ええと……


 朝早くに冒険者ギルドに向かって、まだ新しい依頼書が貼ってない掲示板から、数日前から残ってた【求む、ガシャ草の葉・50kgまで 報酬はギルドの通常買い取り価格と同等】って依頼書を手に取った。


「この依頼は見習いでも大丈夫ですか?」


 この時間の受付カウンターには買い取りカウンターにいつも座ってるスキンヘッドのおじさんが1人。


「んあ? ああ、そりゃ冒険者じゃなくても受けられる依頼だな。虫食いさえなければ硬い葉でも大丈夫だからよ、適当に綺麗な葉をむしってくりゃ良いぜ。とは言っても仕事は丁寧にな」


 そう言われて「はい」と答えて酒場に向かう。


「おはようございますクルトさん、ビスマ姉さん、依頼受けて来ました。今日はよろしくお願いします」


 ギルド酒場の4人がけテーブルに突っ伏して寝てた2人を起こして今日の仕事に取り掛かる。


「ああ……そうだったな……」


「朝から元気だねえ……呑みすぎて体がだるい……」


 そんな事をブツブツ言いながらも2人とも立ち上がってくれた。


「ビスマ、頼む……」「あいよ……」


 辛そうにしてる2人だったけど、ビスマ姉さんが軽く頭を振って出した魔法陣、状態異常を解除する魔法陣のはず……


「ふぅ……顔を洗ってくる」「行きながら水球で洗えば良いだろ、とりあえず出ようか」


 お酒臭い息で気だるそうな2人。

本当にこんな人達から指導を受けなきゃいけないのかって少し不安だった。


「ライル、依頼書を見せてみろ」


 ギルドを出てすぐにクルトさんに言われて、依頼書を渡してみた。


「お前はオシロイバナって分かるか?」


「はい、分かります」


 オシロイバナってのは毒耐性を付けるのに最初に使われてた草だ、今の時期なら白い花を付けてるはず。


「それがガシャ草だ、リンゲルグとは呼び方が違うから覚えておけよ」


 なんだ、オシロイバナなら見つけるのは簡単、匂いを辿れば大丈夫。


 そう考えていた僕は浅はかだった。


「ハァハァ……ハァハァ……」


「何やってんだいこれっぽっちで。冒険者は足を使う職業なんだよ、これくらいでバテてたら何も出来ないさね」


 王都の門をくぐってから、東の森まで走って来ただけなんだけど……


 2人とも凄く足が早くてついて行くのがギリギリだった。


「ビスマ、そうも言ってやるな。今の年齢だったら十分じゃないか」


 2人は息すら上がってない、軽く流して走ったって感じ。


「で、依頼はなんなんだい?」


「下剤の材料だな」


 僕の息が整うのを待っててくれる間に2人は色々相談をしてる。


「下剤ねえ……毎日快便のアタイには必要ない物さね」


「お前なあ……」


 そんな2人と森に入るんだけど、2人とも歩く時にバキバキと音を立てて歩いている。


 僕は出来るだけ音を出さない様に歩いてるのに……


 そして、最初のオシロイバナを見つけて採取を始めた僕に何かアドバイスをくれる訳でもなくて……


「アタイの若い時は配達系の仕事しかしてなかったから野草採取なんて全くさね」


「まあ俺も同じだな、採取なんて教えられないから自分で適当にやってみろ」


 そんな事を言われて、この2人は何しに来たんだろう? なんて疑問だった。


 毒草だから魔物も動物も食べないオシロイバナを見つけるのは簡単で、ちょっと鼻をひくつかせると花の匂いがあちらこちらからしてる。


 次から次へ葉を採取する僕だけど、2人は僕の後ろをバキバキと相変らず大きな音を立てて歩いている。


「いるねえ……」「ああ、見られてるな」


 そんな呟きが聞こえた、でも僕には何が居るか分からない。


「何が居るんですか?」


 そんな僕の疑問には……


「気にしなさんな、まだまだヒヨっ子は早い」


 そう言ってビスマ姉さんが1人で森の奥に向かって歩いてった。


「ライル、花の匂いに混じってる匂いが分かるか?」


 クルトさんに聞かれて匂いを注意しながら嗅ぎ分けてみた……


「いえ、何も……」


「そりゃ風下向いて嗅いだって分からんだろ、風上を向いてもう一度やってみろ」


 言われるままに匂いを嗅いでみた……


「何となく臭いです……」


「この匂いがオークの匂いだ、覚えとけよ」


 オーク……って、まだ見た事ない魔物だ。


「ビスマ姉さんは何しに行ったんでしょうか?」


「飯のおかず取りにでも行ったんだろ、気にせず採取を続けな」


 そう言われて採取を続ける僕に……


「この間はスマンな。大人気なく大声を上げてしまって」


 チラッとクルトさんを見たら、少し申し訳なさそうに謝ってくれたけど。


「いえ、僕が浅はかでした。叱ってくれてありがとうございます」


 あの後、今日までずっと考えてたんだ。


 もし僕の家族が、自分の不注意で命を落としてしまったら……


 たとえそれが本人の不注意だったとしても、魔物に殺されてたら、僕はその魔物を恨むだろうって。


