第3話 外界について知りたい

「なにも別にいれてやらないってわけじゃない。うちに入るだけの力、光るものがあるかどうかをテストするってだけだ。ただ俺がいいなと思っただけで入れちまったら、厳しいテストを超えてまでうちに入ってくれた先達に申し訳が立たねえんだ。わかるな?」


 エリックは先ほどの発言により出会った時と同じくらい、いやそれ以上に絶望の表情をしているクロンに対し補足するように説明する。


「は、はい、わかります! 受けます。なんだってしますよ!」


 希望が生まれたからか、沈んだ上半身を勢いよく跳ね上げ返答する。


「おし、その意気だ。そうだな、なにをやってもらうか……。クロン、出身は?」


「英雄平原の近くの外区にある街です」


「あぁ〜あそこか! 英雄の街だな」


「はい、だから街の人は皆冒険者に憧れてるんです」


「そうか、そうなるのも納得だ。そうだな、ならばクロンには英雄平原に出てカテゴリー2のビーストを狩ってきてもらう。カテゴリー2には16歳まで努力して祝福ギフトを成長させてきた人間になら倒せる程度のものもいる。英雄平原にいるやつはせいぜいその程度だ。クロンがその祝福をどう成長させたかはわからないが、できるな?」


 どうやら入社テストは獣を狩ってくることのようだ。しかしそこには一つ問題があることをクロンは認識していた。


「はい! できるかどうかは獣を見たことないのでわかりませんが、なんとかがんばります! でも、自分はライセンスを持ってませんから、外に出れないのですが……」


「その点は大丈夫だ。他にライセンス持ちが同行していれば外に出られる。今回の監督官は……そうだな、ラビ。一緒に行ってこい」


「え!? なんで私がそんなめんどくさいことしなきゃいけないのよ! だいたい受付業務はどうするのよ。私以外誰もいないのよここ」


 外界へはライセンス持ちと一緒になら出ることができるらしいと知り、テストでありながらクロンは内心ワクワクしていた。同時に自分と同い年か少し上くらいであろうラビがすでにライセンスを持っていることに驚きを隠せない。彼女の実力を見てみたいと思いつつも、受付が他にいないのならばおそらく別の冒険者へお鉢が回るだろうと視線を巡らす。


「それならばあっしが代わりましょう。これでも冒険者の中では物腰が柔らかいほうだと自負しています。明日の業務時間中程度なら、そもそもオフですしどうとでもなります。英雄平原までなら戦闘を含めても往復で8時間もかからないですから、明日1日で済みますし。ボス、別の日に休日もらいますよ」


「ああ、いいだろう」


 フロウが受付業務を代わってくれるようだ。エリックはラビへと向き直り彼女を叱咤激励する。


「ラビ。お前は挫折してからずっと受付に座っているが、そろそろその殻を破ったらどうだ。カテゴリー2下位なら昔のお前ならバッタバッタとなぎ倒していただろう。さっさと行ってこい! 父親命令だ!」


「えーーーーーーーーーー!?」


 ◆◆◆


「なんで私がこんなひょろひょろの大してイケメンでもない男と獣狩りに行かなきゃいけないのよ。......まぁブサイクってほどでもないけど? よく見れば可愛い顔してるし? でもなんか頼りないわね」

 

 後半は声が小さくなってゆきよく聞こえなかったが、クロンは前半で罵倒されたので後半も罵倒だろうと仮定し、返答する。


「あのー、普通に傷つきますよ。ラビさん」


「なーんか他人行儀ね。私のことはラビでいいわ。敬語もやめて。苦手なの。だいたい年だって私がちょっと上なだけだし、明日一緒に獣狩りにいくんだから他人行儀だと連携とれないでしょ。私は手出さない予定だけど」


 そう言われては直さないわけにはいかず、クロンは敬語を解く。


「わかった。けど君のお父さんは戦ってほしいみたいだったけど……?」


「イ・ヤ! 私はもう戦わないって決めたの。本当なら明日の監督官だっていやなのよ。さっさと終わらせて受付に戻りたーい。あんた弱かったら承知しないわよ?」


「多分カテゴリー2の弱いほうなら大丈夫だと思うな。あのあたりは生身の人でも格闘術をマスターしているなら祝福使わなくても勝てるレベルじゃないか」


「まあ、そうだけど。なんか釈然としないわね。祝福? 呪い? って言ったって体が再生するだけでしょ? どれくらいのスピードで再生するのかは知らないけど。もし危なくなった時は問答無用で囮にするからね」


「そうだね。危なくなったら全然囮に使ってくれて構わないよ。でも僕だって心臓と頭狙われたら死ぬし、致命傷にならないだけで急所は急所だよ」


「あら、そうなのね。てっきり死なないものかと。他のその祝福持ってる子は7つまでに死んじゃうって聞くし、詳しいことはなにも知らないのよね。もしかしたらぜんぜん別の祝福かもよ? それだったら【自己再生じこさいせい】じゃなくなるんじゃない?」


 【自己再生じこさいせい】、それがクロンの祝福ギフトだ。祝福ギフト、それは人がひとりひとつ持って生まれてくる力で、クロンは【自己再生】を持って生まれた。どんな祝福を持って生まれたかは基本はわからないが、親に似通ったものになるらしい。


