第10話 殺し屋の目
コンテナが無数に積まれた港を、前川は全力で走っていた。
「くそ、どこに行った?」
十一月の寒い夜、前川は少し後悔している。体力が余っているなら付き合えと捜査一課の同僚に唆されて来たものの、まさか犯人と追いかけっこする羽目になるとは。
「いたぞ。あそこだ!」
ところどころにある街灯の下で、同僚の瀬田が叫んでいた。指差された方向を見て、前川は慌てた。
「まずいぞ」
あの先には監視対象にして相棒という妙な男、相沢が待機している車がある。しかも相沢は刑事ではなく殺し屋だ。下手なことをすると犯人が殺される!
一か八かで、前川は走りながら相沢に電話した。普段はスマホを持ち歩かない主義の相沢が持っているだろうか。それも不安になる。
「何ですか?」
予想に反して、相沢が素早く電話に出た。
「今日はスマホを持っていたのか」
「そうですね。それで?」
涼しげながらも眠そうな声が、先を促す。ひょっとして寝てたのか?俺が追いかけっこしているというのに、暖かい車の中で寝てたのか!
色々と怒鳴りたいことはあったものの、取り敢えず腹に仕舞った。それよりも、相沢も協力を取り付ける必要がある。
「そちらに犯人が逃げた」
「そうですか」
まるで興味がない。ある意味このままでいいのだが、犯人に逃げ切られるのも困る。
「ちょっとは手伝え!」
前川は思わず怒鳴っていた。
「はいはい。間違って殺しても、文句言わないで下さいよ」
「殺すなよ!絶対!!」
叫んだ前川だったが、無情にも電話は切られてしまった。殺させないために電話したつもりが、逆効果となった。思わず頭を抱えたくなったが、人命優先。相沢が犯人と接触する前に捕まえないと。
「くそっ」
前川は全速力で走った。こういう時に鍛えた肉体は役に立つ。すぐに黒いジャンパーを着た男の背中を捉えた。しかし、同時に相沢の乗った車も視界に入る。車には人影があった。ボンネットに腰かけた相沢だ。
相沢は年齢も若いし、見た目がアイドル顔負けだ。優男と犯人が判断し、強行突破を仕掛ける可能性が高い。それは非常に厄介な事態だ。
「止まれ!」
「退け!」
前川と犯人が同時に叫ぶ。それを合図とするように相沢がすくっと立ち上がり、こちらを見た。
「っつ」
ぞくりとするような冷たい眼差しが、犯人に向けられる。犯人はぶるっと肩を震わせて立ち止まった。前川も思わず足を止める。
ゆっくりと相沢が近づいてきた。眼光が鋭さを増す。その目はまさに狩りをする直前の猛獣の目だ。
「――」
本気で殺すつもりか?
前川は疑いを強めるものの、身体が動かなかった。生命の危機を前に身体が動くのを拒否している。ここから動いては危ないと、本能的に相沢に恐怖を抱いてしまった。
「ひっ」
犯人が小さく悲鳴を上げる。相沢がにやりと笑った。
まずい。このまま目の前で殺人事件を起こさせるわけにはいかない。
刑事としての義務感が勝りようやく前川の身体が動いた。
「観念しろ!」
前川が犯人の肩を掴むと、犯人はそこが気力の限界だったようで気を失ってしまった。そのあっけない幕切れに溜め息が出るが、ともかく、余計な事件が起こることは防げたらしい。
相沢はというと、もう車まで戻っていた。先ほどまでの冷酷さはなく、気の抜けた高校生のようだ。事実、格好は高校生と変わらないラフなものである。
「何なんだよ」
一瞬でも相沢を怖いと思った自分を押し隠すように呟き、前川は車に近づく。相沢は相変わらずの無関心で、空に浮かぶ三日月を見つめていた。
「犯人を確保した。場所は――」
無線で言いながらも、前川は相沢から目を離さなかった。しかし、相沢はもう犯人には興味がないようで、さっさと助手席に座りシートを倒してしまった。まだ寝る気らしい。
何だったんだ、全く。
心の中でぼやきつつも、本人にしっかり確認を取らなければならないと心に決めた。さっきの目はあまりに冷たすぎる。
同僚に犯人を引き渡し、このまま戻ると告げて前川は車に乗り込んだ。同僚は助かったと笑顔で見送ってくれる。
「ん?」
車の中で相沢は助手席に寝転んで、スマホで音楽を聴いていた。イヤホンから微かに音が漏れている。珍しく素早く電話に出た理由は、ただ単に音楽を聴いていただけだったのだ。
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