第35話 スライムが人探し!?

 オリエストラは広い。


 地下に広がる古代都市はランク1000ないと入れず、入口の監視員もランク1000以内から選出されており、更にその監視員が殺されたという話は流れていない。


 天空に浮かぶ島に関しては高高度すぎるため、空を飛んで行こうとすれば空翔龍カエルムの餌となる。つまり、誰も立ち入ったことがないのだ。一説によればカエルムの住処の一つと言われているが、真実は誰にもわからない。


 都市の構造として、中心部に行政施設が集まる行政区、冒険商社やそれに関連する会社、店舗が集まる冒険商業区、その他の商業を商う一般商業区、図書館・学校など公共の施設や教育・研究機関の集まる教育研究区、医療に特化した医療研究区などがある。それらを総称して中心街と呼ぶ。正確にはさらに区分けされているのだが......今はいいだろう。


 現在クロンたち4人は中心街と外区の間にある居住区に来ていた。ここも外区とは違い中心街のようにいくつかの区分けがされているが、区ごとにこれと言った違いはない。


 エリアだけで見れば外区が一番広いのだが、夕方以降の人口密度で言えば居住区が一番高く、人が潜伏しやすい場所でもある。木を隠すなら森の中、人を隠すなら人混みの中と言ったのは誰だったか。


 現在の時間は午後6時を回った頃、仕事を終えて中央区から帰宅した人が、居住区内のスーパー等の商業施設に溢れかえる。4人を含め商社はそれを主に警戒していたため、こういった施設内の巡回が増えている。


「でも、本当にこういう居住区の商業施設にいるんですかね? 人間がたくさんいるってわかったら、やっぱりその理由を調べに行くと思う。例えば……研究施設とか、図書館とか」


「ありえなくはないですね。そちらは今協議会の方で監視カメラ映像を精査していますから、自分たちは警戒に当たるだけです。祝福やそれに準ずる力を持っている場合被害は甚大になりますしね…..」


 フロウはクロンの疑問に答えると、周囲を見回し例の4人を探す。


「ねー、カエデの索敵は人探しで使えないの?」


「できない。あれは獣しか探せない」


「そっか……」


「でも、あまり居住区の商業施設きたことなかったけど、本当いろいろなお店入ってるわね。お腹すいたしなにか買わない? 歩いて食べれるものなら買っても問題ないはず」


「それもそうですね。このあたりだと……あのハンバーガー屋が適当でしょう」


「やったーおなかすいたー」


「食べないと動けないですしね」


 4人は、チェーン店ではあるが有名なハンバーガー屋へと吸い込まれていく。


 ◆◆◆


 結局今回の巡回で例の4人は見つからず、全員が夜12時を回る前に会社へ戻っていた。基本的に、外界遠征ではない仕事の場合、行政のオーダーで5時までには切り上げなくてはいけないが、今日の緊急依頼は特殊なケースとして処理されるとのことだ。


「結構探したけど、いなかったね」


「いなかった」


「だいたい探し方が原始的すぎるわよ……」


「人探しに特化した祝福なんて、そんな便利な能力はそうそう存在しませんからしょうがないんですが、今日ほどそういった祝福が欲しいと思ったことはありませんよ。あっしの祝福なら少しは索敵できるんですが、人間には危険だから使えないですし……」


 4人はヘトヘトになりながら、ロビーにあるソファにどさりと沈み込む。冒険者でも、数時間人混みで歩き詰めなのは、相当辛いのだ。


 すると、人が帰ってきたことを察知したのかバックオフィス、奥の執務室からエリックが出てくる。その顔色を見る限り、全体的な調査として芳しい結果が出ていないようだ。


「4人とも、ご苦労だった。他の所属冒険者、商社からもいい報告はあがっていない。今回の見回りで副次的に十数件の犯罪が露見、犯人を捕縛するに至っていて、そこは喜ぶべき部分だが、件の4人はまったく見つかっていない」


「やはりそうですか……」


 やはり、ということはフロウはある程度の可能性は考えていたのだろう。


「職員を2人、抵抗もさせずに殺したということは、明白な挑発です。簡単に人を殺すことができる人間は、簡単に人を殺さないこともできる。挑発と、自身らの発見を遅らせる目的が見えますから……」


