第7話 ラビの覚悟
「紹介するね、
そう発するとゼータはその場から消え去ってしまう。なんらかの移動手段であろうが見当がつかない。テイム関係の
「クロン」
ラビは脂汗を浮かべながらクロンへ指示を出す。
「今すぐ、全速力でオリエストラへ走ってパパに報告して。パパはもしかしたらどこかを適当に散歩してるかもしれないから、最低でも受付をしてるはずのフロウは連れてきて」
彼女は囮になる気だ。クロンはそう判断する。だからこそ、クロンはラビの提案を拒否する。
「それなら僕が囮になる! やばい時は僕を囮にするって言ってたし、それに滅多なことじゃ死なない。うってつけだよ」
「それはダメ!」
ラビが間髪入れずにクロンの提案を拒否する。なぜだろう。【自己再生】持ちの自分を残す方が明らかに合理的だ。もちろん不死身ではないが、頭と心臓への攻撃を避ける鍛錬はこれまでも血反吐を吐くほどしてきたし、時間を稼ぐならばうってつけだ。そうクロンは考えていると、ラビが続ける。
「私は、あんたの監督を任されてる。こんなところであんたを見捨てて逃げ帰るなんて、ライセンスを持ってる身として、許されることじゃない。……それに、私はもしかしたら死に場所を探してるのかも。お母様は、生きろって言ってくれたけど。あはは、ずっと逃げて受付やってたのにね」
「......そうか、わかったよ」
後半の部分は、よくわからなかった。しかしクロンは彼女の言葉に覚悟を見た。内心不服ではあった。短い時間ではあったが一緒に過ごし、彼女の人となりをある程度は理解することはできたと、クロンは思っている。彼女は少し勝気で当たりが強いが、それもかわいく思えるようにはなっていた。そんな彼女をひとりこの場に残すことを選択することはまた覚悟が必要だったが、それが一番彼女を生存させる確率が高いと判断し、クロンは踵を返し走り出す。
「必ず連れてくる! それまで生き残」
ゾン!
最後までその言葉が紡がれることはなかった。
「クロン!」
ラビは今自分が見たものを信じられずにいた。
爪から放たれた斬撃は高速で飛び、すでに遠くにいたクロンへさえも届く。その事実に対し苦虫を噛み潰した顔になると、歪んだ顔を
英雄平原は出現するビーストの強さから活動している冒険者がもともと少なく、しかも冒険者になりたてのルーキーや冒険者にはなったものの強くなれずなんとかカテゴリー1や2を倒して生活している『死体拾い』が多い。もしゼータが次に人を見つけた場合、その人たちもまたこの狼の餌にされるだろう。
それを防ぐために時間を稼ぐ。ダメージは与えなくてもいい。時間を稼ぐことだけを考えろ。クロンは背を狩られ吹き飛んだが、【自己再生】があるからいずれ復活する。そのことを
(狙うは右前足! 倒すことは不可能でも、せめて機動力は奪う!)
地を蹴ると同時にラビは
ラビは自分のこの力が嫌いだった。
しかしラビのそれは、父の
合わせたとて強くなれない
(時間稼ぎにしか使えない
ラビは想定通り
どうにも先ほどから
(これならいけるかも! 倒せはしなくても時間は稼げ、ッ!)
ゆっくりとあげた腕を、想定していた速度を超えて振り下ろす
「ック、嘘。ただ腕を振り下ろしただけで、この威力……?」
ラビは揺れる視界を正常へ戻し
『グルルルル……』
(最初右足を斬りつけたことが効いたわね。全然ダメージは与えられてないけど斬れはした。痛みに慣れてない? 近づかれることに警戒している。でも、私の方もヤバイわね……)
膠着状態が続く。ラビは気丈に振る舞い、いつでも二撃目を放てるぞと右手の剣で狼を牽制するも、先ほどの一撃で身体中に無数の小さい傷を作っており、攻撃を逸らした時に変な方向へ力が加わったのだろう、左手首の筋がズキズキと痛みだす。
(まずい。アレが攻めてきたらそう何発も耐えられない。ただすばしっこくて、ただちょっと怪力なだけじゃあの攻撃をいなしきれないっ!)
......残念ながら膠着状態はそう長くは続かない。
『グオオオオオオオオオオオオ!』
(マズっ、ブレス!)
ラビは
戦闘は力比べから、
(この火球の嵐をいつまでも避け続けることはできない! どうにかしないと…‥)
『グオオオオォォォォォオオオオオアアァァァアアア!』
その時だった。一向に自身の火球が当たらないことに業を煮やした
(これは、大きいのがくるわ。ヤバイかも……)
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
唐突に
(覚悟決めるわよ! 今ッ!)
「うああああああああああああああああああっ!」
ラビは出せる全速力で火球へ突っ込むように疾走する。そして火球がラビに着弾し爆発するかと思えたその時、その速度のまま足を前方へ投げ出し、さながらスライディングの要領で体を火球と地面の間へ割り込ませる。火球はラビの上を通り抜け後方へと着弾。そしてラビは火球が爆発した時に発生する強烈な爆風を追い風にしてさらに速度を上げ、そのまま
【
「これが、私の、全力ッ!!」
今まで放った中で最高の斬撃だった。しかし。
ガインッ
「……うそ」
今まで戦ってきた
ラビは今の一撃に自身の力のすべてを乗せたつもりだった。右前足は斬れた。いくらたてがみが厚くても、それを超え血管に傷をつけることはできるはず。そう試算しての一か八かの攻撃だったのだ。最低でも
それがどうだ、傷すらもついていない。斬った時の感触もまるで金属をハンマーで殴った時のように硬い。カテゴリー4にもなるとここまで硬いのか。ラビは失敗を感じ取ると同時に、体制の崩れた自分は格好の的となっていると、この後の自分の運命を悟る。
(あぁ……私もここまでか……)
『グォォアアァアアアアアァァアアアアアアアッ!』
なぜかさっきまでよりも激憤している
(死にたく、ないなぁ……)
ラビは、涙を浮かべながら思う。死は、冒険者になった時点で覚悟したはずだった。冒険者は皆そうだと聞いている。でも死ぬ時はこうなんだと、涙が溜まり視界がぼやける。
そのぼやけた視界の向こうで、
——しかし、裂かれるような痛みをラビは感じなかった。代わりに、かすかに感じる抱きとめられるような温もり。恐る恐る目を開けると、自分をはにかみながら見下ろすクロンと目があった。
「ごめん、戻ってきちゃった」
クロンは、ばつが悪そうに、なにか申し訳なさそうにしながらも、少しだけ笑っていた。
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