシャクするってやつだろ? 同じ理由で喫茶店も駄目とか」

 うろ覚えの知識を語ると、結朱は渋面のまま頷いた。

「そう。そして今私の中にある感情はそれと全く同じ。レベル上げで会話を繋げない男は彼女に愛想尽かされるよ、大和君」

「初耳の恋愛学だな……」

 RPGのレベル上げって、遊園地や喫茶店に並ぶものだったのか。

 とはいえ、俺の趣味であるRPGに結朱が付き合ってくれているのも事実なので、少し考えてみる。

「……じゃあ、今から何かで勝負して、負けたほうが罰ゲームとしてレベル上げをするっていうのはどうだ?」

「お、ちょっと面白そう。罰ゲームならまあ仕方ないって受け入れられるしね!」

 思いつきの提案だったが、結朱には思いのほか響いたらしい。どんよりと死にかけていた瞳が、輝きを取り戻した。

「乗り気なようで何よりだ。で、何の勝負する? そこは結朱が決めていいぞ」

 決定権を譲ると、結朱は少し考えてから答える。

「うーん……ずっとゲームやってたし、何か身体を動かすことがやりたい!」

「つってもなあ。グラウンドは運動部がいるし、室内でできることは踏み台昇降運動くらいだぞ」

 文芸部が活動していた頃の名残か、本棚の高いところに手を伸ばすための踏み台はあるが、それ以外に使えそうなものはない。

「それもまた地味だね……あ、そうだ。こういうのはどう?」

 一瞬、テンションの下がりかけた結朱だったが、すぐに新たなアイディアを思いついたのか、スマホを取り出す。

「昇降運動をした後、心拍数を測るアプリを使って、どっちの心拍数が低いかで勝負するの。高かったほうが負けね」

「で、負けたほうがレベル上げってことか。いいぞ、それで。けど、俺のほうが有利じゃないか?」

 陰キャとはいえ、俺も男だ。

 身体能力を競う勝負で、女子相手にそう負けるつもりもない。

 が、結朱は何故か不敵な笑みを浮かべた。

「大丈夫。私を舐めちゃいけないよ、大和君。この頭脳明晰、スポーツ万能な結朱ちゃんは、もうこのゲームの勝利法を見つけてしまったからね!」

 すごい自信だった。何か疲れない運動方法でもあるのだろうか。

「まあ、お前がいいならいいけど……で、どっちからやる?」

 本棚用の踏み台は一つしかないので、交互にやることになる。

「じゃあ私からやるよ! とりあえず一分間でどう?」

「ペースが遅くならないように、リズムも一定にするんだぞ」

 念のため、思いつく不正に釘を刺しておく。

「分かってるって。なんならメトロノームのアプリでリズムを指定してもいいよ?」

 が、結朱はそれもすんなり受けていた。ますます怪しい。

「じゃあ、用意……スタート!」

 訝りながらも、俺はゲーム開始の合図をする。

「よっ、と。結構疲れるね、これ」

 結朱はテンポ良く踏み台を昇降し、すぐに一分が経った。

「ふぅ……いい運動した。じゃ、心拍数測るね」

 時間稼ぎをするでもなく、素直に心拍数を測る結朱。

「130だって。結構高めだね。じゃ、次は大和君の番。運動不足のインドア派が私に勝てるかな?」

 あ、こいつ俺のことを舐めてるな?

 どういう小細工で勝とうとしてくるのかと思っていたが、そもそも小細工なしでも勝てるほど俺が運動不足だと思ってるのか。

 だとしたら、それは慢心だと思い知らせてやる……!

「よっしゃ、いつでもいいぞ」

「了解。用意スタート」

 結朱の合図に合わせて踏み台昇降を始める。

 一応、男子であり中学時代は運動部だった俺にとって、このくらいの運動はそこまできつくない。

 呼吸を乱さないようテンポよく上り下りを続け、一分間の運動を終えた。

 よし、さっきの結朱より息が乱れてない。これなら俺の勝ちだ。

「じゃあ測るぞ」

「はーい」

 俺はアプリを起動し、スマホのカメラ部分に人差し指を当てる。これで心拍数が測れるらしい。

 心電図っぽくデザインされたメーターが脈を計測し、だいたい120のところで止まりそうになる。

 やっぱり、これなら俺の勝ち――。

「やーまとくん」

 と、その瞬間、油断していた俺の腕に、結朱が自分の腕を絡ませてくる。

「なっ……」

 ふわりと漂う女の子の甘い匂いと、柔らかい身体の感触。

 至近距離で見える結朱の顔に、思わず心拍数が――って、まさか!?

「はい、大和君の心拍数は160でストップ! 私の勝ち!」

 スマホの画面を見れば、結朱の宣言通り、さっきまで120だった俺の心拍数は150まで上昇していた。

「なんて卑劣な手段を……! こんなのありかよ!」

 と、俺が画面から顔を上げて結朱を見ると、仕掛けた彼女のほうが真っ赤になっていた。

「油断大敵、平常心を保てなかった大和君の負けだよ!」

「いやお前のほうが平常心保ててないよね!?」

 俺の言葉に、結朱は真っ赤なまま顔を背けた。

「な、なんのことかな。私は超モテる女なので、このくらいたいしたことないですけど」

「嘘吐け! ちょっと今心拍数測ってみろ!」

「嫌ですー! どうあろうと大和君の負けですー!」


 結局、レベル上げは俺がやることになったのだった。


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