第36話 スライムで人探し!

「スライムが、人を探せる? バカな」


 エリックが怪訝な顔をしながらそれを否定する。通常のスライムを知っていれば当然の反応だ。それに対しメーネが怒ったのかテーブルの上でブルブルと震える。


「しかし、探せるとして、どう探すんです? 意思疎通は『はい』、『いいえ』のみ。それでどこにいるか施設名をあげていっても時間がかかりすぎる」


「そう言えば、全員揃ってから共有しようと思っていたんだが、あの4人は中心街にいることまではわかっている」


「本当ですか!?」


 なんと、中心街にいるらしい。


「目撃証言があった。昨日の夜8時ごろ、明らかに冒険者のような格好をしながら、しかし一風変わった4人組が中心街、教育研究区で降りていったらしい。おかしかったので覚えていたとのことだ」


「そうか、電車なら無料で乗れるし。でも夜でしょ? 日中はどこにいたのかしら……」


「今のところどこかでこの4人関連の殺人や暴行といった事件が起きたという報告はないので、外区か、居住区に潜伏していたか、なんらかの調査をしていたと考えられる」


「そうですか、でなにかを知ったので教育研究区に……。でもそれがわかっても広いですよ。彼らが降りた駅から探し始めても」


「そこでメーネですよ!」


 クロンはドヤ顔をする。今この場でメーネの自己申告を信じているのはクロンだけなので、場がしらけている。


「……探せる前提で話すけど、どうやって探すのよ」


 ラビがクロンにジト目を向ける。一緒にメーネを連れて帰ってきたのに白状なやつだ、とクロンは思うが、口には出さない。少しの静寂が流れた後、メーネが突然ポンポンと跳ねクロンの頭の上へ収まった。


 クロンの髪の毛に、少し引っ張られる感触が伝わってくる。


「……なるほど。今メーネが自分の髪の毛を引っ張ってるんだけど、これで方向を教えてくれるみたい」


「……なんと」


「これはまた……本当にスライムか?」


「すごい」


「うそぉ……」


 全員が全員、唖然としている。まさか本当に探せると思ってなかったからだ。


「で、でも適当に引っ張ってる可能性だってあるんだから、まだわからないわよ」


「それは行ってみないとわからないよ」


「フロウ、昨日と同じように3人を連れて教育研究区に向かってくれ」


「承知しました」


 4人と1匹は、近くの最寄駅から教育研究区へと向かった。そのまま駅から出ると、早速メーネが髪の毛を引っ張る。


「おっ、引っ張ってますよ、すごいすごい」


「本当に見つかるんでしょうね〜……」


 クロンは頭の上の感覚を頼りに歩いていく。この道のりは、この間行った図書館の方かな、と考える。


 そのまま引っ張られるままに、教育研究区へと入っていく。ここには大学のようなさまざまな学問を研究する施設が多数設置されており、ちょうど出社や一限の講義が始まる時間帯なのだろう、職員や学生が往来を行き来する。その頭の良さそうな人たちに混ざり、ひらけた大通りを歩いていく。


「本当にこの先にいるんですかい? しかし、かちあった時に戦闘になれば周囲に被害が出かねない。それだけは避けたいので、見つけた段階で尾行に移行しますよ。間違っても変な気を起こさぬよう」


「「「はーい」」」


 そのままクロンを先頭に大通りの歩道を歩いている最中、唐突にメーネが髪の毛を、上にピーンと引っ張る。


「……? 止まれ、かな?」


 クロンがそう判断しその場で止まるも、メーネが髪の毛を引っ張る力は弱まらない。なんだろうとクロンが考えると目の前に小さめの八百屋が見えた。2階はカフェになっている。


 教育研究区では、このような小型の商店が軒を連ねる通りもあり、朝や昼はここで食事をとったりするらしい。クロンはなぜメーネがそんなに引っ張ってるのか考え、目の前にあるフルーツが目に留まる。


 りんごだ。どうやらりんごがほしいのかと判断したクロンは八百屋でりんごを買い、それをメーネに与えた。メーネはそれを『違う』と言いたげなように拒否すると、引っ張るのをやめてしまう。


「ちょっ、メーネ!? なんで引っ張るのやめちゃうのさ!」


「えーやめちゃったの?」


「それはつらい」


「見失ったのですかね?」


 メーネはなにか悔しそうに、クロンの頭に溶けたように張り付いてしまった。なんでだろ? とクロンが悩んでいると、その時フロウの端末にエリックから連絡が入った。


「なんでしょう、ボス……本当ですか!?」


「なにかわかった?」


「ええ、協議会から連絡が入ったそうです。どうやら昨夜遅く、図書館に侵入者があったそうです。今朝職員が出勤した時裏口のガラスが割れ、ドアが開いていたと。監視カメラを見たところ例の4人組で違いないとのことです。現在図書館に一番近い冒険者が我らなので、今すぐ向かってくれとのことです」


