殺し屋は果たして操り人形だろうか?
渋川宙
第1話 相棒は殺し屋
何故、この男と伴に行動しなければならないのか。
この疑問を前川哲は何度も頭の中で繰り返していた。
この男とは、自分の前をすたすた歩いていく人物だ。顔が童顔で、どこぞのアイドルグループにいてもおかしくない整った目鼻立ちをしている。格好も今時の若者だ。ただ、この男はそこらの若者とは違う。
相沢健一。今はそう名乗っている。だが、本名は不明。生年月日を知らないので正確な年齢は判らない。見た目は十八くらいだが、口を利けば若者らしさはあまり感じない。
そして職業だ。なんと、普通なら疑ってかかるプロの殺し屋だ。だが、前川はこれが事実であることを知っている。実際に犯行現場も目撃している。
しかし、何の因果か刑事である前川はこの男とコンビを組まされている。名目上ではあるが、犯罪者と組まなければならないなんて、刑事として納得できない。今年厄年の中年には、何が何でも理解したくない状況だ。
前川は肩幅のがっちりした筋肉質の男である。しかし、顔立ちがそれほど老けていないせいで若く見えるのが悩みだ。未だに若造扱いされるのが腹立たしい。もう四十を越えたというのに、なぜ三十代の若者扱いされなきゃならないんだ。童顔に生んだ親を恨みそうになる。
「あれ」
何だかイライラの方向が変わっている。そうだ。相沢への恨みのはずだった。この男が横にいるせいで、ますます若く見られているのだ。連れが若いんだからあいつも若いだろうと見られ、前にも増して舐められている。
「ん?」
気づくと、横にいたはずのその相沢がいない。
「まさか」
逃げたのかと思ったが、すぐに発見できた。雑踏の先、クレープ屋の前だった。相沢は女子高生に紛れながら熱心にメニューを見ている。
「なにやってんだ」
今は被疑者ではないというだけで、いつでも逮捕可能な男がのんびりクレープ。しかし、相沢に非常に似合う食べ物であることは間違いない。食べている姿を想像して、前川は吹き出した。
「失礼な人ですね」
よく通る涼しげな声が聴こえた。相沢だ。いつの間に戻ってきたのか、前川の顔をじっと睨め付けていた。何を想像していたのか、この若者はお見通しなのだろう。手にはクレープ――とはいかなかった。手ぶらである。
「クレープは?」
「食べませんよ。甘いものは苦手なんです」
「じゃあ――」
質問しようとしたところで、相沢がじっと前川の目を見つめてきた。
「な……何だ?」
前川はたじろいだ。相沢に敵意のない目を向けられる度にたじろいてしまう。本当に殺し屋なのかという疑問はもちろんのこと、どうにも底知れない目で気持ちが落ち着かないのだ。
「前川さん。日本人の味覚はいつから崩壊したんですか?」
「は?」
質問の意味が解らず、前川は固まってしまった。日本人の味覚が崩壊?一体何の話をしているのやら。
「だって、チョコと梅干が合うなんて思えませんが」
相沢は腕を組んで首を傾げた。
「チョコと梅干」
確かに、考えただけで口の中が混乱する。甘いのか酸っぱいのか。はっきりしてもらいたい。というか、まず混ぜようと思わないでほしい。それが正直な感想だ。
「気持ち悪いですよね」
感想は見事に相沢と合致した。こういうところは普通なんだよな。おかげでますます拍子抜けしてしまう。本当にこいつが今までに百人以上の人間を闇に葬ってきたのか。ひょっとしてそれはただの嘘で、本当はどこぞのお坊ちゃんであるこの相沢を監視させたいだけではないのか。
前川はまだぶつぶつ言っている相沢を見て思う。
本当に殺人なんてできるのか。
もちろん、相沢と行動を共にするまでは疑問に思ったことなどなかった。不可解な殺人事件が起こり、その度に誰かが揉み消すというのが繰り返され、怪しさ満点だったのだ。その犯人がいるのは理解している。しかし、こいつですと言われると困るところだ。
監視対象にして今は刑事の振りをしている男。相沢健一は本当に解らない。一向にスーツを着てくれないので、そもそも刑事の振りすら協力する気はないだろう。どうやらこの男を飼っていた男に問題が発生したようで、それで一時警察で預かっているというのが現状だと、相沢だって知っているのだから。
「おい、戻るぞ」
まだ考え込んでいる相沢を一瞥してから、前川は改めてクレープ屋を見た。
『チョコ梅クレープ、ただいまホイップ増量中』
その張り紙を見た瞬間、前川も確かに相沢と同じ気持ちになった。
日本人の味覚は大丈夫だろうか。
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