第18話 新人探し

「終わった……」


 ラビが頭を抱える。


(出場登録まであと3日、本戦まで1週間。間に合わない! 3人目をどう見つけるか。うちの会社はあとは全員20歳より上、そうなると新しい人を探さないといけない。けどそもそも強い新人を探すのがどれほど厳しいか!)


 そんなことを考えるラビの横ではクロンが半ば放心状態になり椅子に座っていた。


「——番、81番の方〜! クロンさん! クロン・シズノさ〜ん!」


 クロンが窓口に呼ばれる。おそらくライセンスの発行が済んだのだろう。心ここに在らずといった感じではあるが、呼ばれた声の方へフラフラと進んでゆく。クロンはそこでライセンスの説明をかろうじて聞きとり、ふたりはそのまま協議会事務局を後にする。重苦しい空気感だけが、フロアへと残されていった。


◆◆◆


『さぁ〜、今年もやってまいりました、チーム対抗新人戦トーナメントォ〜! 実況はみーんな大好き個人ランク第4位、テレビやラジオでも絶賛活躍中のみんなのアイドル、ルシア・リチュエルがお送りしまぁーす! みんな、盛り上がってるー!?』


 イエー! そう観客が応えると、会場のボルテージは際限なくあがっていく。会場は中心に楕円形のスタジアムが設けられており、その周囲を観客席が覆う。観客席には傾斜がつけられており、奥へ行くほどスタジアムからは遠くなるが全体を見渡すことができるように作られていた。


 そんな中個人ランク2位のエーデルは、裕福な顧客向けに作られた、観客席上部にあるVIPルームでワインを片手に新人戦を楽しんでいた。横には第7位のリュゼ・モリエールがおり、ふたりで軽く会話をしながら新人戦の様子を眺めている。


「しかし、相変わらずルシアさんはかわいいですね。あれで自分より強いのだから嫉妬してしまいます」


 リュゼはそう答えるも、エーデルはそれを否定するような発言をする。


「かわいいのは確かだが猫を被ってるから俺はあまり好かんな。スキルだけは認めている」


 エーデルは軽い相槌のつもりで自身の考えを発し、さらに続ける。


「そんなことより今回の目玉はそんなんじゃない。ついに! ついにだ。エリックがうちに移籍してくる! あいつは俺と同じくらい強いくせにランク戦でサボるカスだ。そんなカスの鼻の穴を開かせる機会が来るとは、バカ娘サマサマだな! あのバカ娘は別にいらねえが、顔は整ってるし胸もあるしスタイルもいい。気の強いところも壊しがいがある。遊んでやってもいいかもなぁ」


 エーデルは嫌らしい笑みを浮かべ得意気にそういうと、選手の入場が始まろうとしている会場へと目を向けた。新人戦はリーグ戦やトーナメント戦に比べれば小粒の戦闘が目立つが、若い分荒削りな戦いや思いがけない大どんでん返しが期待できるとあって、かなりの人気を誇っていた。


 そんな盛り上がりの中、ルシアは所属商社とパーティーをひとつひとつ紹介していく。今年もうちが優勝候補だな、そんなことを考えていると、出場する8パーティー中7パーティー目にマグナ・アルボスの3人が呼ばれる。


『7番目のパーティーは、あのマグナ・アルボスからだ〜! 3人とも少しこわ〜い顔ですが、第2位に直接師事し、新人にしては腕も立つと評判だァ〜! その筋肉と、こわ〜い能力で敵をバッタバッタとなぎ倒していくのでしょうか! 試合運びが注目されます!』


「いい紹介じゃないか。そう思わないか? リュゼ」


「はい。今年のうちの新人は活きがいいですから、優勝間違いなしだと思いますよ」


「だよなぁ。優勝もできて、エリックも来る。こんな楽しい日があってもいいのか!? ブワァーッハッハッハ! ......は?」


 そうエーデルが高笑いしていると、最後の参加パーティーである8パーティー目が呼ばれ、スタジアムへと現れる。エーデルは、自分が見たものが信じられず、ワイングラスを落とすと正面のガラス際へと駆け寄りそのまま張り付いて会場を血走った目で見おろす。


「お、おいリュゼ! なんであいつらが出場してるんだ! お前、ちゃんと他に根回ししたんだろうな!? なんだよあの3人目の女はァ!」


「……もちろんしましたよ! あ、ありえない、嘘だ……! だ、誰なんだよ、あの3人目ェ!」


 ふたりは顔を青白くさせながら、スタジアムを食い入るように見つめる。アナウンスでは、アルカヌム・デアの〜と聞こえたが、もはやエーデルの耳は情報をシャットアウトしていた。


 話は、5日前に遡る。


 ◆◆◆


「ヤバイヤバイヤバイ、どうするどうする……!」


 ラビがクロンのベッドに座り頭を抱えて唸る。毎度のことながら、ここはクロンの部屋である。クロンも焦ってはいるが、わざわざ毎日僕の部屋に来て唸るだけなら自室でやってくれと思い始めたころだ。クロンも人探しは手伝っているものの一行に先へ進まない。


