第5話 英雄平原へ
次の日の朝、6時ごろにクロンは起床し室内でトレーニングを行なっていた。朝早く起きてのトレーニングはクロンの日課となっているものの、普段ならばランニング等、外でのトレーニングが主体となっているのに対し、今この場ではできないことも多いのでゆっくりと戦闘時のフォーム確認のみに留める。
筋力トレーニングも行おうかとも思ったが、外界でなにがあるかわからず万全の状態を保つため一旦保留とした。一通りのトレーニングを終えたあとシャワーを浴び身なりを整え、動きやすい服装へと着替える。
一般的に冒険者はそれなりに動きやすい装備を着用する傾向がある。
クロンの場合、格闘術によるヒットアンドアウェイが主な戦法となるため薄手で伸縮性、防刃防弾性のある上下セットのインナーに、シャツ、胸部を守るための胸当て、動きやすいように短めのゆったりしたパンツを履くに留まり、手にはなにも装備せず脚部も冒険者用に作られた靴のローエンドモデルを履いている。
カスタマイズ性が低く、性能も他の上位製品に比べればそこそこでその部分は不満が残るが、値段的に現在のクロンが買えるのがこのラインだということで悲しくも妥協するに至っている。ハイエンドモデルは自分でデザインできるものも多く存在するため、そういったものを揃えるのにお金は必要だ。
お金に興味ないと言いながらもそれなりには欲しいと考えてはいた。企業にスポンサーについてもらうという手もあるが、企業ランクや個人ランクでいい成績を残さないといけないためクロンには夢のまた夢であった。
準備を終えたクロンは、腰掛けていたベッドから跳ね起き自室を出て、会社のロビーへと向かう。ロビーには小さいがカフェテリアが併設されており、朝昼夜と飲食できるメニューを揃えていた。ロビーにつくも、時刻は朝8時をすぎた頃と若干早いので人の入りは少ない。クロンはそこで朝食を取ろうと注文し、運ばれてくるのを待つ。
12歳から1年半ほどは幼馴染の家の好意に甘えていたが、いつまでもそれではまずいと考えたクロンは13歳の中程から街へ出てくる野生動物を狩る役目をもらい、そこから給金を得てそれなりに貯金をしていた。なので外食をしても許されると、誰に言い訳しているでもなくクロンは考えていると銀髪の男が近づいてきて、椅子に座りクロンに話しかけてきた。確かエリックやラビにはフロウと呼ばれていたな、などと思い出し挨拶する。
「フロウさん、おはようございます。朝早いんですね」
「おや、覚えててくれましたか。特に直接会話してないので忘れられているかと思いましたが。改めてよろしくお願いします、クロンさん。この会社、アルカヌム・デアで社長代理兼副社長をしています、フロウです。以後お見知り置きを」
「えっ、そんなに偉い人だったんですか!?」
「ハハハ、うちの会社は規模も小さいですから社長以外の役職はあってないようなものです。今いるメンバーも社長のビジョンに共感して入ってきてる人間ばかりですしね。クロンさんもそのようですから、今日のテストをクリアしたらまた仲間が増える、その程度の認識ですよ」
フロウが答えると、ウェイターにコーヒーを注文する。
「コーヒーだけなんですか?」
「朝は食べないようにしてるんですよ。寝起きで胃にものを入れると具合が悪くなるタイプでしてね。それに受付もありますし、コーヒーくらいがちょうどいいでしょう」
そうしてふたりでしばらく他愛もない話を続けていると、後ろから声をかけられた。
「あら、クロンにフロウじゃない。おはよ。ふたりとも早いのね。出発は9時だから私が一番乗りかと思ってたわ」
ラビだ。昨日受付にいたときのような動きにくいスーツのような格好ではなく、外界で活動するためにかなり身軽ななりをしている。腰には長剣を携え、クロンほどではないが軽装鎧を身にまとっている。なぜか脚部の装甲が少なく両足での可動域も確保しているようだ。蹴り技を使うのだろうか? とクロンは予想する。
