第7話 殺し屋とテーマパーク

 相沢を相手にしていると本当に疲れる。しかも、あの一件以来、ますます相沢のことが解らなくなった。前川ははあっと大きな溜め息を吐いてしまう。

 さらに今日も今日とて観光に出掛ける男のお供だ。いい加減にしてくれと言いたくなる。

「前川さん。そんな怖い顔で歩いていると浮きますよ」

 そんな前川に、すでに観光を満喫して頭に大きな丸い耳をくっ付けている相沢が笑顔で指摘してくる。お前は楽しみ過ぎだろ。

「俺は仕事中なんだ」

 何とか言い返したものの、周囲を行き交う人たちの視線が痛い。そう、ここはネズミの国なんて言われる、かの有名なテーマパークの中だ。前川がどれだけ仕事中と主張しようと、周囲にいるのはこのテーマパークの雰囲気を楽しんでいる人ばかり。はっきり言ってスーツ姿の前川は浮きまくりだ。

「ほら。せめてこれでも持ってください。子どもにせがまれて無理やり来ているお父さん感が出ます」

 前川が諦めたことを見て取った相沢はにやにやと笑ってアヒルのキャラの風船を寄越してきた。一体いつ買ったんだ?

「ちっ」

 しかし悪目立ちしている状況を回避したくて、つい受け取ってしまう。それがより目立つことになるのだが、そんなことは気にしていられないほどだった。

「で、ここに何しに来たんだよ。マジで観光か?」

 前回の散歩から仕事の依頼に発生したように、今回もただ歩いているわけではないし、テーマパークを楽しんでいるわけではないだろう。その確認を込めて訊くと、相沢はさすが俺の相棒とにっこり笑う。

誰がてめえの相棒だ。監視対象だ、馬鹿野郎。認めてねえからな。

睨みつける前川に対し、相沢はとても嬉しそうな顔をしている。やはりこの男が解らない。

「一応は依頼を受けてきています。でも」

「でも?」

 そこで言葉を切る相沢に、何だよと前川はさらに睨んでしまう。イケメンに爽やかに微笑まれても俺は嬉しくないぞ。笑うとますますアイドルのような相沢に、前川は怒り心頭だ。

「人生で初めて来たんで、一通り楽しみたいんですよ。協力してください」

 にこっと笑う相沢に、前川は力が抜けてしまったのだった。それにしても、人生で初めてか。この男のことを知るには、これを利用するのも手だろう。

「はあ。依頼の時間は守れよ。お前が仕事しないと俺が怒られる。最悪、俺が消される」

「そうですね。ちゃんとやります。刑事にちゃんと人を殺せって言われるのは面白いですね」

「てめえ」

 心配してやってんのに!茶化してるんじゃねえ。前川はプルプルと怒りに震える。本当にこの男は、俺のイライラする場所ばかりを突きやがる。

「まあまあ。そうですね。取り敢えずあれに乗りましょう。依頼人のおかげでここの総ての乗り物が待ち時間なしで乗れるんですよ」

 さらっと凄いことを言い、相沢は目の前にあるアトラクションを指差した。それは山の中をトロッコで駆け抜けるという仕様のジェットコースターだ。

「絶叫系が好きなのか?」

「さあ。試したことがないので解りません。いいですね。普通の人は、こうやって楽しい時間を過ごしているんですね」

「っつ」

 さらっと言う割に寂しそうな顔をする相沢に、全くもうと前川は頭をガシガシと掻いた。これを利用してこいつを知る。もうそう割り切るしかない。

「行くぞ。お前が泣き叫ぶ顔が見れるかもな」

「誰が泣きますか」

 前川が一緒に遊んでくれると解って嬉しそうな相沢の顔に、前川はやれやれと溜め息を吐くのだった。




「前川さん、苦手だったんですね」

「うるせえ」

 で、ジェットコースターの結果はというと、前川の惨敗だった。実は前川は絶叫系アトラクションが大嫌いだ。出来れば船に乗って爽やかに世界中を巡るアトラクションの方がありがたい。近くのベンチにだらりと座る前川に、相沢は楽しそうににやにやと笑っている。

「ガキ向けだと舐めてたら、意外ときつい傾斜で曲がりやがって」

 前川はぐったりとしつつ、苦手であることを認めた。それに相沢はなるほどと面白そうだ。

「確かにここに他の遊園地のような絶叫系があるとは思えませんね」

「隣のシーは多いって聞くけどな。ランドのこっちにもジェットコースターがあったなんて」

「へえ」

 本当にそういう事情に疎いらしく、相沢はいちいち驚いていた。その反応にこっちが驚かされる。

「マジで来たことがないのか?」

「ええ。俺は生まれてこの方、誰かに利用されることで生きながらえているので。こうやって娯楽を与えられることはありませんでした」

「――」

 さらっととんでもないことを言ってるんじゃねえよ。前川はジェットコースターによる乗り物酔い以外の目眩に襲われた。しかし、それは本人に問うまでもなく気づいていたことだ。

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