第14話 兆し

「して、それが今回の報告かな? アルファくん」


「ああ、そうだ。これじゃ不満か? クソジジイ」


 アルファはどこかの執務室だろうか、机を挟んで向かい側、肘をつき手まで組んでいる偉そうな初老の男性へ向け、立ったまま今回の遠征の報告を行っていた。


「はぁ〜。君はこの世界になくてはならない存在だ。君ほどに強く、芯のある人間を私は見たことがない。しかしだね、その言葉遣いはもう少しどうにかならないかね? 組織に金を出しているのは国だ。そして国に金を出しているのは国民なんだ。そんなことじゃいずれ国民の不満が噴出してまたしても組織解体などとならないとも限らない。ただでさえ20年前の事故で肩身が狭いんだ。頼むから外に出る時くらい礼儀正しくしてくれ」


 そう初老の男性が話すと、アルファはクックと含み笑いをし、言葉を紡ぐ。


「毎度毎度聞き飽きてるぜ。だいたい外ではちゃんとしてるさ。そこの分別はしっかりしてる。俺にはただ、組織の上層部の人間に対する誠意や尊敬が一切ないだけだ。20年かけて組織を再構築した手腕は流石だが、汚いこともだいぶやったと聞いてるぜ」


「大きな組織は、そうしないと動かないんだ。綺麗事だけで先へ進めるほど世界は甘くない。それよりも、ゼータが人間を発見したというのは事実だな?」


 初老の男は神妙な面持ちで本題へ入る。人間がいたという報告はすでに彼だけではなく上層部で共有されており、その全員が詳細な報告を聞きたがっていた。それほどにこの組織にとって、遠征先に人間がいたという事実が重要事項であると言えた。


「ああ、俺やジェイドが向かった場所はかなり広範囲に渡って探したんだが、ひとりも見つからなかった。そもそも人間がいる形跡がまったくなかった。あったのは大昔の朽ち果てた建築物とか、そんなとこだ。どこもビーストに荒らされてて無事なもんはなにもなかったけどな。だから最初は通説通り人類が絶滅したのかと考えてたんだが……」


「ゼータを飛ばした座標には人間がいた」


「ああ。どこで生き残ってるのかはわからねえが、どこかで生き残ってるのはたしかだ」


 アルファは言外に俺にはわかりませんよと伝えたつもりだったが、男は食い下がる。


「それはどこかわからないのか? そもそも20年前の生き残りという可能性は?」


「それを調べるのがあんたらの仕事だろう。俺は研究者じゃない。だいたい研究局があの事故の転送先を割り出せないことに問題があるんじゃないか? 座標しかわからないなんてあいつらの目は節穴か?」


「そう言うんじゃない。偶発的な事故から座標だけでも割り出したことを褒めてやってくれ。そもそもその座標の割り出しが成功したのもつい最近だ。今はその転送先を目下調査中だ」


「それならいいんだけどよ。俺が言いたいのはその調査結果を待って人を遣ればよかったのにってことだ。死ぬかもしれない場所に急ぎでゼータを送り込む必要はあったのか? 死んでたら20年前の再来、とんだお笑い草だ」


 アルファはポロリと、仲間を使い捨てにされかけた文句を男へ伝えるも、男は自分にはどうすることもできないと言いたげに、再度口を開く。


「さらに上のオーダーだ。さっさと原因を究明して調査結果を公表しろとのことだ。結果として調査が進んだのだからいいじゃないか。それにアルファ、そしてジェイドが賢者の石を十分に供給してくれたおかげで、次の遠征計画の凍結が解けた。ゼータの座標先に人間がいるのならば、次の遠征で向かう先ももう決まっているようなものだ」


「オイオイ、まさか」


「次の調査任務を言い渡す。アルファ以下26名のうち、4名を選出し例の座標へ転送し人類の痕跡を調査せよ。我々の脅威になるようなら排除も視野にいれていい。転送人員の選定はお前に任せるが、必ず4人になるよう選べ。アルファ、お前ともうひとりだけとかはなしだ。それなりに活動でき、成果を上げられる人間を4人だ。今回の任務は外部公開するのと、アップデートされた装置システムのデモンストレーションを兼ねてる。転送容量コスト的にお前含め上位陣は待機になるだろうが、話を聞く限りでは問題ないだろう。いいな?」


「……御意」


 アルファは次の任務までが早すぎると思いつつ、それでも上に従っている自分に嫌気がさしながらも、目の前の男のオーダーを受け取り執務室を後にした。


 ◆◆◆


「…...以上が、上からのオーダーだ。というわけで、次の遠征の人員を決める。とりあえず挙手制だ! 転送容量コストの都合上、ジェイドよりも下位の人間から選出する。それとゼータ、お前は案内人ガイドとして強制参加だ、いいな!」


