第15話 帰宅

「帰ってきたわね……」


 クロンとラビはギリギリゲート【X】から出る中心街への最終電車に飛び乗ることに成功し、なんとか夜12時を回る前に会社まで戻ることができた。


 ふたりはボロボロであったが、そもそもゲートから出る電車には冒険者のみが乗車できる専用車両が用意されているため、特に騒ぎにもならず戻ることができた。


 問題はここまで遅くなってしまったことである。冒険者は常に命の危険と隣り合わせであり、イレギュラーもよく発生する職業だ。よって帰宅時間を大幅にオーバーしたところで特に周りからなにか言われることはないが、今回はことがことである。心配させているだろうと予想しソロソロと戻っていく。


「よし、外から見た感じ誰もいないわね……。まあこんな時間まで会社がやってたら捕まっちゃうから当然だけど。にしても本当ならさっさと終わらせてクロンの故郷に寄る予定だったのに変なのに捕まって、とんだ災難だったわ」


 ラビが昨日クロンとそんな約束をしたことを今更思い出しつつ、変な人間とヤバい狼に絡まれた事実を再認識するとゲンナリした顔になる。


「あはは。でもなんとか生き残ったんだし、それは良いことでしょ。喜ぼうよ」


「良くないわよ。カテゴリー2を狩るってテストなのに結局手元に残ったのはカテゴリー1のゴブリンから出たちっちゃい石5個だけ。石の大きさとビーストの強さは比例するんだからこんなの一発でカテゴリー2が狩れてないことがバレるわ。それでいいの? クロンは。あんな目に合ったのにテスト自体は失敗。はぁ〜あ、せっかくできた仲間だと思ったのになぁ…… 」


 目的のビーストを狩っていないことを思い出したのは、すでに電車に乗った後だった。そもそもクロンはともかくラビは辛うじて動けてはいるものの全身の傷や打撲、腕に至ってはある程度動くようになったがまだまだ鈍い痛みがあり、骨折はしていなくともヒビくらいは入っているだろう。


 そんな状態だといくらカテゴリー2下位相手でも遅れを取ることは明白だし、そもそもあのゼータとかいう謎の人物の発言が本当ならば、その後いくら探しても見つからないことは火を見るより明らかだったので、引き返さずそのまま会社まで戻ってきてしまったのだ。


「しょうがないよ。悔しいけどいい冒険だった。外界に出たのも初めてだったしね。また別の道を考えるよ」


「そんなこと言わないで! なんとかしてパ、お父さんを説得してみせるわ。今日の出来事を話してもそれで合格ってことにはならないと思うから、別の試験を用意してもらうほうへ仕向けるけど。可能ならね」


 英雄平原に狼型のビーストは存在しない。そしてカテゴリー2までしか出てこない場所で、操られていたといえどカテゴリー4の獅子王狼キングレオウルフがいたというのはそれだけで問題だった。イレギュラーな事態が起きた場合、所属している商社に報告し、それを商社を取りまとめるオリエストラ冒険者協議会へと上げるのは全冒険者の義務となっている。


 外界では—結界が届いていないと言われるオリエストラ上空も含み—よくありえないことが起きる。ここ数年でも天空龍カエルムのオリエストラ上空爆速横切り事件、ドライアド大樹海の徘徊する幽霊少女事件、海上大竜巻雷雲大発光事件など、未だ解決していないことも多い。いまのところ大事件になったイレギュラーはないが、異常が報告された場合商社の垣根を超えて実力者が派遣されることになる。今回は明らかにその対象だったので、しばらく忙しくなってクロンのこともなあなあになるだろうなあ、などとラビは考えていた。


 エントランスから中へ入ると、受付の明かりがついており、誰かが座ってコーヒーを飲みながら本を読んでいるのが目に入る。フロウだ。フロウはエントランスへ目を向けるとほっとしたような表情をしながら、おかえりなさいとふたりへ声をかける。


「しかし、ふたりとも遅かったですね。クロンの方は体の傷が一切ないのはわかりますが……、ラビ嬢はカテゴリー2程度に傷を負い過ぎではないですか? これじゃボスにきつくしごかれますよ、なまり過ぎだって。しかし、無事でなによりです。クロンくんはシャワーだけで良さそうですが……ラビ嬢は医療班が必要ですね。連絡を取って来てもらいます」


