第16話 ライセンス

 ドンドンドン、というドアを叩く音でクロンは目覚め、体を起こした。クロンの体についた傷は【自己再生】により癒えるが、疲労感はそうではない。特に細胞を崩壊させたのだから尚更だ。部屋に備え付けられている壁掛け時計に目をやる。その短針が10を回り11へ差しかかろうとしているのに気づくと、完全に寝すぎたと後悔し、未だドンドンとうるさいドアへと目を向ける。


「ちょっと〜クロン? 昨日の今日だけどさすがに寝すぎよ! 記念すべきライセンス登録の日なんだからさっさと起きてー! 書類も持ってきたわ!」


 ラビだ。自分と同じように疲れている上、昨日あんなにズタボロだったのになんで自分よりも元気なんだとか、傷もちょっとは残ってるはずなのにドンドンドアを叩いて響かないのかとか考えながら、しぶしぶドアを開ける。


「ラビ、体力は無尽蔵じゃないんだからもう少しだけ寝かせてくれてもいいだろ」


 そう文句を言うもラビの返答はそっけないものだった。


「冒険者になるくせに甘いこと言うのやめて。入るわよ」


 そう言うとラビはズカズカと部屋へと入ってきた。


「はいこれ、書類。さっさと書いてね。この書類がないとライセンス発行されないから」


 ライセンス。冒険者になるには免許がいる。これがないと外界へ出られないし、冒険者に与えられるさまざまな恩恵を受けることができない。ライセンス制なのは外界へ誰彼構わず出すと災いを引き連れてくる可能性があるからだ。外界へ出たければそれなりの問題解決能力を発揮できるようにしろ、ということだろう。


 つまりライセンスとは、私は外界で発生した諸問題に最低限対処できますよ、という証明なのだ。そして、個人でこのライセンスを取ろうとするならば、16歳から20歳までは血の繋がった親の署名が必ず必要で、その上協議会の設定するテストに合格しなければならない。このテストは軒並みハードで、フリーでライセンスを得るのは狭き門と言えた。


 それだけフリーの冒険者は優れているということでもあるのだが、クロンは実の親が死亡及び失踪しているため20歳までフリーを目指すことができなかった。


 一方で所属冒険者へのライセンス発行は驚くほどゆるい。現在認可された商社の社員として契約すれば、ほぼ無条件でライセンスが与えられる。これは商社が変わりにテスト行い、当該人物はそれを突破して社と契約していますよという暗黙の合意により基づいており、商社も自分の会社のランクを落としたくはないため真面目に所属させる人間を選ぶ。


 そういった事情や組織の都合のもと、ライセンスが発行される。つまり、すでにアルカヌム・デアへ所属したという事実さえあれば、ライセンスはノータイムで発行される。そういった事情があったためクロンは商社へ所属しようとしていたのだ。そしてそれが叶うとなり、クロンはにまにまと笑顔を浮かべながら書類へと記入していく。


「うわぁ〜クロン、ヤバイ顔してるわよ。直視できない……ちょっとキモいわ」


 そんな辛辣な言葉が横から聞こえてきてももはやクロンは動じない。目の前の書類はそれほどのものであった。クロンはそれに丁寧に記入し、終わってすぐラビへと翻る。


「書類記入し終わったよ! 次は!?」


「はぁ……協議会事務局へ行って書類を提出、その後しばらく待ってライセンスを受け取って、晴れてクロンは冒険者よ。外界でもどこでも、制限がない場所へはどこにでも行けるようになる」


 それ以上の制限区域はランク上げないといけないけどね、そうラビが付け加えると、クロンはシャカシャカ身支度をはじめ、さっさと終わらせるとラビへを急かす。


「よし! 行こう!」


「はーい。案内するわ」


 子供のように大はしゃぎするクロンを見て、昨日はあんなにかっこよかったのになあ……などと乙女パワーで随分脚色されているクロン像を思い出しながら、呆れ顔でクロンを協議会事務局まで連れていくラビであった。


 ◆◆◆


「そういえばランクがどうとか言ってたけど、どれくらいになればいいのかな?」


「うちの商社ランクは評価方法のせいでそこまで高くないから、個人ランクの方で上を目指す方針をとってるわ。昔パパから言われた順位は個人で1000位以内ね。だいたいの制限がなくなるラインだって言ってたから私も一時期がむしゃらに目指してたけど……はぁ〜、結構下がってるんだろうなぁ」


 そんなことをラビが言うものだから、ランクといった指標に目がない男、クロンがさらにラビへとグイグイ近づき質問を続ける。


「ランクってどうやってあげるの!? リーグ戦とかに出ればいいんだよね!?」


「近い近い近い! えっと、確かにリーグ戦、これは長期間都市内に拘束されるからうちの会社で出場してる人は数人しかいないけど、一番簡単にランクがあげられるわ。それに興業の側面も持ってるからファンもできるわよ。あとは年に1度あるトーナメント戦。でもどちらも私たちには縁がないわ。ある程度強くなきゃそもそも他が強すぎて予選で勝てない」


 フフン、と、頼られたのが嬉しいのかラビは意気揚々を説明を始める。どうやらリーグ戦やトーナメント戦は縁がないようだとクロンは悲しむが、ラビの話は終わっていなかった。


「私たちがランクをあげるのにできることは、外界行ってビーストを討伐して地道に賢者の石を集めるのと、あとはもうすぐある新人戦かしらね。19歳までの若手しか出場できないけど、商社の代理戦争の側面もあるからランクの変動は激しいって聞くわ。出たたことないから詳しくは知らないけどね。あ、着いたわよ」


 ランクをあげる方法をラビへ聞いたクロンは目的も忘れ聞き入っていたが、ラビの報告であたりを見渡すと、目の前に巨大な建物がいつのまにか出現していたことに度肝を抜かれる。


「えっと、コレ?」


「そうよ。大きいでしょ?」


「大きいっていうか……もうお城じゃん」


 目の前には巨大な城のようなものがそびえ立っていた。もはや昨日見た12階建のビルなどは比較にならないとクロンは考え、ふたりは吸い込まれるように建物へと入っていく。


 入った先は公共機関特有の感じなのか横長のソファがいくつも並び、その前にはいくつかの窓口が存在し数枠はすでに対応中なのだろう、職員と冒険者がしきりに会話していた。


「この建物に入ってるのは協議会と事務局だけじゃないから商社がすごいってわけじゃないけど、結構な面積を占めてるから商社自体の重要度が高いのは事実ね。ほら、受付はあそこだからさっさといってくる!」


 そうラビに発破をかけられ、クロンは書類を持って窓口へと突撃していった。


「あの、ライセンスの発行をお願いしたいのですが」


 クロンが書類を差し出しながらお願いすると、窓口に座っていた少し年を重ねたおじさんが優しく対応してくれる。


「おめでとうございます。所属冒険者になられたのですね。お若いのに大変優秀なようで羨ましい限りです。では、ライセンスを発行いたしますので出来上がるまでこちらのカードを控えてお待ちください」


 窓口の職員がクロンへ受付カードを渡し、奥へと引っ込む。クロンは満足げにクルッと翻る。しかしラビはそこにおらず、見回し探すも見つからない。


 さっきまでそこにいたのになぁ、などと考えると、「やめてよ!」といった声がクロンからほど近くのフロアの外れの方から聞こえてきた。

 

 ガラの悪いふたり組の男がラビへ執拗に絡んでいる。なんだあいつらは、と少しムッとした気分になりながら、クロンはラビの方へと突っ込んでいった。

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