自己再生なんて、ぜんぜんギフトじゃない!

氷見野仁

第1章『交わる世界』

第1話 総合冒険商社

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できることなら、奪いたくはなかった。


できることなら、救いたかった。


できることなら……。


身勝手な私たちを赦して欲しい。


こうするしかない力無い私たちを、どうか……。


そして、できることならばこのまま平穏な未来を——。


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「うわぁ〜、今更だけど緊張してきた……」


 この都市、オリエストラは広い。地上や、蜃気楼を思わせる中空を浮遊する島、地上からは観測することが叶わない古代の都市が地下に眠る。生涯かけても、この都市を隅から隅まで探索することは叶わない、そう思わせるほどに広大で、しかし転じて世界そのものは狭く、窮屈だ。


 クロン・シズノは都市の中心地区にある、大きな12階建のビルを神妙な面持ちで見上げていた。


 黒に近い茶色の、耳が隠れる程度に長いミディアムヘアを風で揺らしながら、周りの大人に比べると一回り小さい体躯で人混みをかき分けビルの中へと進んでゆく。


 この区画には、総合冒険商社、略して商社と呼ばれる業種のオフィスが軒を連ねる。主に都市の外にいるビーストを倒し、そこから入手できる石を政府や民間に供給している。この石から抽出された資源リソースは、クリーンで高効率なエネルギー源になるのだ。昔からあった様々なエネルギー生成法は、全部この石に取って代わられた。


 クロンの見上げるこのビルは、1棟まるごと有名な、それこそ彼が憧れるほどの一流の冒険社が借り上げており、それほどにその業界がこの都市になくてはならないものだということの証左となっていた。


 クロンはつい先日16歳の誕生日を迎えた。ようやくひとりで働けるようになり、長年の夢を叶えるため、ずっと憧れていた冒険者になるため、入社面接をしてもらえないかと手元の端末を通じて即座にエントリーしたのだ。


 答えはイエス。駄目元で申し込んだ中で、家に面接案内が届いた時ひっくり返ったのは記憶に新しい。そして、面接を受けるために遠路はるばると自身の住む外区からこのビルまでやってきたのである。


「えっと、確か最上階の12階だったよね……」


 穴が開くほど読み込んだのであろう、手元のヨレヨレの案内書を見て場所を確認すると、その案内に従って受付で入館証をもらいエレベーターに乗り目的の階へと向かう。約束の時間より少し早く着いたようだが、面接官はすでに室内で待っているらしい。


「うへへ……僕ってけっこう期待されてる?」


 そんな独り言を呟きつつも、そのまま緊張感と期待感の入り混じった感情を押し殺し、ノックをしてゆっくりと入室する。


「英雄平原近くの外区からきました! クロン・シズノです! 好きなことは本を読むこと! 苦手なことは痛いことです! よろしくお願いします!」


 そうして深々とお辞儀をしたが、面接官からの反応はない。なにか間違ったか? まさか面接会場を間違えた? さまざまな思考のシャボンが浮かんでは消えてゆき、遂に耐えられなくなったクロンは顔をあげた。


「……ククク、ククッ、これが、例の『彼』か?」


「はい、そのはずです。例の『呪い持ち』の」


「クク、ブワァーッハッハ! こりゃ傑作だ! 本当にこの歳まで生きてる『呪い持ち』がいるとは! これはいい話のネタになるな!」


「えっ…?」


 クロンは長机を挟んだ向かい側に座っているふたりが、なにを言っているのか理解できなかった。いや、理解はしていた。理解をしたくないと脳が拒否したのだ。


 クロンは自身の祝福ギフトが『呪い』と呼ばれていることは知っていた。しかし、その悪評を払拭できるほどに努力をしてきたと自負していたし、面接を申し込んだ時にきちんと戦えることは申告してあった。


 中心街へ出てくるのは初めてな上、自分の祝福ギフトを明かすのも地元の幼馴染家族以外には初だったけれど、ここまで『呪い持ち』に対する偏見が強いのかと、彼は内心辟易すると同時に気分が少し落ち込む。


「えっと……その、自分の力が『呪い』と呼ばれているのは知ってます。でも書類に書いた通り、一生懸命努力して使える力にしたつもりです! だから笑わないでください!」


「なんだお前、俺に指図するのか? 呪い持ちの分際で。面白くねぇな」


「ウッ、すみません……」


(なんて威圧感なんだ。これが世界最高峰の商社の所属冒険者……冒険者?)


 クロンは自分が面接官ふたりの顔をしっかり確認していなかったことに気づいた。


 しっかりと顔を見る。そんな、とクロンは思う。目の前のふたりは明らかに自分が憧れていた、個人ランク2位のエーデル・フォン・シュバルツと、個人ランク7位のリュゼ・モリエールだったのだ。クロンは驚愕し絶念する。呪い持ちだからとて、まさか一流の冒険者が面と向かって自分のことを差別するとは微塵も考えていなかったからだ。


「いやー、いいもの見た。ありがとさん。帰っていいよ、お前」


「え、いや、ちょっと待ってください! 今日は面接をしていただけるっていうからここまで来たんです! こんなの、見世物じゃないですか!!」


「そうだよ。呪い持ちがなに期待してるんだ? いくら努力したって本来7歳までには死ぬような貧弱な奴らだ。お前が16まで生きたからってこのまま生き続けるとは限らねえし、そもそもウチみたいな一流がお前みたいな平凡にもなれない呪い持ちのゴミ、雇うわけねえだろ。さっさと帰んな。呪いがウチの社員にうつるだろうが!」


