第2話 赤い風紀
日向が下校しているとき、私立零ヶ崎高校、通称ゼロ校では生徒たちが部活にいそしんでいた。上下関係、厳しい訓練、度重なる課題。それらを迎える中、人との友情と自分の成長を得る。そんなふうに青春を謳歌している彼らを窓から見ながら、誰もしないが一応公式の校帽をかぶっている少年は誰かが入れてくれた紅茶をすする。
別にあそこでマネージャらしき女子と選手の男子が笑いながら話しているのをみて、嫉妬しているわけではない。ただ、上から人を見下ろすことに快感を覚えているだけだ。それも問題だが。
少年はおもった。しかし、自分には風紀委員という役を担っている。そんな人が人を見下すことが好きだなんて、それは間違っている。
例えば警察が町の秩序を守るという使命をもちながら、パトロール中女子の胸のサイズを予想するなんて、警察としてあってはならない。内面まできちんとしなければならないのだ。警察には程遠いが、風紀委員だって同じだ。
少年は反省した。そんなことを思っちゃいけない。風紀委員としてまず心の風紀を守らなくては。少年は清く正しい風紀委員として使命を果たそうと決意した。
「何やっているのですか?隊長」
部屋にポニーテールの少女がはいってきた。
「ああ、秋原君か。いやこれからは清く正しい風紀委員として、任務を果たそうとしているのだが。」
「…じゃあ、そのバズーカは何ですか?」
隊長こと貴寺三門は目線を前にもどし開けてあった窓からバズーカを外に向けてさきほどのカップルのほうに照準を定めた。
「やはり校内の不順性行為は間違っている」
「いや、隊長が間違っているでしょうが!」
零ヶ崎高校の風紀委員会は今日も放課後の定例会議だ。始まるまでは好きに時間を過ごしていいのだ。もちろんお菓子やゲームもOK。
「そんなくだらないことにFLAREに接続しないでください!清く正しくなりたければ、お菓子とかゲームとかをなくしましょうよ」
「えー、いやだよー。隊長に勝つまであきらめるわけにはいかないんだよー。」
格闘ゲームをやっていたスポーツ刈りの少年、日内心太が文句を言った。
「しかし、これをほかの人に見られたらそれでこそ風紀をみだしますよ」
「その時は、秋原がいつものように脅せばいいじゃん」
「…いつも通りではないですよ」
「わかった!わかったから、その刀しまって!」
刹利は日向と同じようにのど元においた刀をしまった。
「じゃあ、秋原君にきくがもし和菓子を食べていたらそれはどうかな?」
「それは…何か職員室とか校長先生の部屋とかにありそうですけど」
「逆にポテチだったら」
「それはちょっとだらしないような」
「ならば、和菓子とポテチの違いは何か?」
「それは材料とか…」
「では、君は中身で決めつけてしまうのかな?」
「いえ、そういうわけでは」
「別にポテチが悪いわけではない。世論が考える引きこもりニートや肥満体の人がよく食べているというイメージがあるのだ。その先入観で、決めてしまっているのだ」
「…はあ」
「ゼロ校が掲げるモットーは?」
「『零からすべてを生み出す』」
「そうだ。その意味は、物事を創り出す創造力を高めるということだが、それには先入観を捨てなければならないと5月12日の朝礼で校長先生がおっしゃっていたぞ」
「隊長、覚えているんですか。すげー」(ポチポチポチ)
「日内先輩はいい加減ゲームやめてください!」
「ゼロ校の生徒にそんなポテチ=悪だという先入観を持たせてはならない。だから、まず私たちが実践するのだよ」
三門が言い終わると、紅茶をまた飲んだ。刹利がうんざりしながら時計をみると、もう時刻は定刻を過ぎている。ふと刹利が周りをみると、メンバーが一人足りないことに気がついた。
「隊長」
「ならば、ポテチとチョコレートの違いは何か?」
「その話はもういいです!!ほかの生徒に見られたら、そう言い訳を言ってください!それより、わん先輩の姿が見えませんが」
三門隊長の何の価値もない議論に付き合うより、刹利はもう一人のメンバー「わん先輩」を探していた。
すると、三門の足元から声がした。
「私はここだ」
机で隠れていたが、窓のところに四つん這いになっていた「わん先輩」、王咲良がいた。どうやら、先ほどのバズーカの土台になっていたらしい。
「ああ、そこにいたんですか」
「おやおや、なんでそこに、とか突っ込まないの?」
心太がゲームをセーブし、
「もう慣れてました」
刹利はもうあきらめ、
「ふむ、我が委員の突っ込み担当がこれでは、風紀が乱れてしまう。新人募集でもだそうか」
三門はよくわからないことを憂い、
「…」
咲良は何か不満げな顔で四つん這いから戻り、
「よし、全員揃ったな」
四人が各々自分の席に着席する。その瞬間、今まで和やかだったムードはなくなり、部屋に緊張が走る。いろいろ問題があるが、それでもあくまで風紀委員、いや、それ以上の組織なのだ。
「これより、風紀委員、もとい赤連三門隊の定例会議を始める」
「…以上が校内の案件だ。転校生に刀をむけるなよ、秋原君」
