第31話 心境の変化

『『『コケッ!コケッ!コケコケッ!コケーーーッ』』』


 水上走行鶏ホバリングチキンは勢いを殺さずそのまま突っ込んでくる。どうやら体当たり以外にできることがないらしい。


「クロン、普通に殴ってもいいけど、捕まえたのこっち投げて! ホバリングって言っても水の上走ってるだけだから空中では身動き取れないわ! こっちで全部斬るから!」


 浜辺に戻って取ってきたのだろう、いつの間にか剣を装備していたラビは、クロンへと注文する。クロンはその方が効率よさそうだと、頷いてラビへと水上走行鶏ホバリングチキンをちぎっては投げる。


 カエデの方は最早戦闘要塞と化し、水中から出した【水槌ミナヅチ】で鶏を打ち上げては、【水刃スイジン】を放ってトドメを刺して行く。周りの冒険者に当たらない角度で放たれるそれは、芸術と遜色なく、周囲の冒険者も感心しきっていた。


「よわい」


「しょうがないじゃない、弱いのしか出ないわよ」


「腕がなまる」


「まあ、戦えるだけマシだよ、カエデ」


 カエデが地の利を得ているのもあるのか、敵が弱すぎて文句を言い出した。水平線を覆い隠すほどに湧いていた水上走行鶏ホバリングチキンも、その総数を半分程度に減らし、水上には有り余るほどの青い賢者の石が浮いていた。おそらくこのうち4分の1はカエデがやっている。地の利というのは本当に恐ろしいなと、クロンとラビは震え上がる。


 そのまま戦闘行動は続き、気づけば海には石が浮くだけになっていた。あれだけいた水上走行鶏ホバリングチキンは、跡形もなく片付けられていた。


 誰一人として気にしていないが、今のような獣の暴走は稀に起こる。しかし、都市内にいれば入ってこないので安全だし、暴走する獣はカテゴリー1が多いため腕の立つ冒険者ならば逃げるか、今のように迎撃できる。なので、オリエストラの総合冒険商社では出会えたらラッキーの一大イベント扱いされている。


「ふぅー戦った戦った」


「いやぁ、まさか群れの暴走に会うとは、ちょっとした臨時収入だな」


「本当だ、しかしあの青い髪の水上戦車姉ちゃんもすごかったな!」


 周囲の冒険者もちょっとした臨時収入にほくほくだ。


 ラビは、ついでに獣を倒せると力説してここまでふたりを連れてきたが、ハッキリ言ってあれは嘘である。基本的に獣は出ない。獣も知能があるので、冒険者がワラワラいる場所には近づいてこないのだ。


 近づいてくるのはよっぽどバカな獣か、自信過剰な獣か、この人数がいても勝てる見込みがあると考えている獣だけである。なので、ラビは驚いていると同時にふたりに嘘をつくことにならなくてよかったと、内心ほっとしていた。


「ふー、じゃあ流される前に石回収しましょうか。他の冒険者も拾い始めてるけど、うちがたくさん倒してたのは見てたはずだからそこまでは持ってかないはず。拾うわよー!」


「おー!」


「おー」


 海水浴に来たのに結局仕事をすることになっているのは、おそらく冒険者の性なのだろう。


 ◆◆◆


「かなり拾えたね」


「ひろえた」


「拾えたわね」


 目の前には一つの小山が出来上がっている。横に作られている、誰が作ったかわからない砂のお城よりも高い。


「ちょっとした山ね、あれみたい」


 そうラビは言うと、遠くに見える巨大な火山を指差す。その山は、クロンもラビもよく知っていた。ドライアド大樹海の奥、天空龍カエルムの住処の一つと言われる山だ。名前がないのは誰もたどり着いたことがないからである。


 ドライアド大樹海奥地は深く暗く、高確率で迷ってしまいそこまでたどり着けないのだ。辿り着けても出現する獣は最低でもカテゴリー4からと目されており、生半可な気持ちで行ける場所ではない。そんな場所と自分たちが積み上げた賢者の石の山を比べたラビに、クロンはちょっとだけ苦笑する。


 すると、おそらく少し年上だろう、横で自分たちの分を盛っていた冒険者たちが笑いながら話に加わってくる。


「ははは、オレたち3人が積んだ分に比べれば、君たち3人が積んだのはあの山と遜色ないよ」


「それにしてもすごい。ウチのも結構倒してたつもりだったけど、この石の山には負けるわ」


「本当。三人ともすっごい強いんだね!」

 

 男ひとり女ふたりのクロンパーティと同じ構成だ。特に男性が少し年上で、しかも金髪で腹がたつほどイケメンときている。その横には、また綺麗な、容姿似ている女性2人。おそらく姉妹だろうとクロン達は考えた。


