第17話 グル
「あの! ラビに何の用ですか!」
後ろから声をかけると、その二人組は首だけ振り返り、クロンを一瞥したあとバカにするように笑いながら口を開く。
「オイオイ、ナイトさんが出てきちゃったよ! こんなヒョロガリのナイトさんじゃ、なにもできないだろうに。かわいそうなお姫様でちゅね〜」
「ワハハ、本当のことを言ったらかわいそうだろ」
そうやってふたりが挑発してくるも、クロンは意にも介さずラビへ心配の言葉をかけた。
「大丈夫? 変なことされてない?」
「大丈夫よ。そもそもこんな低俗な輩に遅れは取らないわ」
ラビはおそらく無意識なのだろうが、目の前のふたりを意図せず挑発してしまう。
「なんだと!? ふざけやがって!」
激昂したふたりがラビに向けて殴ろうと飛びかかってくるが、ラビはひらりと躱し、返す刀で近くにいたひとりへ拳を差し入れる。ラビは、しまった! と思ったがもう遅い。殴られた方も殴られていない方もニヤリと笑った後、大げさに呻き始めた。
「イっ
「大丈夫か兄貴!」
わざとらしすぎる。わざとらしすぎるが寄ってきた野次馬はそれまでの過程を知らないので、クロンとラビに非難の目を向ける。ふたりは僕たちが悪いんじゃないですよとジェスチャーするが、最早無駄な行動であった。いくら当たり屋だったとしても殴ったのは事実なので打つ手がない。すると、野次馬の中から見覚えのある男が現れ、頼んでもいないのに大きな顔で仲裁を始めた。
「おいおい、冒険者同士の揉め事はまずいなぁ。場合によってはライセンス剥奪もありうる。お嬢さん、手を出すなんて卑怯すぎるぜ? こんなに強く殴っては後遺症になってしまう! なんてこった!」
またしてもわざとらしい、これは完全にグルだろう。しかしグルになる理由がわからない。それほどに、出てきた男に見覚えがありすぎた。
「エーデル・フォン・シュバルツ……!」
「あ、あなたは……!」
ランク2位、クロンが昨日罵倒されにされまくった憎き相手であった。
「マジか〜エリックのところのラビじゃねえかぁ〜これはまずいんじゃないか〜? ......ん? お前どこかで見た顔……。ブワァーッハッハ! お前、昨日うちに無謀にも面接しにきた呪い持ちクンじゃねえか! こんなところでなにやってんだ? ここはお前のようなゴミが来る場所じゃねえ! 帰れや!」
呪い持ち? 呪い持ちって言ったか? その発言が野次馬に伝播し、目に見えて周囲にできた円形のエリアが広がる。
「ちょっと! こいつにはクロンっていうちゃんとした名前があるのよ! そうやって意味もない蔑むだけの言葉を使わないで!」
「ははぁ、なるほどなぁ」
ラビがかばうも、今の発言でクロンとラビになんらかの関係性があることを見抜かれてしまった。ラビに絡んでいたガラの悪い二人組はもはやなにも考えずエーデルの後ろに着き、兄貴やっちゃってくださいよなどとまくし立てている。グルなのはバレバレだが、クロンが呪い持ちだとバレた今、味方をしてくれる人間はこの場にはいないだろう。そこをエーデルはいやらしく突いてくる。
「そうかぁ〜呪い持ちはエリックのところに行ったかぁ〜。あいつは実に優秀だがその博愛精神だけは理解できないな。ゴミはゴミとして廃棄するべきだ、そうは思わないか?」
後ろのふたりに問いかけると、ふたりはそれに同意しうんうんとうなづく。
「まあ、今はそんなことよりうちの新人を殴ったことをどう落とし前をとってもらうかの方が先決だな。訴えてもいいんだけどよ〜うちのもんに恥かかせたんだ。そんなもんじゃ足りねえよなぁ? な?」
「はぁ!? そっちが先に絡んできたんじゃない! 正当防衛よ!」
「なにを言っている。誰かうちのもんが先に絡んだところ見てたか? まさか商社ランク3位、マグナ・アルボスがそんなことするわけないじゃないか。だいたい呪い持ちと一緒にいてよくもぬけぬけとそんなふざけた嘘がつけるなぁ」
「ぐっ......!」
ラビは退路がどんどん塞がれていく事実に焦燥し、どうすることもできない。クロンもランク2位のあまりの迫力や昨日のことが災いし、なにも行動に起こすことができない。
「なに、俺たちも鬼じゃない。どうやらうちのもんにも不手際があったようだし、そうだ。もうすぐある新人戦で決めるってのはどうだ? 後ろのふたりはもちろん出るぜ。それで君たちが勝てば今回のことは不問にしてやる!」
エーデルは一人で話を続ける。まるで演説をしているように。
「ただし、万が一うちの新人に負けたら、エリックと君はうちに移籍してもらう。おお、なんといい条件だろうか! そんな呪い持ちから救おうとしている俺たちはなんて慈悲深いんだろうか! なあ!?」