 なんでも五大神、この世界を創ったと言われている五柱からの贈り物だという。他にも神からの贈り物はいくつかあるが、大きなものはこの祝福と、都市を獣の侵入から守る謎のフィールドだろう。残念ながら、どちらも仕組みはよくわかっていない。


 兎も角、それであってもクロンの祝福は曲者中の曲者だった。祝福にデメリットは付随しないはずでありながら、この【自己再生】には持っているとわかった段階で親が殺害、もしくは子供が自死を選択するほどのデメリットがあった。それは、自身の細胞が絶え間なく再生、増殖し続けることだ。


 生まれてしばらくは肉体の許容量内での再生が行われるが、その容量を超えると肉体超過と呼ばれる状態に陥る。再生が許容量を超えて続く。最後には心臓が超過した細胞で圧迫されて止まるまで自己増殖・膨張し続け、遅くとも7歳までには死に至る。その膨張時の苦痛たるや想像を絶する。子が【自己再生】を持っているとわかった段階で親が子供を殺してしまうか本人が自殺を選ぶ理由がここにあった。


 しかしながら、クロンには細胞超過の症状が出ていない。他の【自己再生】とはなにか違う部分がある。彼はそれを認識して今日まで生きてきた。もちろん明日からいきなり肉体超過が起きるかもしれない、しかしそうはならないと、ある理由からクロンは確信していた。


「そうかもね。でも多分、【自己再生】ではあるよ。ちょっと変なだけだと思う。細胞超過にならない体なだけなんじゃないかな」


「そ。本人がそう言うならそうなんでしょうね。あ、そろそろ中央図書館だから降りるわよ」


 ふたりは乗ってきた公共交通機関、電車から降りる。賢者の石から抽出したエネルギーを電気と呼ばれるものに変換して使ってるらしいが、詳しい話は知らない。


 ふたりが図書館に来た理由は主にクロンの要求であった。外界に出るのならば知識が必要だが、外界の知識を得られるのはオリエストラの中でこの中央図書館のみ。しかも外界情報を得るためには冒険者ライセンスが必要であった。ラビが会社、アルカヌム・デアというらしい、の受付で叫んだあと、クロンが頼み込んでついてきてもらったのだ。


「そういえば、賢者の石についてはどこまで知ってるの? 冒険者になるなら知ってて当然だとは思うけど」


「ビーストが落とすよくわからない石で、いろいろなエネルギーになるってことくらいかな。商社が外に行かないと手に入らないから大変だよね」


「そうね、愚痴にもなるけど100年前にビーストが石を落としはじめてから都市の生活水準はびっくりするほど向上したらしいわ。それまでは純粋に外界で新しい発見を探していろいろな場所に遠征していた商社がほぼすべて都市の周辺で獣狩りに明け暮れるようになるほどにね」


 ラビはそんな今の総合冒険商社業界の状況を不服そうに語った。アルカヌム・デアは今の商社の主流ではない、「純粋な新発見」を求めて外界へ出ている。


「ウチはそんな中でもちょっと特殊でね。みんなお金稼ぎよりも新しい発見を求めて外界へ出てるの。所属冒険者や社員の給料は稼がないといけないから狩りもするけど、必要な分だけ。会社としてはそんなに大きくないけれど、いい会社ではあると思うわ。身内びいきかもしれないけどね。だから、もしお金稼ぎが目的ならオススメしないわ。今ならまだ辞められるけどどうする?」


「大丈夫! 会社でも宣言したけど、僕は外に出て新しい発見がしたいんだ! 都市に残ってる昔の本を読めば読むほど、都市の矛盾も見えてくる。その答えを知るには外に出るしかないと思ったんだ」


「さっきも言ってたけど、その矛盾? 知りたいこと? ってなんなの? そんなの知らないわよ」


「昔自分で見たものと、事実として本に書いてあることがぜんぜん違うんだ。まだ確証は持てないから、勘違いじゃないってわかったら教えるよ」


「へーそうなの。ま、いいけど。あっ、着いたわよ!」


 そう言いながらふたりは図書館へ入り、ラビが長方形のカード型のものを機械へかざしゲートを通り抜ける。おそらくライセンスだろうか。


「それじゃ、3階の外界情報室へ行きましょ。私はあまり本は読まないほうだから、クロンを案内したら私は1階のカフェにいるわ。1時間くらいあればいい?」


 文句を言いつつもなんだかんだついてきてくれて、帰らずに1時間も下のカフェで待っていてくれるとは。態度はあんなだけど面倒見がいいのかなとクロンは考えつつ、その提案を首肯すると3階の部屋に入室して別れた。


「さてと、英雄平原のカテゴリー2か……。英雄平原の本はっと……」


 そう考えたクロンはしっかり英雄平原について調べる予定だったが、読書好きが災いし新しく出た歴史書に手を出してしまう。貴重な時間を、関係のない本で浪費する。気づけば、30分も経ってしまっていた。


「おわ、読みたい本が多すぎて脱線してしまった。ちゃんと英雄平原の本で情報収拾しないと、時間ないからそんなに多くは読めないなぁ」


 元来本を読むのが好きな性分だ。夢のような空間で目移りしてしまうのはしょうがないと自分に言い訳して、調べ物に精を出すため集中する。クロンの1時間は、どうやらすぐに過ぎてしまいそうだ。

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