「その通りだろうな。となると都市内で無駄な殺しや大立ち回りは行わないはず。そこは安心だが、簡単には見つからないだろう。ただ、時間稼ぎの面だけ見れば本当にオリエストラのことを知らないと見えるな」


 エリックは続ける。


「エレベーター内の監視カメラもそうだが、他の場所の監視カメラも設置されているのかわからないようになってる。ならば、カメラに気付かず行動してくれるはずだ。あとは協議会からの連絡待ちだ。今日は助かった、明日に備えてしっかり睡眠をとってくれ」


「わかりました」


「わかった」


「お父さん、フロウ、みんなおやすみなさい〜」


 それぞれが自分の部屋へと戻ってゆく。


 ◆◆◆


 次の日の朝、クロンは室内で軽くトレーニングしていた。昨夜の慣れない作業もそうだが、今日この後動くのであれば、あまりハードなものはしない方がいいとの考えだ。


 メーネはそのクロンの行動を見ているのか、ぼーっとしているのかはわからないがベッドの上で気持ち溶けたようになっていた。


 クロンはトレーニングを終わらせるとメーネに話しかける。最近よくメーネに話しかけては、自問自答を繰り返すことが多くなっていた。


 今日の話題は例の4人だ。クロンは自身の端末に転送されていた4人の監視カメラ映像を見せた。するとメーネは一回り膨れたかと思うと、ベッドの上をポンポン飛び回る。そのあまりの変貌ぷりにクロンは若干引くも、この4人を知っているのかと考えメーネを落ち着かせた後聞いてみた。


「メーネは、この4人を知ってるの?」


 するとメーネはどちらでもないとプルプル震える。クロンは最近メーネの震え具合ではいかいいえかわかるようになっていた。


「どちらでもない……? ってことはこのうちの誰かを知ってる?」


 ぷるぷる、これは『はい』だ。


「じゃあ、この金髪の人?」


 ぷるぷる、再度『はい』。確定だ。おそらく以前メーネと彼は英雄平原で遭遇しているのだろう。もしメーネが人間探せたらなあ、とバカなことを考え、クロンはメーネに、この人探せる? と聞いてみた。もちろん冗談でだ。するとメーネは『はい』、とプルプル震えた。


 クロンは固まる。まさか。スライムに索敵能力はない。基本的にどれだけ強くなっても物を溶かして食べるくらいしかできない、はずだ。にも関わらずわかると言う。クロンはまた聞いてみる。


「この人がいるところまで、案内できる?」


 ぷるぷる、また『はい』だ。クロンは急いで準備して、自室を飛び出した。朝早いので起きてはないだろうと考えたが、一応ラビの部屋の呼び鈴を鳴らす。すると、「なによぉ〜」と寝ぼけた顔のラビがドアを開けてでてきた。


 そして、目の前のクロンを認識すると勢いよくバタンとドアを締めてしまう。


「っちょ! ラビ!?」


「ク、クロン!? こんな朝早くなんの用!?」


 ラビの声が若干上ずっているようだったが、今はそんなことに気を使っている場合ではないと、本題に入る。


「なんか、メーネがこの4人の場所がわかるらしいんだ。わけがわからないんだけど、準備してロビーに集合してほしい!」


「……わかったわ」


 ラビは理解したのか、気持ち低めの声で了承すると準備を始める。そのまま同じようにカエデの部屋もノックする。するとなぜか準備万端のカエデが出てきた。


「準備できてる。いく」


 クロンはなんでこんな短時間で準備できるんだろうと疑問を浮かべ、少し驚いた。しかし準備ができていること自体は大変ありがたいので、このままアルカヌム・デアのロビーへと向かう。


 現在の時刻は7時と30分を少し過ぎた頃。すでにロビーに併設されているカフェではフロウがコーヒーを飲んでおり、その正面でエリックもなんらかの飲み物を飲んでいた。


 そのままラビが来るまで時間があると考えたふたりは、フロウとエリックのように飲み物と、軽くつまめるものを注文し、ラビが来るのを待った。ラビが合流したのは、長針が9の文字盤を少し過ぎた頃だった。

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