「カテゴリー4が出たわ」


 フロウが医療班に連絡を取ろうとしたのだろう、手に持った電話を置き、鋭くなった視線をラビへ向ける。


「続けてください」


「狼型で名前は獅子王狼キングレオウルフ。英雄に討伐された種の進化前ね。どこからきたのかはわからないけど謎の人物、名前はゼータって名乗ってたけど本名はわからないわ、その人物がテイムした個体を連れていた。場所はゲート【X】から出て北西、カテゴリー2が出現するエリアに入ってすぐ。謎の人物が消えた後その個体と戦闘になって、クロンと私でテイムに使われたであろうくさびを破壊して、そこで私たちは気を失った。気づいたころには獅子王狼キングレオウルフはいなかったわ。正気に戻って私たちを見逃したんだと思うけど……。ゼータがどこかから連れてきた個体ならよかったんだけど、英雄平原で捕まえてすぐだって言ってたから英雄平原に狼型のカテゴリー4が出現したのは事実。これで十分?」


「十分です。すぐに協議会へ連絡を取ります。ということはふたりはカテゴリー4と戦ったんですか……!? よく生きて帰ってきました。しかしその話ぶりだとカテゴリー2とは戦闘できなかったみたいですね」


「ええ、カテゴリー1のゴブリン5体のみ。あの狼型の影響か会ったのはその5体と今クロンの頭の上でゆらゆら揺れてるスライムのみよ」


 そうラビは答えると、フロウはスライムの方へ向き目を細める。


「スライム、ですか? 珍しいですね。しかもグミタイプとはさらに珍しい……。拾ったんですか? 英雄平原で。変なこともあるもんですね。リンクを繋げているのもまた面白い」


「運が良かったわ。クロンが気絶から起きたあと左腕にまとわりついていたの。意思疎通がとれたからそのまま連れ帰ってきたってわけ。リンク繋いだのはクロンだから、クロンのペットね」


 そう話すと、頭の上のスライム、メーネはプルプルと震え存在をアピールする。


「意思疎通ができるスライム……? そんなバカな。リンクを繋げることがあるとは聞いてますがまさか意思疎通が取れるスライムが存在するとは。今日の英雄平原で賭け事をすれば大当たり間違いなしでしたね」


 フロウはそんな軽口を叩き、今すぐエリックの執務室へ行き今日のことを報告してくるよう促す。その後止めていた手を動かし電話をし始めたので、クロンとラビはその場を後にした。


 ◆◆◆


 エリックは執務室の中をうろうろしていた。冒険者がたとえイレギュラーなことが常の職業だとしても、人の親であることには変わりない。自分の娘がなにか危ないことに巻き込まれていないかどうか、いつ帰ってくるのかと心配していた。


 そんな時、執務室のドアがノックされる。扉の向こうにいるのはフロウか、まだ会社に残っている阿呆の誰かだろうとあたりをつけ、エリックは今の自分の姿を部下に見せるまいとゆっくりと椅子へと座りなおすと仕事をしているふりをしながらドアの前の人間へ入室を促す。


 ゆっくりと開いたドアからラビが見えた時、エリックは喜びを抑えきれず少し腰をあげるも、もう娘もそんな歳じゃないなとか、そういえばクロンも一緒だったななどと考え思いとどまる。そのまま威厳のある姿勢と声で、帰還を労うのみに留めることとした。


「ふたりともよく帰ってきたな。しかし、ラビは……少し腕が鈍りすぎだ。医療班を……」


 そうエリックが言いかけた時、ラビはフロウがすでに呼んだ旨を説明する。そのままカテゴリー4と遭遇したことなどを、フロウに説明したように1から説明する。すべて聴き終えたエリックは唸り、頭を抱える。


「うぅ〜む……英雄平原にカテゴリー4か……あそこはそもそも人が少ないから異常が起きても誰も気づかない場合が多い。そんな中異常に気づけたことはよくやったと言いたい。フロウがすでに連絡をしてくれているとのことなので俺がやることは特にない。ただ、カテゴリー2を倒せなかったことは少し……問題だ。ラビが監督官であったことがここで裏目に出るとは……」