「「へ、へい!」」
後ろのふたりもそれに同意し、野次馬もまた2位の慈悲深さの感動している。ラビは空気感に飲まれ正常な判断ができない。そこに、エーデルは追い討ちをかけてきた。
「なんだ? うちのに勝てないほど弱いのか? なぜか受付に座り始めたとは聞いていたがそれほどとは。しかも仲間がその呪い持ちときた! ヒョロガリに冒険者が務まるわけないだろう。もうそろそろ引退して田舎に帰ったらどうだ、クロンとやら。ハハハハハ!」
明白な挑発だった。普通の思考をしていれば、こんなもの無視すればいいのだ。
しかしラビは、その挑発に乗ってしまった。
「ハァ!? クロンはこう見えて全身にしっかり筋肉ついてて強いのよ! あんたらみたいな卑怯なバカ男どもとは違うわ! やってやるわよ、新人戦でボコボコにしてやる!.....あっ」
もう、遅かった。エーデルはいやらしい笑みを浮かべるが、その顔を2位らしい笑顔へ戻し野次馬の方へ向く。
「聞いたか、お前ら! 今年の新人戦、今から楽しみだなぁ! うちの新人とあのエリックの娘、ラビ・クニークルスと呪い持ちのクロン・なんだっけ? まあいい、こいつらの戦いは大々的に宣伝させてもらう! 首を長くして待っとけ!」
ハメられた。クロンとラビは同時に認識するももう遅い。野次馬が今のエーデルの演説を聴きハケてゆく。残ったエーデルはふたりへと近づき耳元で囁いた。
「言われたろ? 帰り道に気をつけろって。......ライセンスを入手するまでが遠足だぜ。新人戦、せいぜい参加できるようあがいてみるんだな、ハハハ」
エーデルはそんな台詞を吐き、後ろのふたりを連れてその場をあとにした。クロンとラビはしばらく動けなかったが、なぜかラビが絶望的な表情を浮かべているのに気づき、クロンはなにか励まさないといけないと、声をかける。
「だ、大丈夫だって! ただ新人戦で勝てばいい。あのふたりだってそんなに強いようには見えなかったし、勝てばいいんだ。僕は別に呪い持ちって言われてもなんとも思わないからさ、ラビもいるし、エリックさんやフロウさんもいる。ね。だから元気出して!」
なんとか慰めようとするも、ラビの表情は冴えない。ラビはそのまま下を向きながら、絞り出すように声をこぼした。
「無理よ……。出られない」
「え、なんでよ?」
「新人戦は、3人1組のチーム戦なのよ……!」
◆◆◆
「しかし兄貴、あんな温情与える必要あったんですかい? 新人戦で決着なんて。俺たちも強いですけど万一あいつらに勝てなかったりしたらいい笑い者ですぜ。何事も100パーセントうまくいく状態を確保しないと先に進むことをしない兄貴らしくない」
その問いに、エーデルはにやにやしながら答える。
「新人戦のルールと目的は覚えてるか?」
「へい、たしか3人1組のチーム戦で、新人のチームワークを試すためにできたんすよね。新人は先々一緒にパーティーを組むことが多くなるんで、新人戦を実施することで練度を上げたり、この大会に出場するという名目でパーティー形成を促す。そういった目的があるって聞いたことがありやす」
「
エーデルが聞き返すと、少し後ろを歩くふたりは大きくうなづく。
「まだまだうちの会社のことも俺のことも理解してねえな。俺は100パーセント確実って状況にならなきゃ動かない。まずひとつ、お前らは強い。あのエリックの娘ラビが長い間受付に座ってロクに外へ出てないことは業界にいれば誰でも知ってる。それほどにエリックの会社とエリック親子は注目の的なんだ。そんなサボってばかりの鈍と、新しく入った再生するだけのガキ。お前らが負けるわけがない。そして2つ目」
そう言うとエーデルは指を2本立て、いやらしい笑みを浮かべながら上ずった声で答える。
「あいつらが、3人目を見つけることはない、ククク、クク、ブワァーッハッハ! あいつら、3人目が見つからないとも知らずに俺たちの提案を受けやがった! 笑いが止まらねえな! 他のめぼしい新人はすべてあいつらの会社じゃないとこで抑えられてるってのによ! 新人戦の申し込み締め切りまであと3日。どうあがいても不可能だ、ダァーッハッハッハ!」
大笑いしながら答えるエーデルに目の前のふたりは感心しながらも、そこまでやるのかと彼を畏怖した。エーデルは固まったふたりを連れ、ひとり意気揚々と自分の会社へ帰っていった。
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