第34話 幽霊の余波

「議長、半月ほど前にあった獅子王狼騒動、その時の報告書をお読みになってますか」


「あ、あぁ、英雄平原に獅子王狼が出た件じゃな。君の会社の人間が遭遇したということなので、君の会社に調査を依頼した結果、異常なしとの報告が上がっていたはずだが……?」


 英雄平原に獅子王狼が出た。この情報はしっかり商社間で共有されている。しかし、実際に誰がどのように遭遇しどうなったかが詳しく共有されているのは、ある理由から協議会上層部と、エリックのギルドのみとなっていた。


 エリックは少し気まずそうに、口を開けその時の話をする。


「報告書に記載されていた、遭遇した謎の人物の特徴が、あの4名の中で一番若い、金髪の男性と一致しています……」


 またも、ざわざわと辺りが騒がしくなる。そんな中、社長の一人がエリックを非難する。


「エリック! 貴様なぜそのような重要なことを共有しない! 獅子王狼が出ただけだと! 嘘を吐きおったな!」


「嘘などついていない! 結果として謎の人物はその場から消失、その後も出会っていないと報告があがっており、我々が調査に赴いた際もその痕跡を発見できなかった! 貴殿らに伏せた理由も余計な噂を立てられ石の供給量が落ちることを危惧したからだ! これも議長とは申し合わせている」


「エリックの言うことは事実だ。儂の方から伏せてくれと頼んだのだ」


「し、しかし議長」


 社長の一人が逃すまいと食い下がる。どうやらマグナ・アルボスの社長であり、エリックは名前を知らない。数年前父親から会社を継いだとは聞いたが、エリックの会社へはその連絡が来なかったのだ。舐められているのだろうと、エリックは呆れたようにため息をつく。


「そもそもの話、貴殿らがこのような調査依頼を嫌がるから私の会社にお鉢が回ってくるのだ。今回もその悪習が祟ったにすぎない。そこまで秘密にされるのを嫌がるのなら、外界の調査依頼を受けてみたらどうだ?」


「ぐっ……」


 彼は逆にエリックにやり込められ黙ってしまう。そのまま、議長が補足する。


「元はと言えば、ドライアド大樹海の幽霊騒動があってからだ。この時報告を上げたのはジェイル、君のところだろう」


 議長はマグナ・アルボスの社長をジェイルと呼び、非難する。


「あの報告が上がってから、君のところのエーデル君を中心に、調査隊が組まれ調査に赴いたはずだ。その結果、幽霊は実際にいると結論づけたのは君だ。私がその報告書を他の商社と共有した結果、どうなったか覚えてないとは言わせんぞ」


「ぐっ、し、しかし!」


「しかしではない! 大樹海からの賢者の石の供給量が目に見えて落ちたのだ! それまでは幽霊に出会う人間はほんの一握り、せいぜい追いかけられるか、少しなんらかの力で脅かされるだけで実害はなかった。頻度も少ない。それが今、幽霊に会ったこともない冒険者までもがあれを恐れドライアド大樹海入り口にすら行かぬではないか!」


 議長は自身が調査を依頼した落ち度を棚に上げ、マグナ・アルボスを非難する。しかしそれは仕方のないことであった。石は属性ごとに用途が決まっており、大樹海から取れる石の量が減ったことはかなり深刻な問題となっていた。都市の生活に影響が出るにはもう少しかかるが、上のラインでは常に議論されており、どうすればドライアド大樹海へ人が戻るかという話は終わらない課題だ。


 そんな議長の剣幕に一部冒険者以外は萎縮し、二の句が継げない。


「とにかく、この件でエリックに落ち度はない。……エリック。その少年が仲間を連れて戻ってきたとするならば、どう対策をとる」


 議長はいきなりエリックへと話を振る。それをエリックは待ってましたとばかりに返答する。


「うちの会社にふたり、その少年を実際に見た者がおります。彼らに話を聞いた上で都市内で網を張り、徹底的に探します。都市の主要施設には監視カメラがついていますから、議長はそれぞれの管理組織に話を通して監視カメラの映像を精査できますか」


「それは構わんが、その4人が主要施設に立ち寄る可能性はどれくらいあるのだ」


「それはわかりませんが、可能性の一つとして」


「よかろう。これより商社の垣根を越え、この4人を捕縛する算段を立てよ。これは緊急依頼となる。……商社協議会の管理区域で人死にが出たのは恥だ。次が出る前に必ず捕まえろ!」