「じゃ、いきましょ!」


「いこー」


 ◆◆◆


「うわぁ……ひどいわね、これ」


 図書館の裏口を見た4人は、4人とも同じ感想を述べる。裏口は、見るも無残な状態になっていた。人ひとり通れればいい程度に設計されているドアのガラスを割り、ご丁寧に盗人のように侵入している。


「うーん、でも中でなにを調べてたのかしら……」


「それがわかればいいんだけど」


「あ、ちょっとまってください。ボスから連絡が来てます。……はい、はい。3階? わかりました。伝えます。どうやら3階に立ち寄っているようです」


「3階、となると……冒険者向けの資料!」


「……この周辺の獣の分布図とか、あとは強い獣が出る地域を調べたのかも。ゼータがいるならテイムできるから、可能性はある。入ってきた時なにもテイムしてなかったし」


「ありそうだね」


「テイム?」


 カエデが若干ついてこれていないようなので、ゼータについて知っていることを説明する。


「……その祝福、つよい。条件ないのずるい」


「本当そうよね、弱くなっちゃうっぽいけどそれでもカテゴリー4もテイムできるんなら、カテゴリー5でも理論上は可能よね」


「できるなら怖いな……カテゴリー5の居場所を調べてたりしたら……」


「最悪ね」


「とりあえず3階に行きましょうか」


 フロウのその一言で、4人は3階へ向かい始める。


「図書館内は、特に荒らされてる形跡はないわよね? そもそも4人がまだここに潜伏している可能性とかないの?」


「それはなさそうです。出ていく時もカメラに収まってるので。2時間くらい前ですが……」


 それだと今から追いつくのは厳しいだろうな、とクロンは考える。


「だったら3階でなにを調べたのか知る方が先決ですね」


「ええ、出ていく時に紙を数枚持っていました。形状から本を破いて持ち出したものだと考えられるので、手を入れられている本を探しましょう」


 3階の外界情報室へ入るも、しっかりと整理されていた。予想では床に本が散らばっているはずだったが、どうにもただの盗人とは違うようだ。


「このフロアにはカメラがありませんから、1から調べるしかないですね……」


「手分けしましょ。全部で4列しかないからちょうどひとり1ライン。とりあえず獣の分布図を中心にあいつらが見そうなものをしらみつぶしにしましょ」

 

 そう言うと、各々別れて本をペラペラ開いて何を破いたかを探し始めた。


 そのままなにも見つからず1時間が過ぎる。本の数はかなり多く、これをたった4人で調べ上げるのはかなり時間かかるな、とクロンは考えるがこの作業は急がなくてはならない。


「はぁ〜、見つからない。見つからないなぁ」


「そう簡単に見つかるわけないけど、飽きてきたわね……」


 4人は、かなり飽きてきていた。クロンは少し床に座り休憩しようとする。そして腰を下ろした時、ふと目の前に1冊の本が飛び込んできた。タイトルは「ドライアド大樹海獣分布図」。クロンは考える。


(もしも、もしも万が一予想通り強い獣をテイムしようと画策しているのならば、分布の本を読むだろうというのはわかる。でも、カテゴリー4なら本を破ってまで持っていくだろうか。カテゴリー4自体は場所さえわかればさして珍しくない。それなら本を破るのではなく別のフロアでオリエストラ周辺地図を持ってくればいい。なんで破るんだろう……)


 そう考えている時、頭の上のメーネが、クイックイッと髪の毛を引っ張る。引っ張られた方向に目を向けると、またしてもドライアド大樹海獣分布図が見える。ドライアド大樹海……ドライアド?


 クロンはハッとして分布図の近くにあったドライアドのすべてという本を開く。その本の後半、ドライアド大樹海奥地に生息しているドライアドが目撃された場所を記した地図が、ごっそり破られ持ち出されていた。


「あ、あった!」


「本当!?」


「やった」


「ようやくですか」


 4人はようやく見つかったことに安堵し、クロンの元へと集まる。


「見てください、ドライアドの生息地についてがごっそりやられてます」


「となると、彼ら4人はドライアドに接触しようとしている可能性が高い」


「まさか、テイムしようとしてる……?」


「やばい」


 全員で顔を見合わせると、その本を持ったまま図書館から飛び出て、来た道を戻ってゆく。フロウはエリックに連絡する。ドライアドを獲られ、オリエストラへ牙を剥かれるのが最悪のシナリオだ。それだけは防がねばならない。


 4人はちょうど発車しようとしていた電車に飛び乗り、アルカヌム・デアへと帰投した。

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