第6話 遭遇
「う〜ん、なかなか
「もととも英雄平原はなぜかはわからないけど
クロンは半分独り言として発したつもりだったが、ラビがそれにすかさず応答する。昨日の午後から今の
「ちょっと高いところへ行って索敵しましょ。そろそろカテゴリー2が出現するエリアに入るし」
「わかった」
クロンは短く返答するとふたりは少し小高い丘になっているところを見つけ、小走りに近づき登っていく。
「うーん、ダメね。一体もいない。普通はこんなことないんだけどなぁ……」
丘の上から周囲を見渡してみるも、
「よし、じゃあ見晴らしもいいしここでお昼ご飯にしましょう! 長くなるから会社からいろいろ持ってきてるのよ」
そういうと右手の人差し指にはまった指輪の宝石が光り輝き、目の前にバスケットが出現する。
「それは?」
クロンが興味深そうに聞くと、ラビが答える。
「【ギフトボックス】って言うらしいわ。詳しい原理は知らないんだけど、指輪の中に大きな部屋があって、そこにいろいろ入れられる感じ。そういう道具の製作ができる
「へぇ〜、僕もライセンス取ったらもらえるかな?」
クロンが感心しつつも差し出されたサンドイッチを頬張り、ラビも同じく説明を終えた口でサンドイッチをつまむ。
「もらえると思うわよ。私ももらったのは1年前だから。たった1年でもらえなくなりましたーってことはないはず」
「へぇ〜楽しみだなぁ〜」
そんな他愛もない会話をしていると突然遠方から凶悪な遠吠えが響き渡り、和やかだった空間を一瞬で重苦しくピリついた空間へと塗り替える。ふたりにとっては、普段聞いたことのないものであった。
「……今のは狼型の
「えっ、でも英雄の倒したカテゴリー5って狼型だよね? それより弱いのならいてもおかしくないんじゃ……」
クロンはそう当然の考えを投げかけるも、ラビはすかさずその仮定を否定する。
「英雄平原で英雄が
クロンはあたりの空気がより一層冷え込むのを感じた。勘違いではないだろう。ラビは険しい表情を浮かべ、遠吠えが聞こえた方向に注意を払いどうするか思案している。挫折して受付に座っていたと聞いたが、そうは微塵も感じられない凄みがあるとクロンは思う。
「幸い遠吠えが聞こえてきたのはオリエストラへ続く方向とは逆ね。それにかなり距離があるからこのまま都市に戻ればきっとかち合わないはず。狼型は一番弱くてもカテゴリー2上位。カテゴリー2上位なら私ひとりでもなんとかなるかもしれないけど、カテゴリー3以上だったら手に負えないわ。このまま戻って皆に報告して調査隊を派遣してもらうのが賢明よ。クロン、引くわよ」
ラビはそう唸るように言うと、クロンはそれに頷き、あたりに広げたバスケットや水筒を回収し終える。そしてお互い目配せしオリエストラへと走り出そうとした時だった。
「あれ〜? 帰っちゃうの〜?」
クロンとラビは唐突に聞こえてきた声に驚き、声から離れるよう全力で距離を取る。もちろん警戒は怠らない。声が聞こえてきた方向へ目線を合わせると、そこにはクロンとそれほど変わらない体躯の少年が笑顔を浮かべ立っていた。
「だ、誰!?」
ラビは突然のことながらも、なんとか平静を保ちながら問う。クロンは自身の経験の無さも相まって声を上げることができずに固まっている。額からはとめどない冷や汗が湧き上がり、突然の状況に頭が追いついていない。
どこから出てきた? なぜ横にいた? どう気づかれずに接近した? そもそも誰だ!? さまざまな感情と思考が入り混じり混線し、クロンの正常な思考を支配していく。
「あはは、逃げないでよ。やっと見つけた人間さんなんだから。お話しようよ〜」
わからない。目の前の少年は先ほどの遠吠えを聞いていないのだろうか? いきなり現れた部分は不可解だが、体もとくに鍛えられておらず、身長も体格もクロンとほとんど変わらない。ラビの見立てではカテゴリー1の