「すみません。次からは気をつけます」
刹利が転校生を空き教室で刀をふったという目撃についての話が終わり、次は彼らの副業であって本職である赤連についての話にはいった。
赤連。
自警団のようなものであるが、その活動内容はゴミ拾いやイベントの手伝いなどボランティアを行いつつ、町の暴動を治めるということも行っている。本来警察の仕事ではあるが、「現象の情報化」によって、治安により高度な技術を要求されたため、情報技術に長けた人たちにも協力を依頼された。その連合が赤連である。
「君たちも知っている通り、あの扇町事件の後、この中京都周辺に緑魔会のメンバーらしき不審者の目撃が報告されている。わがゼロ校の風紀委員会として、赤連三門隊としてより警戒しなければならない」
緑魔会。ウイルス「GOBLIN」に感染し、その産物である「現象」を引き起こす力で暴徒を働く秘密結社。現時点彼らに対抗できるのは、同じ「現象」を扱える赤連だ。
「我々は幸か不幸か、その事件に関与したことがあり、やつらの特徴はつかめている。やつらの目的はウイルス『GOBLIN』の感染者を広めること。実際に先日、隣のアパートに多数の人が出入りして不審に思ったという通報があり、別の赤連の部隊が行ったところ、複数の緑魔会のメンバーがいたという。施設にいた人の中には一般人もいたらしい」
「そして、その緑魔会の人間は緑色の炎に燃えた、もしくは逃げたっと」
「その通りだ、日内君。3名のうち、一人は燃えて、二人は逃げたそうだ」
ふっ、と心太は鼻で笑った。顔はにやついているが、どこか不満そうだった。
「隊長、彼らの特徴とかはないのでしょうか?」
「残念ながら、目撃情報で、急に姿がなくなったということだけだ。」
「へー、スケスケになる能力を持つとか?」
「さあ、わからん。そんなうらやましく風紀を乱すようなやつであれば、私自ら手をくだそう」
「はあ…」
おふざけなのか、まじめな顔でしょうもないことを話すいつもの心太と三門のノリに、刹利はあきれ返る。
「それで、我々は何をすればいい」
「そうだな、咲良。今は周囲で何か異変を感じたら逐一全体に共有することが第一優先だな。あと、もし、緑魔会の連中にあったとしても、一人で絶対に行動するな。相手は二名もしくはそれ以上になっているかもしれん。まず私に伝えてくれ」
「もし、緊急に対処すべきだと判断した場合は、こちらから動く形でいいか」
「うむ、その場合は許可しよう。しかし死ぬ前に必ず報告はするように」
異変。最近刹利は、初の緑魔会との接触であったあの事件の時と同じ気配を感じていた。どうしてかとはうまく言えないが、何かを強く感じているのは確かで、必ず何かが起こるのではないかと思っている。それもこの学校、零ヶ崎高校でである。だから、転校生が来ると聞いて、彼女は疑うしかなかった。彼が緑魔会ではないかと。しかし、違った。彼からはそんな気配を感じなかった。もっと別の気配を感じたが気のせいであろう。第一、この気配を感じ始めたのは、彼が学校に来る前のことで、場所は…
「…多目的アリーナ」
「ん?何か言ったかい?」
三門に言われて、刹利は我に返った。いや、考えすぎだ。気のせいであろう。
「い、いえ。なんでもないです」
「そういえばさ、」
心太が携帯をいじりながら、刹利にきいた。どうやら暇さえあればゲームしたいらしい。
「多目的ホールといえば、この前、剣道部の入部断ったよな?」
「はい。それが何か?」
心太はクリアの歓声を上げつつも目線は変わらなかったが、そのままはなした。
「いや、そういえばなと思ってな。なんで断ったんだ?」
「…断る理由は言わなくてもわかると思いますが、三門隊に入っているので」
「別にこの隊にそんな規則とかないんだぜ。ワンワンだってバレー部入ってるし」
「ボール遊びが…好きだからな」
なぜか咲良は顔を赤めていた。
「隊長や日内先輩も、部活やってないじゃないですか?」
「いや、俺はやっているよ。総合格闘部に」
ただし、幽霊部員だけどな、と心太は付け足した。
「入ればよかったのに。お前友達増やしたいとかいってたじゃん」
刹利は何も言い返さなかった。確かに、両立している咲良は、バレー部で人気者のリベロだ。(背が高いのに自分からリベロに志願したらしい)心太も幽霊部員とはいえ、部員と遊んだりしているらしい。学園生活を過ごす中で、人間関係を気づくことも重要だ。刹利も、もし仮に部活に入っていれば、友達まで行かなくても知り合いぐらいのつながりは持てたかもしれない。周りに怖がられてばかりだが、友達が欲しいと考えたりはする。
それでも剣道部に入らなかった。
いや、入れなかった。
入るわけにはいかなかった。
刹利は窓をみた。学園の周りの山に日が入っているところで、夕焼けの光が刹利を照らしている。その輝きに、暖かみを感じることはできなかった。
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