 とんでもないことにマグナ・アルボスが他の商社へしっかりと根回ししており、新人戦に参加していない新人でも他に所属している限り首を縦に振らない。フリーの方も、16歳から冒険者になれるとは言ったものの未成年フリーの絶対数は少なく、かつ連絡先も知らずどうにもならない。メーネに至ってはなぜラビが唸ってるのかわからないからか、横に移動してゆらゆら揺れている。


「例えば外区に行って探してくるとかは? でも最低でも強くないと勝てないからただ取り繕って入れるだけじゃダメか……」


「そうね。最低でも私たちくらいの人材。でもそんな人そうそう転がってないって〜……」


 そう言うとまた唸り始める。まともに食べてないのだろう、明らかにやつれている。あの約束もまだエリックへ伝えられていないと見た。クロンはどうするものかと思案し、昼食を取りに息抜きがてら外へ出ることを提案する。


「あのさ、そんなんじゃ3人目を見つける前に死んじゃうからなにか食べに行こうよ。気分転換すればいい案が浮かぶかも……」


「そうね……行きましょうか……」


 そうラビが同意すると、それまで座っていたベッドから立ち上がるも、栄養をまともにとっていないからだろうか、よろけてしまう。


「おっと」


 ラビがよろけたのを見てクロンはラビを支えると、ラビは赤くなってすぐにスクッ立ち上がった。


「だ、大丈夫! さ、行きましょ!」


 ラビはそのままスタスタと部屋の外へ出ていってしまった。クロンはそれを追いかけてついていくと、そのまま会社の外へ出て、近くのレストランへと入っていった。


 ◆◆◆


「でも、3人目を探すなら今日の夜が期限だよね。ライセンス持ちはまずいないし、これからライセンスを取らせるにはまだ受付にいるはずのフロウさんを通してテストをしてもらわないといけない。僕らが『この人強いよ!』って言っても、まず無理だ」


 ふたりはレストランでボックス席に収まり昼食を注文した後、そのまま先ほどまでしていた話へと立ち返る。


「そうね。それを考えると今日見つけてテストを出してもらって、明日クリアしてそのあとライセンス発行して、その足で新人戦登録って手しか使えないけど、そもそもライセンス発行の窓口がしまるのは早いわ。お役所仕事だから、それを考えると本当に時間がない。今日の夜現地まで行って野宿とかも覚悟しないと」


「そうだよなぁ。でもたしか今の英雄平原って立ち入り禁止でしょ? エリックさんがそれで出払ってるからラビがそんな感じなのも気づかれずになんとかなってるわけだし。はぁ……どうしよー」


「とりあえず、食べ終わったら外区に行ってみましょう。もう中心街で見つけるのは無理よ。クロンの故郷には誰かいないの?」


「……いやぁ、いるにはいるんだけど……」


 そう言うとラビがガタッと勢い良く立ち上がり、テーブルの縁に太ももをぶつけ悶絶しながら座り直す。


「イタタ……いるなら早く言いなさいよ!」


「ごめん、実は街に出てくる時その子に言わずにでてきたから、かなり怒ってると思う……。地元に戻りづらいというかなんというか。そうじゃなくても会いづらいんだけど。僕のテストがあった時戻れてたら違ってたかなぁ……」


「そ、そうなの。というか仲悪いのね」


「いやぁ〜、仲はいいんだけど……ちょっと説明しにくい関係なんだ。僕の方がちょっとだけ苦手というか。いや苦手じゃないんだけど逃げてるというか……」


「……ナニソレ? 変な関係性すぎない?」


「ハハハ、今回うまく行けば、いつか紹介するよ……。とりあえず食べ終わったら、外区に向かってみよう。外区にもそこそこ大きい街はあるし、武術を教えてる道場もあるから、そこで誰か見つかれば」


「そうね。せめてカテゴリー2に勝てるくらいの人を見つけないと。はぁ〜……いるのかなぁ」


 クロンの乾いた笑いとラビの苦悩が混ざり合う空間でそんな話をしながら、運ばれてきた料理を頬張る。


「ラビ、そんなに急いで食べなくても。ハムスターみたいになってるよ」


 ラビは注文したパンケーキを頬張りむしゃむしゃ食べている。お腹が空いていたのだろう。それに今日で見つけると言う気概も感じられる。決して早食いなわけではないので、クロンからすればただ口にたくさん入れているだけにしか見えない。ハムスターみたいになってると言われたラビは軽くむせ、水を飲み流し込むとその意地悪に対抗するかのように、クロンの注文したものに文句をつけた。


「だいたいクロンもなによ、オムライスって。子供ね〜。大人はオムライスなんて食べないわよ」


「そんなことない! 大人だってオムライス好きな人はいるよ! そっちだって久しぶりの食事がパンケーキなんだから僕と変わらないじゃないか」


 ギャーギャー言い合いながら料理を平らげ、ふたりはレストランから出てアルカヌム・デアへと戻ってゆく。


「……ミツケタ」


 それをひとりの少女が視ていたことは、ふたりは知る由もなかった。

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