そのような出で立ちの少年が目の前にいきなり現れ、しかも先ほどの遠吠えを聞いているはずなのに落ち着き払っている。明らかな異常。それにライセンスも持っていなさそうな少年がどう外へ出たのか。誰かの付き添い? ありえない。敵対的なのか友好的なのかもわからない不安が場を支配し、重苦しい雰囲気へと誘う。
「あれ? そんなに警戒しないでよ。人間に会うために探し回ってやっと会えたんだよ〜。お話しようよ。あ、自己紹介がまだだったね。ボクはゼータ。ゼータ・セントパレスだよ。許可されてないからどこから来たかとかは言っちゃいけないんだけど、仲良くしてよ! あはは!」
肩に届く程度に長い金髪を揺らし、顔に張り付くような気味の悪い笑顔を浮かべながらゼータは喋り続ける。
「いや〜でも長かったなぁ〜! 人間を探してこいなんて命令しといて、転送された先が見渡す限りずっと平原なんだもん。参っちゃうよ。最初はなんで僕だけよくわからないところに飛ばされたんだろうって思ってたら、まさか人間がいたんだ! もう嬉しくなっちゃって! つい声かけちゃったよー。驚かせてたらごめんね、でもボク、捨てられたんじゃないってわかってすっごい嬉しいんだ!」
目の前の少年、ゼータは喋り続ける。口を挟んでもいいものかとクロンが思案をしていると、ラビが一拍早く鈍重となった喉を鳴らし声を発する。
「人間を探していた……? なぜこんな英雄平原で? そもそもこの平原はもとより人が少ないんだから、この先のオリエストラへ行けばいいはず……」
その時ゼータの顔がタチの悪いピエロのように歪み、ゆっくりと口を動かす。
「へぇ、この先にいっぱいいるんだ……。いいこと聞いちゃったかも」
その声色は、先ほどまでの奇妙に明るかったものよりも数段トーンが低い。しまった! ラビは自分の取った選択が間違っていたことを悟った。敵か味方かわからないながらも、人間を探しているのならば最初からオリエストラへと出向けばいい。それをしないということは相手はあの都市を知らない。しかし、それならばおかしいことになる。
オリエストラの外に人間が住んでいると言う話はてんで聞かされたことがない。
「その、なんで人間を探しているの? 君も人間なんだから探さなくても見つけられるはずだよね?」
「うーん、わかんない。転送先で人間を探してこいとしか言われてないんだよね。多分あの命令だと生死も問わないと思うんだよね。生きてた方がお話できて楽しいけど。……あ、そっか! 死んでもいいならあれの試運転に使えばいいんだ!」
ゼータの支離滅裂な発言にクロンとラビはふたり訝しむ。しかし、ふたりははたとそれ以上に重要なことがあったと思い出し、ゼータへと情報を与えつつ今の最悪な状況を説明しようと試みた。
「あんたもなんでそんなに落ち着き払っているのかわからないけれど、さっきの遠吠えを聞いているはずよ! この英雄平原に狼型の
「へ? 狼型の
襲われた? なにを言っているんだ。ラビから血の気が引いていく。
「テイムしちゃった。せっかくだしそいつの試運転に、付き合ってよ! すぐに死んじゃわないでよー! おーい!」
想定外の事態に思考が追いつかない、今すぐ逃げなければならないと自身の危機察知能力が警鐘を鳴らす。クロンとアイコンタクトを取り今すぐ逃げようと後ろに向き直り走り去ろうとすると。
ズゥンッッッ
目の前に、黒く巨大ななにかが大地をめくり上げ、土煙を上げながら着地し。
その双眸は、ふたりを捉えるように、まっすぐクロンとラビを見据えていた。その迫力からか、ふたりは足底を地面に縫い付けられたかのように動くことができず。
『グルルルルルル……』
「紹介するね、
ふたりへと、インスタントな死が迫る。
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