第19話 カエデ・アスカ
「よし、準備できた。ラビは?」
「できたわよ。じゃあ外区へ行きましょ。見つかるといいんだけどなー」
「そうだねー」
ふたりはレストランから戻ったあと身支度をして外出する準備を整えると、ロビーを通って外区へ向かおうとした。するとフロウがふたりに声をかける。
「あのー、おふたりさん最近どこ行ってんです? コソコソコソコソと……それに今日は外界でも行くんですかい? いやに重装備だ。外界に行く場合はちゃんと外出届け出してからにしてくださいよ、それとですね」
「わかった! わかったから!」
これ以上言われては敵わないとフロウへ外出申請する。
「これでいいでしょ? じゃあ行ってくるわね」
「行ってきます、フロウさん」
「気をつけるんですよー」
お互い軽く会話してロビーの自動ドアから外に出ると、外へ出てすぐの場所に立っていた女の子にぶつかりそうになる。
「うわっ!」
「きゃっ!」
ふたりして驚き、さらにクロンはふとその子が見覚えあるななどと思い軽く下を向き顔に目線を合わせた。
「ゲェ、カエデ!?」
クロンはまるで踏まれたカエルのような声を出す。そしてすぐに後ずさりすると、踵を返し逃げようとした。しかしその子、カエデはそれを逃すまいとクロンに向けてタックルする。
「……やっと見つけた、くーちゃん」
「え!? え!? なにが起こってるの!?」
この状況にひとりついていけてない人間がいた。ラビだ。ラビからすれば、エントランスから出たら目の前に女の子がいて、それを見たクロンが変な声を出しながら翻って逃げ出して、そこに件の女の子がタックルしてまとわりついている状態だ。はっきり言ってわけがわからない。他にもロビーに人はいたし、フロウに至っては中腰程度に立ち上がり、前のめりになりながら助けに行こうか逡巡している。
クロンが助けを求めるように視線を向けるので、ラビは助けた方がいいだろうと結論づけ、まとわりついている女の子をクロンから引き剥がそうと試みた。クロンとは知り合いのようだったので、一旦剥がして話を聞けばなにかわかるだろう、そう考えクロンを助けることにする。
「ちょっと〜! クロンが嫌がってるでしょ離れなさい〜! なにこいつ力強!?」
ラビは
「すーはーすーはー、くーちゃんさびしかった? わたしはさびしかったよ夜もぜんぜん眠れなくてパパとママには止められたんだけどどこかで変な人にからまれてないか心配で心配であっごめんねやっと見つけて舞い上がっちゃった大丈夫どこか怪我してない? 周りの人間に怪我させられなかった? 特にこの女。誰? わたしのくーちゃんと仲良くイチャイチャしやがって」
「イ、イチャイチャぁ!?」
なにとんでもないこと言い出してるんだこの女は私がどこでクロンとイチャイチャしていたのか今すぐにでも問い詰めたい私とクロンはただの仲間だし逆にこの女なによクロンにまとわりついてさっさと離れなさいよ私たちには時間がないのよ、と頭の中でぐるぐるしていると、ラビの助力を諦めたクロンが絞り出すように、カエデへ向けて言葉を放った。
「カ、カエデ、話をしたいから、一旦離れて……」
「ごめんなさい。離れるね」
そう言うとカエデはクロンから離れた。ラビは自分でもわからない謎のイライラを抱えながら今一番聞きたいことを聞く。
「で、ふたりはどういう関係なんですかぁ?」
「ラビなんか怒ってない?」
「怒ってない!!」
「うわぁ!?」
ラビは若干怒っている。そうクロンが判断すると観念してカエデのことを説明しようとした。するとそれよりも先にカエデが自己紹介をしだす。
「カエデ・アスカです。くーちゃんとはもう何年も同じ屋根の下に住んでて、許嫁です。以後よろしく」
「はぁ!? 許嫁ぇ!?」
「ちょっとさらっと嘘つくのやめて!」