「承知」


「了解」


 会議室での会話が終わり、解散の運びとなった。


 ◆◆◆


 ロビーに降り、そのままエントランスから外へ出ようとするクロン、ラビ、カエデの3人を止めたのは、受付のフロウだった。


「おっとお三方、ボスから外出していないなら引き止めておくようにと言われておりますので、しばらくお待ちいただけますか」


「えー、今日もこれからそのかたーい椅子に座ってるフロウのために受付を探そうとしてるのよ? それを止めるの?」


「すみません、ボスがどうしてもと……」


「わかったわ。ふたりとも、いい?」


「僕は問題ないよ」


「わたしも」


 3人はこの場にしばらくいることに決め、受付横のソファに座って雑誌を読んで待つことにした。ラビはファッション誌、クロンとカエデは冒険者向けの雑誌を手に取る。


「ねえカエデ、この靴かっこよくない? 冒険者向けだから丈夫だしかなり使い勝手いいと思うんだけど」


「お金あるならいいと思う。でも高い。今の状態じゃ買えない」


「うっ確かに……」


 買えるのはいつになるのかな、と考えながら雑誌を読み進めていると、エントランスからエリックが戻ってきた。そのままエリックは3人に声をかける。


「3人とも待たせてすまない。重要な用事があってな」


「問題ないですよ、今日もエリックさんに言われた受付嬢探しでしたし。解決策が見つからないなかやみくもに探す予定でしたから」


「そうか、それならいいんだが、その受付嬢探し、一旦凍結してもいいか」


「えっ、凍結!? なんで?」


「がんばってたのにー」


「その、問題が起きてな……」


 どうにもエリックの歯切れが悪い。


「ここだと少し問題がある。場所を変えよう。フロウ。一旦エントランスを閉めて執務室まで」


「承知しました」


 フロウはエリックに言われた通りエントランスを閉め、そのまま執務室へと向かう。他の3人はエリックとともに先に行っていたようだった。執務室のドアをノックすると、「入れ」と返答がある。 


 フロウはそのまま入室すると、エリックの執務机の前にある応接用の二人掛けソファ2つに、3人が収まっている。空いている残り1席の部分にフロウが収まると、エリックは重くなった口を開く。


「......ゲート【X】の職員キーパー2名が何者かに殺害された」


「嘘!?」


「……そんな」


クロンとラビは獅子王狼と遭遇した時にゲート【X】を利用している。その時に少しでも会っているわけだから、思うところはあるのだろう。


「そして、ここからが本題なんだが、獅子王狼騒動のあった時、お前たちが会った少年がいるだろう」


「ええ、いたわ。金髪で結構長髪だった」


「不気味でしたけど、そんなに悪い感じには見えませんでしたが。無邪気というか、そんな感じで」


「……これは、ゲート【X】の職員が殺害される少し前、そこのエレベーターで撮影されたものだ」


 エリックは協議会から借りてきた映像を見せる。


「……これ!」


「間違いない、あの人だ……」


「……そうか」


 エリックはやはりか、と言いそのまま目を瞑る。そこにフロウが入ってくる。


「このエレベーターは上昇を指していますよね。つまり、この4人は……」


「今この4人は、職員を殺害し、都市内にいる可能性が高い」


「……そんな」


 3人、特にクロンとラビは驚愕し声が出ない。


「……それで、僕達はなにをすれば?」


「……話が早いな。まあ受付探しを凍結したんだからそうなるか。簡単な話だ。もう夕方になるから、今日は夜9時ごろまで我々に割り当てられた居住地区の見回りを。明日からは目撃情報が入り次第その周辺を探してもらいたいのだ。最後の一歩はどうしても人がいる」


「わかりました。でも目撃情報っていうのはどこから入るんですか」


「行政や研究における、主要施設の監視カメラ情報を議長経由で受け取る予定だ」


「主要施設かぁ〜、立ち寄るかな?」


「人間がいることに興味持ってたし立ち寄るんじゃない? 教育研究区とか」


「それはわからんがとにかく、街を見回りながら俺からの情報を待ってほしい。フロウは3人の護衛だ。頼んだぞ」


「わかりました」

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