目を引くのがその色だ、白を基調にしたデザイン性のある鎧は、明らかなオーダーメイドで一般に買えるものではないことが容易にわかる。クロンが物珍しそうに自分の格好を見ていることに気づいたのか、ラビは得意げに話し始めた。
「ああ、この鎧? もちろんオーダーメイドよ。アルカヌム・デアでは優秀な職人を抱えてるからね。武器から靴に至るまで、お金さえあればオーダーメイドで作ってもらえるわ。
ドヤ顔をしながらペラペラと喋るラビに、別にラビの力じゃないだろなどと野暮なことは言わず、しかし優秀な職人がオーダーメイドで装備を揃えてくれるとなるとますます入社意欲が湧いてくるクロンであった。するとフロウがラビが喋った内容に一つ付け加える。
「と言ってもお金はかかります。ラビ嬢はこれでも社長令嬢ですからね。社長がお金を出しているからそんな上等な装備を作ってもらえるのであって、クロンさんの場合はまた勝手が違います。あんな上等なものを装備したいのならば、相当働くか、なにか新しい発見をするしかない。ボスは『新発見』に目がないですからね。優秀なところを見せればもしかしたら特別手当が出るかもしれませんね」
これでもってなによ、とラビが口を挟むも特に意に介さずフロウは続けた。
「それじゃあっしはそろそろ行きます。お二方、特にクロンさんですが、くれぐれも死なないよう気をつけて行って来てください。最初の外界は気が緩みがちで、カテゴリー1やカテゴリー2が相手でも油断して死んでしまうことも多いです。業界全体の悩みの種の一つですが、こればかりは本人次第で我々ではどうしようもないのでね。ラビ嬢も久々の外界です。彼を守るのもそうですが、状況に応じてちゃんと逃げてください。蛮勇は死までの距離を縮めます。では」
そうフロウが言うと、ウェイトレスからコーヒーを受け取りカフェテリアを後にする。そのまま受付へ向かい1日ラビの代わりをする。
(副社長が受付か、今日この会社へ訪ねてくる人からしたらゾッとしないな)
クロンがそんなことを思いながら食事を進めようとすると、ラビがフロウのいた席へと入れ替わりで座る。
「私はもう家で朝食べてきたから、それ食べ終わったら出発できるわ。さっさと食べちゃいなさい」
突然ラビに急かされたクロンは急かされ半分楽しみ半分で残ったスクランブルエッグをかき込み準備を整えると、ラビとともに立ち上がり外界へ向かうため会社を離れることにした。
◆◆◆
外界まではほどほどに遠い。基本オリエストラでの公共交通機関による広域移動手段は昨日も使った電車か、ビル群の合間を浮遊するボックスカー『リニアカーゴ』しかない。
『リニアカーゴ』は好きな場所——外界は難しいが——に最短距離で行けかつ速いことがメリットであるが、個人もしくはグループで乗る少人数向けの交通機関なため電車に比べ割高だ。しかもビルを形成している金属製の建材から磁力を発生させ飛ぶ仕組みであるからか、外界どころか外区でもビルが少ない場所はそもそも利用できない場合が多い。
そのため、冒険者の移動は主に電車を使って行われていた。クロンやラビも例外ではない。昨日同様電車へ乗り外区を超え終点である外界への玄関口、通称ゲートへと向かう。今回向かう先はクロンの出身地からも程近いゲート【X】となる。
ラビは移動中クロンの出身地の話にキラキラした目をしながら耳を傾けていた。外界へは何度も出ているが外区へはあまり行ったことがなく、生まれも育ちも中心部のビル群が立ち並ぶ一帯である。そのため、少々田舎というものに憧れを持っていた。
「へぇー、じゃあクロンはずっと元冒険者の父親の動物を狩る姿を見て育ってきたから、冒険者になるためにずっと頑張ってきたのね。でもそんなに強かったの? 野生動物って言っても
「うん。そもそもなにをしてるかわからかったんだ。剣を振ったとか、殴ったとか、普通に強いくらいならわかるだろうけど、なにをしてるかわからなかった。気がついたら動物が倒れてて、それで終わり。子供心に憧れたなぁ」
そんな会話をしながら、電車はゲート【Ⅹ】へとふたりを運ぶ。
◆◆◆
「さて! ここから外界だけど、外界についてはどのくらい知ってるの?
