第2話 冒険者になりたい
◆◆◆
クロンは外界にある英雄平原近くの街で生まれた。だだっぴろい英雄平原のそのまた向こうから流れてくる川から水を引き農耕をする地域で、オリエストラの中ではまとめて外区と呼ばれている中の一部だ。
都市の中心に数十ある区画には通しで番号が割り振られているが、一方でその中心街を取り囲むように広がる地域はすべてまとめて外区だ。外界へ近い部分は、ないとはわかっていても
結果空いた土地を農業や酪農に使い、オリエストラ全域へと食料を供給することが主要産業となっている。そういった役割を受けた地区で育ったクロンは、外界への忌避感は特に存在せず、逆に外へ思いを馳せる子供となっていた。
「ねー、パパ。どうしてパパは強いのに牛さんを育ててるの?」
クロンが10歳、父親がまだ一緒にいた頃、彼に聞いたことがある。かつて動物、
「それは、もう危険な冒険はしないとママと約束したからなんだ。クロン、男がした約束は、死んでも守らなければならない。それが『覚悟』ってもので、パパが大事にしてることのひとつなんだ」
クロンの父親は元冒険者だった。どこの会社に所属してたとか、どこでどんなことをしてたとかは詳しく聞いたことがない。父親自身も、昔のことは話したがらなかった。母親のことを思い出すからだろう、そうクロンは考えていたがこれはおそらく正しかった。
クロンは母親のことを知らない。もともと体が弱かったらしく、クロンの出産に耐えきれなかったらしい。そこまでして産んでくれた母親をクロンは痛く尊敬していた。
そんな環境で、クロンは育っていた。小さな街ながらも、クロンは父親から自分の身を守る術を学び、一緒に育ってきた幼馴染と過ごし、街の道場で格闘術を学びながら自身の技を研ぎ澄ませていった。
自分の祝福がなんなのかわかった時、その場に居合わせた父親はクロンに自分の能力をうまく扱えるようになるまで人に他言するなと言い、クロンはそれを約束した。その時にはすでにクロンは9歳となっていた。
父親との約束をクロンは守り続けた。12歳のころ、その尊敬していた父親が失踪するまでは。それまでにクロンは自身の能力を扱えるようになっており、父親と、街の道場で教わった武道により自分の身は自分で守れるようになっていた。
父親は幼馴染の親になんらかのお願いをしていたのか、父親が失踪したあと彼らは甲斐甲斐しくクロンの世話を焼いてくれた。幼馴染自身にもどれほど世話になったかわからない。この人たちの支えがあったからこそ、それから4年間無事に生きることができた。その恩義に報いるために、冒険者になるために黙って故郷の街から出てきたのだ。そんなことを淡い夢のように見ながら、ゆっくりとクロンの意識は覚醒してゆく。
◆◆◆
「おぅーい、ラビ! いるか?」
「ちょっと! 受付やってんだからいるに決まってるでしょ! だいたいいつも出かけるなら受付で報告してからにしてって言ってるでしょ、お父さん!」
エリックの会社だろう、3階建の小さめのビルに入ると、受付に座っている少女が勢いよく立ち上がりエリックを叱責する。冒険者なのだろうか、体は鍛え上げられていつつも、しかし少女としての可憐さも両立し華を失っていない。彼女は胸のあたりまである明るい橙色の髪を揺らし、ゆっくりと赤橙色の瞳を閉じ、眉間へ皺を寄せながら受付へとドサッと座り直す。似てなさすぎる、本当に娘なのか。オフィスの前へついた時に気を戻したが、自己防衛の観点から気絶しているフリをしているクロンは当然ながら疑う。
「おっと、すまんすまん。ちょっとフラフラッと散歩してたら面白いモン拾ってな。急いで戻ってきちまった」
エリックはクロンに目線を落とすと、それを見た受付の少女が呆れる。
「ちょっと、また普通の人が耐えられないような動きして帰ってきてないでしょうね?」
「あー、いや、そのだな……」
「お父さん!!」
「いやまて、こいつなら大丈夫だ! 首の骨折れても死なねえ!」
「そういう問題じゃない! 素人にそんな動き経験させることが問題なの! ...…首の骨?」
「ああ、びっくりすんなよ。こいつ『呪い持ち』だ。みたところお前と同じくらいの歳だからありえないとも思ったが、いかんせん面白すぎるんで連れてきちまった」
