第8話 とことん付き合ってやる

  この男は生まれた瞬間から殺し屋になる運命が決まっていたのだろう。自分を嘆くことがないように見えるのは、他を知らないからではないか。つまり、アウトローの印象を受けないのは、正道を知らないからだ。

「誰に育てられた?」

「言うと思います?知ったら前川さん、本当に消されますよ」

「ちっ」

 解ってはいるが、ヒントも与える気がないのか。前川は露骨に舌打ちしてしまう。しかし、その行為を相沢は不思議そうに見ていた。

「何だよ?」

「監視対象でしょ。別に物として扱えばいいじゃないですか。つい前川さんが遊んでくれるので俺も羽目を外してますけど、別に今からでもそうしてもらってもいいですよ」

 そう言いつつ、相沢は辛そうだ。相変わらず嘘の下手な男だなと思う。殺し屋として生きていなければ、アイドルとして世の女性たちを振り回していただろうに。

「そんなことするかよ。それじゃあ、お前の依頼者と変わらん」

「っつ」

 前川の答えに、相沢は本当にびくんと飛び上がった。そしてそれから、にこっと、本当に嬉しそうに笑う。

「前川さんが選ばれた理由が解りますね」

 しかし、嬉しいと素直に言わずにそう言うのだから捻くれた男だ。本当は誰かが自分を顧みてくれることを望んでいるくせに、ついそれを拒否しようとする。

「あっ」

 そこで気づく。そうだ。相沢が望んでいることは誰かにちゃんと人間として相手をされることだ。ただ誰かに命じられて殺しをするだけの操り人形じゃない。そう言いたいのではないか。そしてトラブルになった。しかし、だとしてもどうして警視庁に預けられたのか。

「前川さん。どうしました?まだ吐きそうですか?」

 急に黙り込んだ前川に、相沢はトイレを探すかと訊いてくる。その頭をバシッと叩き、前川は溜め息を吐いた。

「そこまで酔ってねえよ。で、次はどこに行くんだ?」

 前川は自分の推理を腹の中に仕舞い、まだ楽しみたいんだろと訊く。するとまた相沢は嬉しそうに笑った。

「さすがは前川さん。じゃあ、あの海賊のやつで」

「ああ、うん」

 あれもなかなかスピードがあったよなと思いつつも、前川は立ち上がる。そして、こうやって自分が普通に接していれば、いつか相沢が頼ってくるはずだ。そう信じて、とことん付き合ってやることにしたのだった。





 それから半日。前川はぐったりし、相沢は非常に生き生きとしていた。

「いやあ、楽しいですね」

「そうか」

「はい」

 あちこちのアトラクションを子どものように乗り回した相沢は、その見た目にぴったりの高校生らしい表情をしていた。しかし、その表情も時計を見てすぐに切り替わる。

「さて、名残惜しいですがお仕事の時間です」

「あ、ああ」

 そこはさすがプロと言うべきか。あまりの切り替えの速さに前川の方が付いていかない。

「依頼人の希望で、花火に合わせて殺してくれとのことです」

「っつ」

 そんなはっきり言うなよと、前川は思わず相沢を睨む。刑事の前で堂々と犯罪を起こす。そのことを考えたことがあるのか。

「睨まないでくださいよ。気づいているでしょ?俺を逮捕することは出来ないんです」

「それは」

「だって、この世にはいないはずの人間なんですから」

「――」

 それは解っている。総てのデータが伏せられているのではなく、初めから相沢健一なんていう人物は存在しないのだ。その名前が仮名なのではなく、ないから仕方なく名乗っているだけだということも。

「裁判にかけるわけにはいかないんですよ。まあ、自分たちの悪事も同時に露見してしまいますから、お偉方が許すはずないですけど」

 相沢はくすくすと楽しそうに笑う。その顔を止めろと、前川は怒鳴りそうになった。お前にはちゃんと、普通の感覚が残っているじゃないか。本当は殺しなんて嫌だと思うことだってあるじゃないか。そう、怒鳴りたくなる。

 しかし、それが同時に相沢を傷つけることも解る。じゃあ、どうすればいいんだと問われても、前川は助けてやる術を持たない。こうやって監視を任されているというのは、そういうことだ。

「前川さんのそういうところ、好きですよ」

 自分の無力を理解し何も言わないと気づく相沢は、寂しそうに、でも同時に嬉しそうに微笑む。きっとそれは、今までに何度か経験したことがあるからの一言だろう。

「お前に好かれても、仕方ねえよ」

 寂しさに気づき、普通でありたいと願っているお前を知ってしまって、それでも助けることは出来ない。こんなの、あんまりだろ。

「行きましょう。花火の時間まであと少しです。あの城の前にいるはずですから」

 このテーマパークのシンボルを指差し、相沢はいつものように爽やかに笑うのだった。

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