第30話 水上走行鶏

「うー、なんで最初の依頼が受付探しなのよぉ〜。外行きたかった〜!」


 ちょっと前まで外界へ行きたくないと駄々を捏ねていたらしい人間のセリフとは思えないとクロンは呆れるが、依頼を受理してしまった以上逃げられない。どうやって探すか、それが問題だと解決策を模索する。


「てきとうに、強そうな祝福持ってる人探せばいいんじゃない」


 カエデが元も子もないことを言う。


「それができたら苦労しないわよ。祝福なんてどんなもの持ってるか普通はわからないじゃない?」


「そんなものなの?」


「クロンのように怪我したらわかる、私のように戦ったらわかる、そういった祝福なら楽だけど。カエデみたいなのとかだと使わないとわからない。祝福持ってても意外と使えない、使ったことない人のが多いのよ、オリエストラ」


「自分の祝福、確かに大きな怪我するまでわからなかったな、それまではちょっと治りが早いくらいかと」


「でしょ?」


「わたしは1歳の時に水も何もないところで水浸しになってたらしい、だからすぐわかった」


「……よく事故とかで死ななかったわね」


 カエデの過去もわかったところで、どう受付を探すかの本題に入る。


「受付なんてそうそう見つからないし、期間もあるわ! だから、今日は冒険します!!」


 どうやら、ラビは吹っ切れ諦めることにしたようだ。


「それはいいんだけど、それなら今日の目的地はどこ? 当初の予定通り英雄平原?」


「ちょっとは考えたけど、遠いし時間かかるし別の場所にしましょ。一度部屋戻って準備よ準備! 水着忘れないでよ!」


 なんと、ラビがとんでもないことを言いだす。


「なんで水着なの?」


「海行くから」


「は? 冒険するんじゃないの?」


「海行くから」


「ラビ、壊れた」


「海行くの! 海! 外界の海だから獣くらいいるわよ! ただそんなに危険なところじゃないからついでに遊びましょってだけ!」


「さっき言われた依頼を遊んで忘れたいだけでしょ……」


 ふたりは呆れるも、たまにはいいかと仕方なくラビに言われた通り一通り準備して、ゲート【VI】へと向かった。メーネは外界へは連れていけないので相変わらず留守番である。


 ゲート【VI】は、オリエストラで一番南にあるゲートだ。しかもこのゲートに海岸線が近いため、都市内の電車も、ゲート外も、ずっと海岸線を通る。


 しかもカテゴリー1の弱い獣しか出ないからか、ゲート外にも高架が建てられその上に線路が引かれており、目的地の近くまで行くことができた。その景色は幻想的で、特に話や映像だけで一度も海を見たことがないクロンとカエデはずっと感動しっぱなしだった。


「きれ〜……」


「本当だね、最初はラビが狂ったかと思ったけど、これは正解だったかな」


「クロン、口縫い付けるわよ」


 いつものようにくだらない話をしながら、電車に揺られること2時間、目的地近くの駅で降りる。そこからは歩きなので、3人は海岸線で景色を楽しみながらゆっくり歩いた。


 たまに弱いカテゴリー1の獣、三尾狐トライテールフォックス陸生鰯ランドサーディンなとど会うも、難なく処理し石だけはしっかり回収して先へ向かう。


「今日行くのはヨシハマってとこね! 今の季節なら外界だけど冒険者でわりと賑わってるわ。遊びながら仕事できるから」


「冒険者がそんなんでいいの?」


「いいの?」


「いいのよ。ずっと仕事してても飽きるし」


「まだロクに仕事してない……」


「うっさい! 何言われても今日は息抜きするんだから」


 ラビは頑なに譲らなかった。


「じゃーん、ここが、噂のヨシハマ! 綺麗でしょ〜」


「「おぉ〜」」


 ラビの言う通り、事実きれいな砂浜が広がっていた。外界であるという理由で手入れはされていないものの、それが逆にその浜の景観を保っている。そんな中浜辺では十数人の冒険者がビーチにパラソルを指し日光浴をしたり、海ではかなりの数の冒険者が海水浴をしていた。英雄平原とは大違いである。


