二学期の始まり
夏季休暇の間、特別授業を受けたり、クルトさんやビスマ姉さんと一緒に依頼をこなして過ごしたんだけど、今日でそれも終わり。
「明日の始業式のあと通常授業に戻るようだが、祓魔師の授業も通常のものになる。始業式の後に連盟への加入申請を受け付けるから申請書に記入しておくように」
ヨシフおじさんから渡された申請書は、どこの教会で祓魔師として目覚めたか、これからどこの教会に所属するかと、僕の事を色々と書く部分があって。
「知り合いと話したんだが、お前を受け入れてくれる教会はすでに見つかっている。後で案内しよう」
そう言われて、所属する教会の部分だけ開けて記入を終わらせた。
ヨシフおじさんに案内されたのは、煌びやかな王都の表通りの建物が、どんどん汚い物に変わっていった先にある、レンガで出来た古い建物。
村にあった教会の建物よりボロボロかもしれない。
案内された教会の中にヨシフおじさんと2人で入ると、10人ほどの子供達に読み書きを教えてる司祭様が居た。
ヨシフおじさんが会釈したら、少しだけ頭を動かして答えた司祭様、最後尾の空いてる椅子に座って、終わるまで待つことになった。
「ここまでで質問はありますか?」
授業を眺めてる僕とヨシフおじさん、子供達は司祭様に聞かれた事を考えてるみたい。
「勇者様や聖女様を導いた祓魔師は最後まで一緒に冒険をしなかったんですか?」
まだ勇者や聖女がそう呼ばれるようになる前の事を題材にして言葉の勉強中らしい。
「ええ、彼の犠牲で勇者様や聖女様が身の内に眠る本当の力に目覚めたと言われていますね」
それまでの勇者パーティーは周りより頭1つ飛び抜けた冒険者パーティー扱いだったらしい。
僕が渡された勇者物語には細かく書いてなかった事だから、司祭様と子供達のやり取りを聞いてるだけで少し楽しい。
今で言う北の伯爵領、王国の北部地域をめぐる魔王軍との戦いの中で勇者は勇者としての力に、聖女は聖女としての力に目覚めたらしい。
「聖女様のお力なら、死んだ人が生き返るんじゃなかったのですか?」
女の子の質問ににこやかに答える司祭様。
「この時はまだお力に目覚めたばかりで、その力はとても小さな物だったのです」
その後も子供達の質問を1つずつ丁寧に答える司祭様、ヨシフおじさんは司祭様の話を目を閉じて聞いていた。
「ゼファーソン司祭、ごきげんよう」
「アーバイン導師、先日ぶりです。此方が?」
司祭様とヨシフおじさんの挨拶の後に僕も挨拶をして、司祭様にお世話になる事を伝えたら。
「いかなる時も正しいと思う道を進むと約束出来ますか?」
色々と話を聞いて、最後にそう問われたから。
「それは分かりません……」
頭の中に思い浮かんだ通りに答えたら。
「それで良いのです。その都度良く考えて自分の心に従いなさい」
そう言って指輪の着いた左手を軽く振った司祭様。
僕の頭上からキラキラした光が降り注いだ。
「貴方の未来に祝福がありますように」
「行くぞライル」
どうやらこれで終わったらしい。ヨシフおじさんと2人で教会を出る。
「これからは週に1度はさっきの教会へ行くように」
毎週司祭様の説法を聞いて来るように言われた。
祓魔師として活動するにはとても大切な事だって説明されたんだ。
「新学期の最初の授業で祓魔師連盟本部に連れて行く。それまで申請書は大切に保管しておけ」
大通りまで出てきて、ヨシフおじさんとはここでお別れ。僕は学園に、ヨシフおじさんは自宅に帰る。
帰ってる途中で乗り合い馬車で学園方向に向かうダズとイズさんを見付けた。
冒険者コースの皆も新学期が始まる前に帰って来るって気付いたら、寮に帰るのが少し嬉しくなった。
でも、その後の事は意味が分からなかった。
「ライル、これから先は授業中以外で話し掛けないでくれないか。僕だけじゃないイズにもだ」
寮のロビーで荷物を運んでいたダズにおかえりって挨拶をしたら、そう言われたんだ。
なんて言えば良いのか分からず呆然としてる僕と、僕と1度も目を合わせずに2階の部屋に向かうダズ。
本当に訳が分からなかった。
その後、ユングもケルビムもルーファスも、ペインまで同じ事を言われて……
1人で部屋の中で考えてた。
ダズからは話し掛けるな、ペインも同じ。
ユングは授業以外では関わらないでくれ、ルーファスも同じ。
でも、ケルビムだけが……
「この事についていつか話せる時が来ると思う、今はユングやルーファスを許してくれ。僕だってこんな事言いたくない、だけど仕方ないんだ。ごめんライル」
申し訳なさそうにしていた。
1人で考えても何も解決しなさそうだし、今日は寝て明日誰かに聞いてみようって思った。
「あれ……毛皮……」
ベッドの横に畳んで置いてた毛皮のマットがなくなってる……
クローゼットの中かと思って探してみたけど、どこにも無くて、清掃人さんが洗ってくれてるんだろうと思った。
仕方ないからベッドを使ってみようと横になってみる。
「やっぱり寝心地が悪い……」
椅子の背もたれを倒してそこで寝る。
明日から始まる二学期がどうなるか少し心配だった。
次の日始業式が終わった後に、通常授業に出るために前に1度だけ来たことのある教室に来てみた。僕の席はハンセンの隣だったはず。