「ハァ〜……相手が『呪い持ち』でも、お父さんが凄腕の冒険者だったとしても拉致は犯罪よ。実の親だろうと警察に電話するわ」
「ちょちょちょ待ってくれ! 大丈夫だって同意の上だからよ!」
「本当でしょうね?」
受付の娘、ラビが父親に疑いの目を向けていると、受付奥の扉から一人の男を中心に、所属冒険者であろうか、数人がドミノ倒しのように溢れ出る。そして、その中では一番偉いのであろう、真ん中のすらっとしたメガネで銀髪の美丈夫がふたりに申し訳なさそうに問いかけた。
「あの〜ボス、親子の仲睦まじい会話はそれくらいにして、あっしらにも紹介してくれませんかね? うちのメンツはほぼ全員呪いに偏見はありませんが、それでもボスが呪い持ちだからってだけで連れてくるとは思えない。なにか、感じたんでしょ?」
「……ああ、詳しくは聞いてないんだがどうやらこいつは別の会社の面接帰りだったみたいでな、まあ、有名どころは当然として、今はどこの社も呪いに偏見持ってやがるからよっぽどこき下ろされたんだろう。それで絶望して下向いて歩いてるとこでぶつかったわけだが…...ぶっつかったとき俺がちょっとだけよろけちまった」
「ボスを少しよろけさせた? それはなにかの冗談ですか?」
「いや、事実だ。こいつ、見た目に反して異常なほど体が重い。俺くらいはあるかもしれねえ」
「ははは、まさか! ...…ああ、なるほどそういうことですか」
「ああ、能力からか細胞の密度が異常に高いんだろう。その上で呪い持ちが死ぬまでに例外なく辿る、肉体超過になってない。明らかになにかある」
「つまりボスは、そのなにかにビビっときたわけですか」
「おうよ」
「あのー、私にもわかるように説明してもらえない?フロウ」
ラビも必死に理解しようとしたが、頭が追いつかずつい口を挟む。フロウ・ミタールは子供にも理解できるようかいつまんで説明し直す。
「つまり、もしかしたらボスのようにめちゃくちゃ強くなるかもしれないってことですよ。私たちの目的の近道になるかもしれないくらいに」
「おう、そういうことだ。それはそうとして、こいつの服洗濯して手を綺麗にしてやってくれ」
「……ちょっと、普通それ年頃の娘に頼む?」
「あ、大丈夫です。起きてます、起きてますから……」
明らかに同年代の女の子に世話されることになるのは、経験上どうにも居心地が悪いので、クロンは起きていると白状することにした。
「お、そうか、起きてたか。すまねえな」
エリックはそれまで抱えていたクロンをどさりと床へ降ろした。クロンは一度周りゆっくりと見回し、自身のおかれている状況をしっかりと咀嚼する。
その後数拍置いた後、目を輝かせながら、少し興奮したようにエリックにあることを尋ねた。
「ここが、総合冒険商社って本当ですか」
「ああ、そうだ」
エリックが答える。他のこの場にいる人間は珍しそうな目でクロンを見ているだけだ。
「僕が、強くなれるって本当ですか」
「ああ、今以上に努力すればな」
「外に出て、世界を知ることができますか!」
エリックや、周りに集まってきていた社員がニヤリと笑う。
「ああ、他の商社とうちは違うからな。金が目的の奴らとはレベルが違う」
エリックが悪い笑みを浮かべ言う。クロンはそれを待っていたかのように言葉を紡ぎ出す。
「なら、僕をこの会社にいれてもらえませんか!? 僕は、外の世界に出たいんです! オリエストラにいてもわからないことが、謎が増えるばかりで、もう外へ出ないとこれ以上なにも知ることができない。それに、僕は外界でやらなきゃいけないことがあるんです!!」
クロンは精一杯の声量で、自分の冒険者になる目的を叫ぶ。勝算はあった。話を聞く限り、ここの方針はクロンの目的と合致していた。規模は関係ない。小さくてもいい。それに、呪い持ちの自分に「面白い」と言ってくれた。入りたいと思うのは、それで十分だった。
「あー、それは......ちょっと難しいかもな」
クロンの一世一代の大勝負は、背を駆け抜ける衝撃に尾を引かれながら儚く散っていった。
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