「だいたい、本当に面接すると思ってたんですか? 『呪い持ち』だから、本当か確認するためにエーデルさんが個人的に呼んだだけですよ。ははは、お帰りください」


 そこから先は、覚えていなかった。散々罵倒され、そのまま外につまみ出され、それで、それだけだ。気がついたら、ビルの外でぼーっと立っていた。平日の昼下がり、まだまだ人は多い。その誰しもが興味ありげに、あるいは奇妙なものを見るようにクロンへと視線を向けては、興味をなくすとすぐに視線を外す。


『呪い持ちはどこの商社にも入れねえんだよ!』


 彼らから放たれた言葉ひとつひとつが直接胸に突き刺さり、その言葉は銛についた返しのせいで抜けない。それらは実際の呪いのようにクロンの心を蝕む。


 とぼとぼと、亀よりも遅いペースで帰りの道を進む。これからどうしよう、他の商社でも同じ結果になるのは目に見えている。一流の人間に「『呪い持ち』は冒険者になれない」と面と向かって言われたのだ。きっと、本当になれないのだろう。どこの商社も呪い持ちだとわかれば確実に採用をしてくれない。


 では、自身の祝福ギフトを詐称するか? いや、そうしても結局他の能力がなければ意味がない、バレバレだ。冒険者になれないならなにをすればいいんだ。今までずっと冒険者になるために努力をしてきた。その努力を踏みにじられたクロンは、気づけば今までいくら悲しくても出なかった涙が目尻から溢れかけている。その時、ずっと下を向いていたからだろうか、気づけば、ドンッと他の歩行者とぶつかりよろけ、尻餅をつくように転倒した。


「あっ、すみませっ、痛っ!」


 手をついた先に運悪くガラスの破片があり、手のひらを横一文字に深く切ってしまう。誰だこんなところに割れたガラスを放置したのは。ちょっとした怒りが湧くも、それ以上の無力感がそれを覆い隠す。少し呆然としていると、正面から声をかけられていたことに気づいた。


「おい兄ちゃん、男ならしっかり前見て歩きな! 人様に迷惑かけんじゃねえ。ほら、手貸してやる」


「ありがとうございます。でも大丈夫です。手を切ってしまって、その、汚れてしまいますから。自分で起き上がれます」


「そうか、すまなかったな。でも手はいるだろ。手首掴めば大丈夫だ、ほら!」


「ちょ、ちょ、大丈夫ですから!」


 クロンはそう言うが、目の前の髭面の大男は気にせずクロンの手首を掴み、ぞんざいに引き上げた。


「あっ、ちょ!」


 シュウウウウ……と、奇妙な音が響く。その音はクロンの深く切った手のひらから聞こえていた。バレた、呪い持ちだと。また罵倒される。居場所なんてないって罵られる。そう考えたクロンは、無意識に身構えてしまう。目の前の筋骨隆々の大男はクロンの手のひらをじっと見つめている。そして口を開くも、最初に出た言葉はクロンの予想していたものとは違っていた。


「お前、名前は?」


「ク、クロン・シズノです」


 ビクビクしながら答える。すると大男はどういうわけか口が裂けるかと思うほど大きく笑ったあと、こう言った。


「お前、『呪い持ち』か。おもしれえな!」


 ......面白い? 僕が? ああ、珍獣的な意味なのか。そんな自嘲的な考えが首をもたげるが、大男の返答はその思考を吹き飛ばすほどの衝撃をクロンへと与える。


「お前、面白いからうちの会社に遊びに来い。この区画にそんなに落ち込んだ状態でいるってことは、どうせどこかの冒険者に、バカ正直に呪い持ちだって伝えて嘲笑されたんだろう」


「......なんでわかるんですか? それに会社って......? そんな、申し訳ないですよ」


「わかるさ、俺も冒険者だからな。しかし、外の世界から『新しい発見』を持ち帰るのが本来の俺たちの仕事なのに、他の会社の奴らは凝り固まった偏見に満ちていていけ好かん」


 うちの会社というところに引っかかったが、それでもぶつかってしまったのはクロンの不注意であるし、もう迷惑をかけるわけにはいかないとやんわりと断りを入れるが、大男は食い下がる。


「どっちにしろ手の傷は治っても血で汚れた服や手までは戻らん。ここからそう遠くないし、服も手もうちで洗ってけ。冒険者になりたいんだろ? 面白いもんが見られるかもしんねえぞ」


 彼は強引にクロンを引き上げると、そのまま話を続ける。


「おっと、名前を聞いといて俺の名前がまだだったな。俺はエリック。エリック・クニークルスだ。所属冒険者ではなく、会社のトップだから起業冒険者ってことになるな」


 まさか。クロンは目の前の男が、所属冒険者を率いる会社のトップだとは信じられなかった。目の前の大男は明らかに冒険者だ。それはわかる。戦闘しか取り柄のなさそうなムキムキの肢体に、無精髭を生やした古傷のある彫りの深い顔は歴戦の勇士を思い起こさせ、背中には無骨な大剣が顔を覗かせる。


 しかし、こんなナリをした人間がトップの商社など明らかにやばい。バカにするわけではないが、部下を率いるというより、前線で戦う、そんなナリだ。そんな偏見に満ちた思考をしながら、クロン自身の生存本能が、今すぐこの場から逃げ去れと体へと必死に命令する。だが、目の前の大男、エリックのありえない迫力に萎縮し、一歩も動くことができない。


「どうせ面接だってさっさと切り上げられて暇してるんだろう! なら付き合え!」


 気づけばエリックはクロンを小脇に抱え、そのままありえない脚力で飛び上がり…… 彼はそこで気を失った。

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