ドアを開けて教室内を見回すと、後ろの席でハンセンがボーっと天井を眺めながら数人に囲まれてダルそうな顔をしてる。
「おはようハンセン」
声を掛けてハンセンの隣に腰掛けた僕を見て、ハンセンを囲んでた人達の中から、やたらキラキラした宝石を身に付けた女の子から。
「ちょっと、あなた。殿下を名指しで呼ぶとか分かってるんでしょうね?」
僕の事を睨み付けながら、大きな声でそう言われたんだ。
「おいフェリシア嬢、そいつには僕が許可してるんだ。僕の友人にそんなキツい物言いなんてしないでくれ」
そう言ったハンセンを見て僕は絶句した。
冒険者コースの授業中はニコニコして楽しそうにしてるハンセンだけど、今女の子に凄んだハンセンは別人みたいだったから。
「でも殿下……アレは平民です。平民が殿下の名を呼ぶなど……」
「僕が許可を出したのが間違ってるとでも言いたいのか?」
ゼルマ先生に初めて会った日、あの時に先生が放っていた殺気より鋭い殺気を飛ばしながら、普段から授業で見てたからかろうじて分かるけど殆ど不可視な魔鎖を女の子の首に巻き付けて……
目を細めて冷たそうな目付きで女の子を眺めてるハンセン、これは止めないとと思った。
「ハンセン、女の子に手荒な事はしちゃダメだよ」
「ああ、そいつも一応女だな。すまんすまん」
すまんと言うまでと言ってからと表情が全然違う。
そんな僕達を見てる他の生徒達。
ハンセンが前を向いたら、一斉に黒板の方を向いてしまった。
ハンセンの周りを囲んでた人達は自分の席に戻って行った。魔鎖を巻き付けられた女の子は僕のことを睨み付けながら。
「本当にウザイよなアイツら。僕の事はほっといてくれって言ってるのに教室に入ったら毎回あんな感じなんだぞ」
不貞腐れたハンセン。凄く不機嫌なのか顔を歪めて口なんかへの字になってる。
「何があったのさ?」
小さな声で聞いてみた。
「一学期は毎日だったんだからな。近寄るなって言ってるのに、休み時間のたびにニヤニヤしながら近付いて来てさ、ほんと辟易してんだよ」
「好かれてるんじゃないの?」
ハンセンを囲んでたのは殆ど女の子。男の子は2人しかいなかった気がする。
「好かれてるのは僕の身分だな。僕が平民だったら誰も相手なんかしてくれないさ」
その後、担任の先生が入ってくるまでハンセンの愚痴をずっと聞いてた。
担任の先生が二学期の授業の説明をし終わって、もうすぐお昼ご飯の時間。
ハンセンと2人で食堂に向かったんだけど、途中ルピナスさんとイズさんを見付けた。
「やあルピナス嬢、イズ嬢。二学期もよろしく」
笑顔で挨拶するハンセン。さっきと大違いだ。
「ルピナスさん、イズさん、こんにちは」
ついでに僕も挨拶しておいたんだけど、そしたら突然……
「ねえライル。護民官を目指してる私が護るべき民を護れないのは凄くムカつくんだけど、今の私じゃどうしようも出来ないわ。コレが私のホンネ」
そう言って頭を下げたルピナスさん。
「いつか私の力で変えてみせる。でもそれまで授業中以外で私に話し掛けて来ないでちょうだい」
イズさんは僕と目を合わせる事もなく下を向いてる。
「どうしたんだルピナス嬢。そんな物言いって……」
あたふたしてるハンセンだったけど、ルピナスさんは、そんなハンセンに向かって。
「ハンセン君、今の私じゃどうしようもないの。たとえ貴方の力でも無理だわ。でもいつか正してみせる。それまで待ってて」
そう言ってイズさんの手を引いて食堂へ向かって行った。
「何があったんだ?」
「僕もよく分からないよ。昨日他の冒険者コースの皆にも同じような事を言われたんだ」
食堂に着いてからも僕とハンセンの周りには誰も近寄って来ない、一学期は冒険者コースの皆で、色々と実習の事を話しながら昼ごはんを食べてたのに。
「なあユング。何があったんだよ?」
それが気になってユングを問い詰めるハンセンなんだけど……
「ここでは殿下と呼ばせていただきます」
突然真面目な顔をしてユングが答えた。
「殿下のお力でも足りない位の圧力が掛かりました。察してください、お願いします」
「そうか……分かった。ごめんなユング」
ユングから言われた事を聞いてハンセンがしょんぼりしてしまった。
悔しそうな顔をしてるユング、辛そうな顔をしてるハンセン、ケルビムもルーファスも下を向いてる。
「もういいよ、何がダメなのか分からないけど授業中は話し掛けていいんでしょ? それなら構わないよ」
僕がその場に居る冒険者コースの皆に聞こえるようにハンセンに声を掛けて、ハンセンを引っ張って皆と少し離れた席に座った。
「なぁライ……ごめんな……」
下を向いて僕にごめんって言うハンセン。
「何が? 何もされてないから謝る必要なんてないよ」
皆が辛そうな顔をしてるより、楽しそうな顔をしてる方がいいから、出来るだけ皆に言われたようにしようって思いながら、落ち込んでるハンセンの右足の指先にカユカユ魔法を掛けてみた。
「ん……んんっ……」
痒みが気になって左足で右足をモゾモゾしてるハンセン。
「どうしたの?」
モゾモゾしてる理由は分かってて聞いたんだけど。
「なんでもないよ。気にするな」
愛想笑いで答えてくれた。
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