第2話 不可思議な雰囲気
警視庁捜査一課。前川が本来所属しているのはここだ。
しかし、今デスクがあるのはここではない。地下にある物置部屋を軽く片付けただけの部屋だ。ここに相沢と二人きりである。
部屋は物置だっただけに広いが、窓はない。さらに壁際には段ボール箱が無造作に積まれている。どう考えても相沢を監視するためだけにある部屋だ。
特にこれといった仕事があるわけではなく、気紛れに観光している――としか思えない相沢のお伴をするだけだ。前川はこれからどうなるのやらと溜め息しか出て来ない。
「まったく、厄年っていうのは当たるもんだな」
相沢の行状をいちいち報告するための監視日記という面倒な報告書を書きながら、前川は嫌味のように呟く。
「厄年ですか。科学的根拠がありませんよ」
しかし、嫌味は届くことなく、向かいのデスクで椅子をぐるぐる回しながら座っている相沢に笑われて終わる。
「まあ不運を装うには好都合ですが」
しかもにやりと笑って不穏当なことを言いやがる。
毎度毎度これだよ。前川は今度はわざと大仰に溜め息を吐いた。いちいち殺せるかどうかに絡めないでくれ。
やはり普通の人間と発想が違う。この男は根っからの殺し屋なのだ。その見た目に騙されてはいけない。
それに、前川は相沢が殺し屋だという決定的な場面を目撃している。だから、相沢がどれだけ普通に振る舞おうと、彼が殺人犯であることを疑ったことはない。しかし、同時に奇妙なことにも気づく。この男からは殺伐とした空気というものがないのだ。犯人特有のおどおどした様子もない。あまりに自然体だった。
それだけ殺しに慣れているということだろうが、それにしても、あまりにも普通で奇妙だ。ヤクザのようにどこかアウトローを感じさせるものがあってもいいのに、相沢にはそれが一切ない。自分を哀れんだり蔑む様子もない。殺しに関して相沢はどう思っているのか。前川はいつもそこが疑問になる。
その相沢はいつの間にか部屋の壁際にあった段ボール箱を一つ持ってきて、中身を物色していた。すると中から大きな白いクマのぬいぐるみが出てきた。
「忘年会の忘れ物って書いてありますね。酔っ払って忘れていくにはあまりに大きなものですね」
一緒に入っていた紙を見ながら、相沢は出てきたクマのぬいぐるみを抱きしめている。顔形とその姿は非常にマッチしていた。
だから、また落差を感じてしまう。相沢はあまりに普通の少年だった。殺しに携わらなければならなかったというのに、普通に生きてきたことなんてないはずなのに、どうしてこうも普通でいられるのだろうか。
目の前にいる相沢とあの時殺しを行った相沢は同一人物なのか。こんな疑問さえ生まれてしまう。
「入れ替わりとか、ありませんよ」
前川の疑問を見抜いてか、相沢はクマのぬいぐるみを片付けながら冷めた声で言った。
「社会からはみ出している奴が普通に振る舞えるはずがないというのは偏見ですよ。殺し屋なんて、相手に近づかなければならないんです。普通の部分を忘れたら、それこそ仕事になりません」
鈍く相沢の目が光る。けれども前川には、それが何だか強がりに見えた。殺人犯として見てくれと訴えているように思われた。初めて、相沢から殺し屋らしい部分を引き出せたような気分だ。そして同時に、もの凄い寂しさを感じ取る。一体どういう人生を歩めばそうなってしまうのだろう。
「お前は」
前川の言いかけた言葉は、五回叩くノックの音に遮られてしまった。
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