「やった。こんなに早くチャンスが回ってくるなんて! 待ってろよ〜あいつら〜!」


 できれば遠征がなければないほどいいんだが、とアルファはゼータのやる気を受け取りながら思う。


「ハイハーイ、質問でーす! その任務って、外部公開するって本当ですかー? 私たち、銀幕デビュー?」


「大げさな。せいぜい全国ニュースでちっちゃく取り上げられるくらいだ。組織はあの事故のせいでいまだに針のむしろ、存続できてるのが不思議なくらいなんだぞ。外部露出することで叩かれる可能性だってある。目立ちたいだけならやめておけ、リィズ」


 リィズと呼ばれた少女はぴょんぴょん跳ねながら自分の存在を主張し、その度に跳ねる長めのツインテールが揺れる。よく手入れされているのだろう、さらさらな髪は跳ねても形が変わらず本人の美意識の高さが出ている。実際顔もかわいくスタイルもいいので広告塔としてはうってつけだが、目立ちすぎるのも問題だと考えるアルファはリィズの参加を遠回しに渋る。


「えーでも目立てるなら行きたいかも! 参加! 参加します!」


「……まあいいだろう、他に手もあがらんうちにあげたのなら参加するといい。他はどうだ、誰かいないか! 少ないが遠征手当も多めに出るぞ!」


 やはり組織の活動が少しでも表に出るということになにかしらの不安感を感じているメンバーは多い。今回のような機会でなければまだ手はあがっただろうが、目立ちたがりのリィズ以外には重いかと、遠征手当が多めに出ることを伝えると、ひとりの初老の男性から手があがる。


「それを先に言わぬか。最近妻にお小遣いを減額されてのう。酒を買うために金が必要なんじゃ。参加させてもらおうかの」


 執務室でふんぞり帰っていた男がビジネスマンのようにヒゲをしっかり剃り髪をボマードで固めているとしたら、今手を挙げた人間は口髭を生やし、髪は後ろにまとめているものの少し胡散臭い出で立ちだ。しかしその眼光は長年の経験を経て鋭く、強く輝いている。


「ふむ、シャオ爺が参加するのならば、うまくチームをまとめてもらえるかもしれん。それに20年前を知ってる数少ない人間でもある、適任だろう。あとは……そうだな。ジェイド! メンバーによっては不可能だったが、今の3人ならばお前含めてもギリギリ転送できる。一緒に行ってこい!」


 シャオ爺と呼ばれた男をアルファは信頼していた。本人の戦闘能力自体はメンバーの中では平均程度ではあったものの、人生経験からくるものだろうか、絡め手が異常にうまく実際に本気で戦闘をした場合彼に勝てるものはそう多くない。


 さらにメンバーからの信頼も厚い。その信頼のされ方は異常なほどだが、26人の中で最年長であり、そのおかげで頼られることが多いからこそだろう。アルファはそう考えながら、最後のひとりにジェイドを指名した。彼はすでに一度転送を経験しているためそつなく任務をこなすだろうという考えからくるものだった。


「はいはい、そう来ると思いましたよ。わかりました。組織のために粉骨砕身、働いてくるとしましょう」


 ジェイドはそれを予想していたのか、少し諦めたように首肯する。アルファは次の遠征メンバーが決まったことで満足そうだ。そのまま解散の運びとなる。


「よし、メンバーは決まったな! 詳細は追って連絡する! それじゃ、解散!」


「「「おつかれさまー」」」


 集まったメンバーは、そのままの足で訓練や、別で与えられていた任務へと戻っていった。


 ◆◆◆


『本当にそんな手紙残すの? 思ってもないくせに』


『残すさ。俺たちに力がなかったことで、生き残った人々に苦痛を強いるのは事実だ。その事実はなくならない』


『だったらそんな手紙残さなくてもいいじゃない。どうせここまでたどり着ける人間なんていないわ。でしょ?』


『そーそー! みんなが守ってくれるから! だから、余計なこと考えなくていいよ』


『俺たちは人の可能性までは奪えない。人類はいつでも好奇心だけで先に進んできた。その好奇心を満たすためにいつか、本当に遠い遠い未来に、ここまで辿り着く人間が出てくる。それがヒトという種族の本質だ。だから、俺はその可能性を信じる。俺たちは自分たちの可能性を信じきれなかった。御誂え向きだろう』


『そうね。私たちの選択が間違っていなかったか、それを証明してくれる人が現れるって信じてるんでしょ?』


『信じるものは、救われるってね!』


『そうだな。可能ならば、俺たちの意思・・を継いで欲しいが』


『そうだね……』


『未来は誰にもわからない。でも、「可能性」はいつまでも続いていくんだ』

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