「ああ、すまない。挨拶がまだだったね。俺はトルエノ。こっちのふたりはローネとブルー。双子の姉妹で、3人でパーティーを組んでる」


 そう自己紹介されたので、クロンたち3人も挨拶をした。


「お三方も海水浴ですか?」


「うん、今日は久しぶりのオフでね。3人で遊びに来たんだけど……オフじゃなくなったな」


「ウチとブルーは見てただけだけどね」


「え!? じゃあそれだけの数トルエノさんだけで倒したんですか!?」


「ははは、ひとりでだなんて、それならカエデちゃんの方が倒してたじゃないか」


「地の利があったから、ぶい」


「それはすごい」


「でも、実際すごいわね、ひとりでその数は。いくらカテゴリー1でも取り合いだったし」


 ラビは心からトルエノの倒した数に吃驚していた。カエデひとりで稼いだ分は確かに多いが、それはカエデの得意なフィールドであったからで、カエデひとりで稼いだ分と遜色ないトルエノの前の石の山は、その人の強さを物語っている。すると、トルエノが話題を変えた。


「実は君たちのことは一方的に知っていてね。新人戦、すごかったよ」


「えっ、ありがとうございます!」


 クロンは自分たちのことを知られていたことでちょっと嬉しそうだ。ラビとカエデも続けてお礼を言う。そのあとしばらく世間話をしたが、どうやらローネとブルーは18歳だが、トルエノは21歳で新人戦に出場することができなかったらしい。クロンたちのパーティと戦いたかったと悔しがっていた。


「じゃあ、俺たちはもう行くよ」


「またね!」


「……またね」


 そう3人が言うと、トルエノは自身の【ギフトボックス】に賢者の石をしまい、去っていった。砂浜は鶏が出る前のような平静さを取り戻し、また多くの人が海水浴を楽しんでいた。後から来たものは、イベントに出遅れたと悔しがりながらも、海水浴に興じていた。


「う〜ん、私たちも帰ろっか?」


 ラビが、唐突にそんなことを言う。


「あれ? なんでよ、今日は遊ぶんじゃ」


「なんか、あの3人を見てたらこんなことしてる場合じゃないなって」


「わかる」


 ラビが、殊勝なことを言い出す。しかし、クロンもカエデもそれには思うところがあったため、その意見に賛成する。


「確かにな〜、あの人たちすごい強そうだった。僕たちももっと頑張らないと、やばいよね」


「そうね、海蛇かいじゃが出る前に帰りましょ」


 そうラビがオリエストラ流の冗談を言いつつ、3人は自分たちの石を彼らと同じように【ギフトボックス】にしまい、帰路についた。


 ◆◆◆


「ただいま〜」


 アルカヌム・デアに着いたころにはなんだかんだで日が落ちかけており、ロビーのカウンターで水上走行鶏ホバリングバードの石を納品したあと、部屋に戻ってくる。


 ドアを開けるとポンポンとメーネが跳ねてクロンに突っ込んでくる。


「うわっ、危ない!......ごめんね、メーネ留守番させて、でも……さすがに外界は危ないから連れてけないよなぁ……」


 メーネはプルプルと震えると、しょうがないよと言いたげなように、そのままポンポンとベッドに戻っていく。


 クロンはメーネの食事を用意すると、そのまま机に向かう。メーネは最近ドッグフードがお気に入りなので、食費が安く済み助かっている。


 机に向かったクロンは、少し考え事をする。今朝言われた受付を探せと言う依頼、どう考えても達成は難しい。カエデの時のようなラッキーは起こり得ないが、半月ある。


 この半月という長さになにかヒントがあると考えた。例えばもともと達成させる気がなく、半月の間無理難題に向き合うといった、そういう理不尽な試練のようななにか……そう考えるもクロンは社長ではないので答えはでない。いつの間にか考えるのをやめ、ベッドに体を沈めていた。


「ねぇ、メーネは、強くなるってどういうことだと思う?」


 メーネはプルプル震えるだけだ。難しい質問の答えを返してくれるわけではない。それでも、プルプル震えるメーネはなにかをクロンに伝えてくれているようだった。


「この間獅子王狼キングレオウルフと戦った時【因子崩壊コラプスファクター】を使ったからか、それとも新人戦で死にかけたからか、【細胞崩壊】の上限が、増えた気がしたんだ。多分、今なら20%くらいまではいけるはず。でも、なにか、この力を使えば使うほど、黒く深い底なし沼に沈んでいくような、そんな気分になるんだ。なんなんだろうね? この気持ちは」


 メーネは、プルプルプルと、いつもより一段と震えたあと、ポンポンと跳ね回る。きっと、そんなこと気にするなって言ってるとクロンは結論付け、その考えを放棄した。そのまま寝る準備をして、次の日へ備える。明日からは、またしても人探しが待っている。

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