第33話 都市への侵入者

「あ゛あ゛〜見゛つ゛か゛ら゛な゛い゛〜」


「見つからないね」


「見つからないよなぁ……」


 ラビ、カエデ、クロンの3人は唸る。5日前に海から帰ってきて以降、今日で人探しを始めて4日目、残念ながら一向に進んでいない。実は連絡先を交換していたトルエノ達にも話を聞いてもらったのだが、そんな都合のいい人材は、この中心街に転がっているわけないと言われてしまった。


 なんと、彼らはフリーの冒険者だった。しかしフリーだからこそ自由に冒険したいという気風が強い。フリーの冒険者の中に受付に座りたい人はいないだろうと言われ、もはやカエデの時のように既存の冒険者から探すことは諦め始めていた。


 以前の時は運が味方をしたが、そもそもの期間が短かった。一方で今回はアテはないが期間はある。あるにはあるが……それでも短い。残り10日、冒険者になれる人材、しかもお金でなく『新しい発見』を追い求める人で、その上ほどんどの期間受付に座る人間、どうやってそんな都合のいい人材を探せるのか。この依頼は、本当に難しい問題と言えた。


 言葉のあやだが、まだ獅子王狼キングレオウルフと戦う方が簡単だとカエデを除いた2人は考えるようになっていた。メーネはそんな三人を眺めながらゆらゆら揺れている。


「なぁメーネー、どこかにいい人いない〜?」


 クロンは神頼みならぬ、メーネ頼みをした、いや、してしまった。すると、メーネは机の上に転がっていたコインを吸い込み、そこに敷いてあるオリエストラと周辺の地図にポンッ、と吐き出す。そのコインはころころころと転がり……ドライアド大樹海で停止する。


 3人はそのコインの行く末を見届けるが、その停止位置のあまりの場所に笑ってしまった。


「あはは、ドライアド大樹海って……冒険者としてしっかり活動してる人しかいないところだよ、今は幽霊がいるから特に」


「まさか、ドライアド」


「ドライアドは人型だけど、ビーストでしょ?」


「だけど喋れるし座ってくれるかも」


 あはははは、と3人で冗談を言い合いながら今日も探しに行かなきゃなと部屋を後にする。その3人を揺れもせずじーっと見る、グミ状の生物がいた。


 ◆◆◆


 コンコンと、どこか少し豪奢な雰囲気の中、ある部屋のドアを叩く男がいた。


「入れ」


「アルカヌム・デアのエリックです。失礼します」


 ここは協議会事務局の入った、クロンが城と評した建物の上階の一室だ。会議室のような作りになっており、中にはエリックをはじめとした有力な商社のトップが集まっていた。


 その中には以前の新人戦で実況解説をしていたルシア・リチュエルの姿も見えるが、1位〜9位シングルの中で商社のトップをしているのはエリックとルシアのみだ。


 他は経営に強かったり、親族から会社を継いだ者が多く、そんな面々が会議室の、縦長の机に備え付けられた椅子に座っている。エリックは自分が最後かと少し申し訳なさそうにしつつ、一番近い空いている椅子に座った。


 上座に座っているのは協議会議長であり、彼が出てくるほどに、それほどに重要な議題なのかと逡巡する。議長を入れて総勢で15名。個人ランク一桁シングルのうちフリーの2名とエリック、ルシアの起業冒険者、残り10名はすべて商社ランク1位〜10位のトップだ。


「コントラ議長、これだけの人数を集めたということはなにかそれほどのことが起こっているはずだ。例えば敵性ビーストが都市内に侵入したとか、それほどのことが」


 ありえないことだが、とエリックは付け加えるも、議長から返ってきた言葉はその予想を越えていた。


「遜色ないことが起きておる」


 ガタリと、長机が揺れるも、次の言葉を聞くため誰一人として声をあげることはなかった。議長はそのまま続ける。


「ゲート【X】の職員キーパー2名が、今朝死体で発見された。場所はもちろんゲート【X】だ。......問題は、それに加え抵抗した痕が一切なかったことだ......」