「ここから先にも綺麗な浜はあるけど、出てくる獣にカテゴリー2やカテゴリー3が混じってくるから普通はここで遊ぶわ!」


「じゃあ外区の浜辺でもいいんじゃ?」


「いいんじゃ」


「外区にある砂浜より空いてるもの」


 ラビ曰くそういう理由でここを選んだらしい。確かに実際人はいるものの、一人一人が使えるスペースが広い。浜辺よりさらに先へ目を向けると、遠目にその砂浜の近くには岩場があり冒険者が釣りをしている。


「あそこで釣りしてるけどなにが釣れるの?」


「おいしいお魚と、あとたまに水棲のビーストが釣れるわよ。獣は浜にも出るから遊んでる最中に出たら倒すって感じね。ハッキリ言ってスライムと同じくらい弱いのしか出ないから、基本的に死ぬことはないわ。基本的にはね……」


 よっぽど運悪いとかじゃなければ、とラビは付け加えると、「きゃっほー!」と今日日聞かない喜び方をしながら服を脱ぎ捨てて海へと走っていってしまった。水着を着てきているからか、準備は万端である。


「うーん、なにか社会人として悪い気もするけど、ラビもあんなになってるし、とりあえず遊ぼっか?」


「そうしよ、こんな機会めったにない」


 さっきから口数が少なくなってるな、とは思っていたが、カエデの目にはすでに泳ぎたいの文字が浮かんでいた。目の前の誘惑には抗えないのだろう。クロンは軽く笑い服を脱ぎ着てきた水着姿になる。


「じゃ、遊ぼっか」


「遊ぼう」


 ふたりはラビを追い浜辺をかけていった。


 ◆◆◆


「あ〜気持ちい〜」


 クロンは今、ゆらゆらと海の上に浮いている。もちろん浮き輪は必須だ。細胞密度と筋量の関係で浮かないからだ。


 ラビとカエデは少し遠くで泳いでいる。さっきまで海水をかけあって遊んでいたのに元気なものだ。


「はぁ〜、こんな日々がずっと続けばいいのに……」


 そんなことは絶対にありえないながら、ありえないからこそ望むのは罪ではないだろうと、誰に赦しを請うでもなくゆらゆら揺れながら考えていた。


 空を見上げる。広い、広すぎる空だ。すると、遠くの方からドドドドドドド、と水音が、滝が流れ落ちる時のような音が聞こえてくる。近づいてきてるかな? と気づき顔を起こそうとするが、それよりも前にラビの声が木霊する。


「クロン〜!! 水上走行鶏ホバリングチキンの群れが出たわよーーーー!!」


「はぁ!? なにそれ!」


「カテゴリー1の獣! そんなに強くないけどあいつの石が会社の納品依頼一覧にあったからやるわよ!」


「わかったー!」


 クロンは気持ち大きめの声で返答し、件の水上走行鶏ホバリングチキンの群れへと目を向ける。すでにラビとカエデは臨戦態勢だ。その時クロンは変なものを見た。カエデが、浮いている。いや、正確に表現すれば立っているのだ。


「あれ!? カエデ水に立ってない!?」


「え! 横にいたから気づかなかった。本当に立ってるわね。どうやってるの?」


「水使いなんだから水に立てて当たり前。驚く方がおかしい。逆に立てないどころか浮けないなんて遅れてる。くーちゃん、遅れてる」


 グッサァと、水に浮けないことを若干気にしているクロンは涙目になる。そのまま意気消沈しながらカエデとラビに合流し、立つ。浅瀬なので、水はふともものあたりまでしかない。


 これなら戦えるかなと構えると、水上走行鶏ホバリングチキンの群れは勢いを殺さずそのままこちらに突っ込んできた。浜にいた冒険者は特に合流せずいい見世物がでたと優雅に眺めているだけだが、泳いでいた冒険者はほぼ全員臨戦態勢だ。


「稼ぐわよー!」


「おー」


「おー!」


 うおおおおおおおおおおおお……!


 冒険者の雄叫びが、海に木霊し空気を震わせる。

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