第2章『ドライアドの秘密』

第29話 受付がいない!

 クロンは日課のトレーニングを終えると、ロビーのカフェで朝食を摂っていた。いつにもまして気分のいい朝だ。新人戦で優勝してから声をかけられることが多い。自社内でもそうだが外を歩いていてもだ。呪いに対する認識も少しずつ変わってきており、以前ほど奇異な目線を向けられることがなくなった。そう、クロンは調子に乗っていた。


「うへへ……僕ってかなり期待されてる?」


 そんなことをニマニマしながら呟く。しばらく前にも同じような台詞を呟いていることは、すでに忘れていた。


 クロンの朝は早く、基本的に他の人と会うことはないが、この日はなぜか違った。ラビとカエデが一緒に、普段に比べかなり早めに会社のカフェまで降りて来たのだ。


 ラビはそれまで父親と一緒に住んでいたが、パーティを組んだことをネタに父親を強請り、クロンとカエデの斜向いの部屋に引っ越してきて一人暮らしを始めた。本人はパーティ単位での行動を増やして連携の練度を上げるためと言っているが、正確な部分はクロンにはわからない。


 結果として3人で一緒に行動する時間は増えた。クロンは早朝トレーニングに出てしまうため一日中一緒になることはないが、ラビとカエデが朝一緒に出てきてクロンと合流する率はかなり高くなっている。


「ふたりとも、おはよー!」


「「おはよ、クロン(くーちゃん)」」


 クロンは最近挑戦し始めたコーヒーを飲みながら、ふたりに挨拶する。ふたりは若干眠そうながらもクロンのおはように返答し、カフェの椅子に座って各々朝食を頼んだ。ラビはコーヒーだが、カエデは口に合わないのかオレンジジュースにしていた。全員朝ごはん自体はいたって普通のエッグプレートだ。


 ふたりを交互に見るが、眠そうにしているわりに見た目が寝起きというわけではない。身だしなみはしっかり整えて軽く化粧までしているので、冒険者という過酷な職業ながらしっかり気を使ってるんだなと感心し、クロンはコーヒーを啜った。


「クロンあんたいつも朝早すぎよ。なにしてんの?」


 ラビはクロンの朝のルーティーンに興味があるのか、コーヒーを飲みながら聞いてくる。隠すことでもないのでクロンは素直に伝える。


「地下の修練場を借りられるようになったから、そこでランニングとか技の確認とか。あと筋力トレーニングもしてる。反復練習が大事なんだ、こういうのは」


「くーちゃん、昔からずっと朝のトレーニングだけは欠かさない。わたしはきつすぎてついていけなかった」


「ふーん、私もストレッチくらいはするけど朝から走ったりはしないな〜。そもそも外に行く職業なんだし、経験も技術も外界行ってたらついてくるものじゃない? 朝から体に負荷かけてたら、それにいつか足元掬われるわ」


 ラビは口を尖らせてクロンをチクチクする。朝起きた時、すでに部屋にクロンがいないことが若干不服なだけだが、クロンはそんなことには気づかない。


「【自己再生】あるからね。それに外界に出るってわかってるときは軽いランニングだけで済ませてるし……」


 これが、普段の3人の朝だ。今日も、冒険者としての1日が始まる。


 そんな、泥臭いはずの冒険者に与えられたちょっとした、朝の優雅なひと時を満喫する3人の座るテーブル席から少し離れた場所にある商社の受付では、エリックとフロウがなにやら会話をしていた。3人には会話の内容は聞こえないが、話が弾んでいるようには見えない。


「……ということか、フロウ」


「えぇ、このままだとちょっとまずいことに」


「やはり、回らんか」


「難しいですね」


「わかった、どうにかしよう」


 すると、話が終わったのか、エリックがフロウを伴い3人へと近づいてくる。 

 

 クロンとラビは既視感を覚えながらも、なにを言われるのかわからないため若干身構える。カエデはボケッとしながら先ほど運ばれてきたサニーサイドアップの目玉焼きを頬張っていた。


「3人とも、改めてこの間の新人戦はよくやった。あれは会社としての恩恵もあるからな」


「いえいえ、そんな……」


 クロンは恐縮する。褒められると弱いのでテレテレしている。ラビは慣れたものでそのままコーヒーを飲みながら父親を横目で見ており、カエデにいたっては食べるのをやめない。