「「バカな!?」」」


 ざわざわざわと、場が騒然となる。もちろん都市内で殺人事件といったことは起こる。しかし、ゲートの職員キーパーが殺害されたという話は過去一度もない。


 それぞれのゲートには職員が2名ずつ常駐している。基本的にゲートの職員は、冒険者を相手にする必要性から戦闘技術に長けており、そう簡単に殺されるような人材ではないのだ。


 相手が自らの祝福を熟知している冒険者だったとしても、少なくとも無抵抗で殺されるようなことはあり得ない。ランクが1000位以内の人間ならばできるだろうが……実のところ、開示はされていないがランク1000位以内に入るには協議会が秘密裏に行っている身辺調査をクリアしないといけない。そしてそれをクリアできたものが職員キーパーを殺すとは考えにくかった。


「犯人の目星は、ついているのですか」


「そこが、今回の本題なのだ……」


 議長は続ける。


「殺害されたと思われる時間帯に外界へ出ていた者を精査した結果、1000位以内のものはおよそ300名。だが、そこは関係ない」


「なぜですか?」


 どこかの商社の社長が議長へ聞く。


「各ゲートのエレベーターには監視カメラがついているのは知っているな?」


「ええ、冒険者であるならほとんどの人が知っていると思いますが……」


「そこに、犯行直前の映像なのだが、4人組の男女が写っておった。斜め上からの撮影なので顔まではわからなかったのだが、冒険者のデータベースと特徴を照らし合わせた結果、冒険者登録がなされていない4名だということがわかった」


 ざわざわざわ……「ありえるわけがない」とヤジが飛ぶ。しかし議長は難しそうな顔をしながら「事実だ」と小さくまとめる。


「つまり、その謎の4名が殺害した可能性が高いと……? ということは……今この4名と、それらを手引きした冒険者が、今現在都市内にいるということか!?」


 ざわざわざわざわ……と先ほどよりも大きなどよめきが起きる。殺人犯が都市内にいる。しかも冒険者登録をしていない。つまり外に出て行く時、そして戻る時にそれを手伝った冒険者がいるのだ。これは由々しき事態だ。冒険者という職業に影を落としかねない。すると議長はさらに難しい、歪んだ顔を見せ、付け加えた。


「……それが、すべてのゲートの監視カメラ映像を照合した所、この4名が都市内から出た映像は確認されなかった……。つまり、オリエストラの人間ではない、ということだ……」


「......ありえない!!」


「不可能だ!!」


 会議室内の騒がしさは、もはや表現できないほどだ。そこでルシアが始めて口を開く。


「その4人の特徴とかってわからないんですか? ボクたちを呼んだってことは、商社を越えて警戒しろ、都市内をしらみつぶしに探して見つけろってことでしょ?」


「むむむ、まあその通りだが……。わかっておる、今から映像を見せる」


 すると、会議室の中央に設置されたいくつかのモニターに電源がつき、その映像が表示された。


 どうやら男3人、女1人のパーティだと、エリックは見定める。その時、男の3人のうち1人、一番若い、それこそラビやクロンと同い年くらいの少年が目に止まった。


 斜め上から撮られた映像ではあるが、髪色と長さが以前どこかで聞いた人間の特徴と一致していたのだ。どこで聞いたのか、それを思い出せない。エリックは頭の中の畑からその記憶を掘り起こそうと試みる。


(どこだ、どこで聞いた。あれはかなり最近のはず。過去1ヶ月以内……)


 エリックは記憶を掘り起こしていく。すると、いきなりその時の記憶がフラッシュバックした。


『その時ゼータっていうちょっと長い金髪の男の子が、獅子王狼を呼び寄せたの。……うーん、年は私たちと同じくらいだったかなぁ?』


「あいつだ!!」


 エリックは叫ぶ。娘が同じような特徴の不審な人物の話をしていたことを思い出したのだ。


 それに対し周りの商社社長は怪訝な顔をし、議長に関しては面食らった顔をしている。蓄えられたヒゲの奥で見えないが、堅く結んだ口も変な形になっているだろう。


「議長、半月ほど前にあった獅子王狼騒動、その時の報告書をお読みになってますか」


 エリックは、議長へと問いかける。

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