「お三方、ロビーでやられると迷惑なんで奥にひっこんでもらえませんかねえ!」
3人がロビーの中央でもみ合いをしていると、フロウがついに怒気を込めて3人を叱る。それぞれ申し訳なさそうにすると、クロンの自室へと引っ込んでいった。
「それで、ふたりの本当の関係性は? クロンが若干嫌がってるようだけど」
「嫌がってないです」
「嫌がってるわ」
「喜んでます」
「喜んでない!」
クロンの部屋へ入った途端、カエデとラビが言い争いをはじめた。この言い争いには終わりが見えず長引くのは目に見えている。このままじゃ埒があかないと考えたクロンは自分から説明をすることにした。
「カエデは地元の同い年の幼馴染で、話したと思うけど父親が失踪したあと良くしてくれた家のひとり娘だ」
「もしかしてレストランで言ってた?」
「そう、その子だよ」
「じゃあ3人目これで決まりじゃない!」
3人目? とカエデが不思議そうな顔をするが、クロンの反応は芳しくない。
「いやーそうなんだけどなぁーでもなぁ」
「なにが不満なのよ? カテゴリー2倒せるくらい強いんでしょ?」
クロンはなにかうんうん唸っていると、カエデが空気を読まず口を挟んできた。
「そういえばくーちゃん、わたしになにか言わなきゃいけないことあるよね?」
「ひぃ!? 勝手に出ていってごめんなさい!」
「むふふ、許してあげる。でも次はないからね」
目の前でなにかよくわからないものを見せられているラビは心を虚無にするも、今すぐにでも知りたいことがあったので虚無を振り払いクロンを引き寄せ耳打ちする。
「……で、肝心の強さなんだけどどれくらいなのよ」
「えぇーっと、僕が普段ボコボコにされてるくらいかなー……?」
「は? あの状態で?」
「いや、流石にあの状態は。見せたことないし」
「そんな強いなら3人目にもってこいじゃない。クロンに対する態度はちょっと気になるけど」
「僕もいきなり抱きつかれたり許嫁だって地元で言いふらされなければ問題ないよ。妹みたいなものだし。でもカエデ自体は僕を探しにきただけで冒険者になる気はないと思うよ。ずっと地元で暮らすみたいなこと昔言ってたし、それに誕生日だって僕より生まれたの遅いんだから登録できないんじゃ」
「それはくーちゃんがずっと地元にいると思ったから。それなのに勝手に家飛び出して、気づいたら冒険者になっちゃってる。ならわたしも地元を出てくーちゃんと暮らす。くーちゃんがいない地元にもはや用はない。それに登録もできる。くーちゃんよりも誕生日は遅いけど、3日しか違わない。登録できるようになってる」
「えぇ、タイミング良すぎ……あとなに言ってんのかわからないよ」
途中からヒソヒソ話ではなく普通に聞こえる音量で喋っていたからか、話に乱入してくるカエデ。しかし言っていることが理解できないのはしょうがないだろうとクロンは理解することを諦める。
「それだけくーちゃん愛が強い証拠。ぶい」
クロンは完全に理解することを拒否した。昔からカエデはこうだ。同じ屋根の下で暮らし始めてから特に酷くなっている。少なくとも3日に1回はベッドに侵入してきたし、風呂だってたまに突撃してくる。かわいい女の子がそんなことしてくるようじゃ、たとえ妹みたいな存在だったとしても男としての尊厳が死んでしまう。またそんな生活が戻ってくるのかもと思うとクロンは内心辟易したが、新人戦に登録するにはこれしかないと謎のVサインを見せつけてくるカエデを横目に、ラビに提案する。
「ちょっと
「そうね。善は急げ」
「テスト?」
クロンとラビは若干把握しきれてないカエデに入社テストや新人戦の話をしながら、ロビーにいるはずのフロウの元へと向かった。
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