「新人戦はよくやったと褒めたいが、少し問題があってな……」


「問題、ですか?」


「うぅ〜む、本来君たち3人に頼むことではないんだが……」


「なら頼まないでもいいわよ」


「そう言うな、ラビ。だいたいこの話はラビが原因なんだぞ」


「えぇ〜私ぃ? ぜんぜん身に覚えないけど?」


「気づいてないだけでしょ」


「誰が気づいてないだけよ!」


 ギャーギャーと、仲がいいのか悪いのかカフェで騒ぎ出す。まだまだ根っこの部分は子供だなとエリックは呆れながら、本題へと入ることにした。


「ゴホン、とにかくだ。3人にはやってもらいたいことがある」


「やってもらいたいこと、ですか……?」


「ああ。フロウがついに音を上げてな。受付がいないんだ」


 ビクン、とラビが固まる。


「そこでだ、ちょっとイレギュラーな依頼なんだが、3人には受付を探してもらいたい」


「ええーーー!?」


 依頼、これは冒険者にとっては一般的なものだ。基本的に民間や政府から必要な『賢者の石』にまつわる依頼が協議会へ持ち込まれる。石のグレードや質、色など用途によって変わるため、依頼は多種多様だ。それらはすべて協議会に持ち込まれた後データベース上にまとめられ、フリーの冒険者や会社へ発行された冒険者用のIDを使用しそれを閲覧、自身に合った依頼を受理しこなしていく。これが総合冒険商社の仕事であり、メインの収入源だ。


 つまり、総合冒険商社にはメインの収入源とは違い、副収入源が存在する。それが、特殊依頼。


 いわば総合冒険商社とはなんでも屋に近い業務形態である。石の納入だけではなく外界の調査、極端な話を言えば祝福を使用したと思われる殺人といった事件の捜査まで、それは多岐に渡る。総合冒険商社は社会貢献としてこのような依頼もある程度受けなくてはならないが、それでも最低限しか受けないところが多いのでどんどん積み重なっていく。


 一方アルカヌム・デアではこの特殊依頼を他の会社に比べ多く受けていた。特に外界の調査に関しては『新しい発見』がある可能性が高いので我先にと受けている。


 なので、この受付を探すという依頼も特殊依頼という形で評議会を経由し承認されており、その依頼をエリックが受理、ラビたち3人に回ってきたわけだ。なにも不思議なわけではないが、ここにはエリックの遠回しの教育的意図が隠れていた。


「親として、社長として、勝手に外界に出るのを辞めて受付に座っておきながら、いきなり心変わりをしてその仕事すら投げ出す社員に対しなにもペナルティを与えないというのはできないのだ。表向きな。これはラビに対してだけの指名依頼だ、だから他の2人は辞退してくれても構わない」


「ムリムリムリムリ! あそこに座ってくれる人をひとりで探すなんてムリ! だいたい求人出せばいいじゃない! 私たち新人戦で勝って会社としても今いい感じなんでしょ!? 求人かけたら誰か来るでしょ!? ね、ね?」


 ラビとしては今日この後3人で封鎖解除された英雄平原へ向かう予定だったのだ。それを謎の依頼では潰されては敵わない。なんとかしようと頑張るも、どうやら望みは薄いようだ。


「ラビだって知っているだろう。商社の受付に座れるのはライセンスを持った冒険者のみだ。つまり、それなりに強いが外に出たくないという……普通存在しないであろう人材を探す必要がある。他の会社は持ち回りで所属冒険者に座らせているが……。うちの所属は全員我が強い。一応聞いて回ったが誰一人として座りたくないとのことだし、更に言えば人数的にも厳しい。パーティ単位で動く以上な」


「そんな……!」


「あはは、ラビどんまい。これは僕にも原因あるしちゃんと手伝うからさ」


「わたしもよくわかんないけどパーティーだから手伝う」


「期限は半月だ。それまでに見つけてくれ。フリーの冒険者のスカウト、戦える祝福を持った人間を冒険者にするでもいい。とにかく見つけてくれ。いつまでも副社長を座らせておくわけにもいかないんでな」


 エリックはなにか含みをもたせた視線をラビへと向ける。3人への初依頼は、前途多難のようだ。

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