終着駅から外に出たふたりは併設されているゲート【X】へ向かい、ライセンスを提示して外界へと足を踏み入れる。そのままふたりは英雄平原へ向け、歩みを進めながら知っていることをすり合わせる。クロンの場合は昨日図書館で仕入れた知識が主であるが。
「都市から出たら獣を寄せ付けない効果の影響が消えて、
クロンは申し訳なさそうに頬をかき、さらに説明を続けた。
カテゴリー。獣の強さを表す。カテゴリー5が最上で、これより上は存在しないが、「通常祝福を持った人間でも勝てない」という強さを持っているものがまとめてがカテゴリー5扱いされている。カテゴリー5は世界でもまだ5体しか観測されておらず、クロンが知っていたのはそのうち4体だけであった。
英雄に討伐された、英雄平原に生息していた
「ま、概ねそんなとこね。図書館行った意味はあったかな、よく勉強してるじゃない。でも、英雄平原に出るカテゴリー2を真っ先に調べてないのは冒険者としては論外ね」
「うっ、ごめん。読んだことない本がいっぱいあって目移りしちゃって……。次から気をつけるよ」
「まだ冒険者じゃないから特に言わないけど、ライセンスを持ったらそうはいかないわ。情報が生死を分けると言っても過言ではない。覚えておいて」
そうしていると、目の前の草原から5体のゴブリンが接近してくるのが見える。
「そんな話をしているうちに、近づいてきたわよ。あれがゴブリン。あれが出てくるってことは英雄平原に足を踏み入れた証ね。ちょっと数が多いから、戦うつもりなかったけど加勢するわ。あんたは右2体。私は左の3体を引き受ける。こんな雑魚でヘマしないでよね!」
「わかった!」
クロンとラビはお互いの受け持ちを確認したあとクロンは構えを取り、ラビは腰に携えていた長剣を抜きお互い地を蹴りゴブリンへと急接近する。クロンとラビはほぼ同じ速度で最初のゴブリンと邂逅し、クロンは右手を手刀のようにし1体目のゴブリンの首元へとそれを叩き込み一瞬で首の骨を折る。
その後間髪入れず2体目の腹部に拳を押し入れ、それを受け腹を抑え前のめりに崩れたゴブリンの頭を横から蹴り抜き致命傷を与える。3体目のヘルプへ行こうとラビの方へと振り返るが、ラビもまた持っていた長剣を鞘へ納めるところだった。ラビが受け持った3体とも、とっくに斬り伏せられその場に石を残して光へと変わっていた。
「すごい! これでも結構早く倒せたと思ったのに、こっちが2体倒す間に3体も倒すなんて!」
クロンは素直な気持ちでラビを賞賛するも、ラビはどこか不服そうな表情を浮かべ、
「そういう
「うん、地元でちょっとね。【自己再生】だと武器を持つか格闘術でどうにかするしかないんだけど、武器は自分に合わなくて」
「そうなの、だったら籠手くらい装備すればいいじゃない。言ってくれれば会社で貸せたわよ」
「あはは、ちょっと理由があって籠手も、ね」
「そう……。変なの」
(そんなんじゃカテゴリー2下位はなんとかなってもただでさえ外皮が硬い上位からは厳しいんじゃないの?)
と、ラビはとっさに思ったことを口に出さず飲み込む。
(それに、さっきの初動。
疑問はふつふつと湧いてくるが、相手のパーソナルな、特に
ふたりはそのまま英雄平原の奥へと進んでいく、途中帰り道だろうか、他の冒険者とすれ違うも会釈程度でとくに会話することもなく、目的の
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