 ふたりへそう返すとエリックは深いため息をつき、話を続ける。


「新しく転がり込んできた子供を入れるため、カテゴリー2を倒すことを試験にしたことはすでに所属冒険者や裏方の知るところだ。倒してないことを不問にしそのまま合格を出すこと自体は入社プロセスとしては特に問題にはならないが、俺が娘を贔屓して実力のない人間を入れたと思われれば社員の士気や、外聞に関わる。せめて、カテゴリー2の賢者の石さえ持って帰ってきてくれれば……。獅子王狼キングレオウルフに遭遇して退けたと言ってもどれだけの人間が信じるやら。一個も落ちてなかったのか、石」


「カテゴリー2の出るエリアに入った途端に化け物に出くわしたのよ。持って帰ってこれるわけないじゃない。たとえ帰り道で落ちてたとしても、カテゴリー1よ。不可能ね。再試験とかできないの? さすがに特殊な状況で退けただけとはいえ、カテゴリー4と正面から戦って生き残っただけで最低限のラインはパスしてるはず」


「再試験、再試験かぁ……ぬおお、カテゴリー4の件で英雄平原がしばらく立ち入り禁止になることを考えると、再試験は……ぐおお」


 エリックは、ジレンマに悩まされる。クロンを会社に入れたい気持ちと、今まで会社に対し尽くしてくれてきた社員に対しての義。あちらを立てればこちらが立たず。どうするべきかとエリックが思案していた時、クロンが諦めたように口を挟む。


「しょうがないですよ。テストはテストです。今回は運がなかった、それだけです。夢は見せてもらえましたし、自分に足りないものも見つかりました。会社に所属するのが無理ならば、なんとかフリーの冒険者になってみせます。ハードルは高いですし、まだまだ田舎にこもってやらなきゃいけないことが多いですが、なんとかなる気がします。今日のあれで自信もつきましたし。本当にありがとうございました」


 そうクロンがふたりへ伝えると、エリックは悲しそうな、悔しそうなどちらともとれる表情をし、ラビに至っては目尻に涙をためて「クロン……」と声に出す始末。クロンももらい泣きしそうになっていると、頭の上で静かに今の話を聞いていたメーネが、ポンッ、となにかを吐き出した。吐き出したものはポンポンと2回ほど跳ねたあと、ゆっくりと床の上をコロコロ転がる。


「うお、なにか出てきたぞ」


 エリックは立ち上がり、彼の方へと転がっていったものをむんずと拾い上げ、それを見て驚愕した。


「け、賢者の石!?」


「……嘘!?」


 ラビが一拍遅れて驚き、クロンは状況を飲み込めていない。頭の上のメーネだけが嬉しそうにぷるぷると震えている。


「しかもこの大きさはカテゴリー2だ。これなら証拠になる」


 そう呟くと、エリックはクロンの方へ向き直り続ける。


「クロン!」


「は、はい!」


「なぜこれを持っていたのかはわからないが、明日からもよろしく頼むぞ! 精進して上を目指し、外界での新しい発見を期待している! 契約書はあとで渡すから、その後ライセンス登録してこい。それと、2階の一番奥の部屋はそのまま使ってくれて構わない」


「……はい!」


 クロンはゆっくり話と溜まった唾を飲み込むと、嬉しそうにエリックへと返事をした。エリックはそれを満足そうに聞き軽く頷く。その後、ラビの方へ目線を向け話を続けた。


「ラビ! 引き続きしばらくの間クロンの世話をしてやれ。今からクロンは正式にお前の後輩だからな。その後は受付に戻るでもなんでも好きにしていい。ただ、今回は無理を言ったが外界へ出てくれて俺は嬉しかった。今はそれで十分だ」


 そうエリックが言い、そのまま今日も無事に終わったと安心すると、ドカリと大きめの椅子へ崩れるように座り直す。そんなエリックへラビは追い討ちをかけてゆく。


「あら、私受付には戻らないわよ。クロンとパーティを組んでまた外に出るわ。そういうことだからお父さん、新しい受付探してね。いつまでもフロウ座らせてたら悪い噂が立つわよ。副社長に受付させてる悪徳社長だってね」


 ラビが軽口を叩くと、エリックは突然うさぎのように跳ね起きラビの肩を掴み喉を震わせ喜びを口にする。


「本当か!?」


 エリックはそのまま半泣きになりながら喜び、ラビを抱きしめた。ラビは恥ずかし半分息苦しさ半分でそこから逃れようとしたが、エリックはしばらく離さなかった。もはやメーネから賢者の石が排出された事は3人の頭の隅に追いやられていた。


 その夜、エリックの寝つきが普段よりも格段に良かったのは気のせいではないだろう。


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