 色々考えながら採取を続けてる僕と少し離れて僕の周りを監視してるクルトさん、ビスマ姉さんが帰って来るまで無言の時間が続いて少し重苦しい雰囲気になった。


 そしてビスマ姉さんが帰って来て一言。


「またダミーだったよ、この森のオーク共もちったあ知恵を使うようになったみたいだねぇ」


「そうか……どんな状況だった?」


 2人の話に聞き耳を立てながら採取を続ける僕。


 2人の話は……


 森の中の開けてる場所の殆どにオークのマーキングがしてあって、匂いでどの方向から来るか分からないようにされてるとかなんとか。


 そんな話を聞きながら、魔法鞄がいっぱいになったから茎を縛ってオシロイバナの葉を着始めた僕を2人が見て唖然としてる。


「なあ、なんだいそりゃ?」


「何がしたいんだ?」


 そんな事を言う2人に


「ギリースーツって言うんですよ」


 ションじいちゃんに教えて貰った葉っぱの服の名前を教えといた。


「あのなあ……そんな格好じゃ城門をくくれないぞ。貸してみろ」


「その格好を見てるとなんかちょっと懐かしいねぇ。アタイも持ってやるから半分貸しな」


 そんな事を言いながら僕の着てる葉っぱのコートをもぎ取る2人。


 そのまま今日は帰る事になったんだけど、集めたオシロイバナの葉は、たぶん50kgは余裕で超えてるから目標達成出来たと思う。


「アンタって祓魔師なんだろ? どんな悪魔の力を使えるんだい?」


 帰り道ビスマ姉さんから聞かれた事。


「それは……ヌルヌルした液体を出せるのと、痒く出来ます」

 

 とは言っても痒くする力なんてまだ1回も使った事が無いんだけど。


「ふーん、どれくらいヌルヌルしてんだい?」


「ベトベトからサラサラまで色々出せますけど」


 口で説明するより見てもらった方が早いと思ったから、試しに地面に出してみた。


「滑るっ! こりゃすごい! ヌルヌルしてるよ。」


「うわっ! 靴が脱げた……ライル、解除してくれないか?」


 ヌルヌルの上で滑って遊び始めたビスマ姉さんと、ベトベトで靴がくっ付いて片方脱げてしまったクルトさん。


「水で濡らせば溶けて無くなりますよ」


 自分で解除出来ないから、水で濡らして欲しいってクルトさんに伝えたら、小さな水球を作って靴を救助してた。


「痒く出来るって言うけど、どれくらい痒くなるんだ?」


「まだ1度も使った事が無いので分からないんです」


 正直に答えたらビスマ姉さんが凄い笑顔になって。


「アタイに1度思いっきり掛けてみな、痒いって言ったって痒いだけだろ?」


 1度も試した事が無いからって何度も断ったんだけど、思いっきり掛けなきゃ握り潰すよなんて、僕の股間を見ながら手をワキワキしつつ言われたから、仕方なく。


「モスキートン・最大出力」


 魔導書に載ってた悪魔の名前と、威力に関する発動する為のキーワードを声に出して、カユカユ魔法をビスマ姉さんに掛けてみた。


 そしたらビスマ姉さんの首筋から上の毛と言う毛か全部逆立って……


「うびぃぃぃぃぃひぃぃぃぃぃぃ!!!」


 なんて叫びながら転げ回りつつ鋭いクマの爪で全身を掻きむしってる……


「おい! ビスマ、少しじっとしてろ!」


 大慌てでクルトさんが胸ポケットから小さな小瓶を取り出してビスマ姉さんに中身を振りかけたんだけど……


「ぁぁぁぁぁ!!!ぁぁ!!!ぁぁぁ!!」


 呻きながらのたうち回るのが止まらないビスマ姉さん……


「どうしよう……どうしよう……」


「おいっライル、解除出来ないのか!?」


 首を横に振って答えた。


 その後はクルトさんと僕でビスマ姉さんの手が届かない背中を掻いて、ビスマ姉さんの痒みが収まるまで1時間くらいかかった。


 何度も何度もごめんなさいって謝る僕の頭をわしゃわしゃしながら。


「アンタが謝る必要なんて無いんだよ、アタイが掛けてみろって言ったんだから」


 そんな事を言われたけど……


『上級の解毒ポーションでも効果が無いのか』


 なんて嘆いていたクルトさんの呟きに、すごく申し訳なくなる。

学園の購買部で見た上級ポーションの値段は、どれも最低大金貨1枚以上してて、そんな高価な物を使わせてしまったなんてって後悔してる。


 しかもビスマ姉さんは全身掻きむしって血だらけだし……


「おいビスマ、返り血を浴びたみたくなってるぞ」


「ああ、治しとこうかね」


 そう言って治癒魔法を唱えるビスマ姉さん、見てる間に傷が治って行くけど血の跡は残ってる。


「なあクルト、コイツはアタイが思うに採取なんかじゃ実力を出せないと思うんじゃが」


 僕の肩を叩きながら笑顔のビスマ姉さん。


 斜め下からビスマ姉さんの顔を見上げてるんだけど、血の跡で少しグロテスク。


「それは俺も考えてたが、今は基礎を覚える期間だろ?」


 2人で僕の事を見ながら色々相談し始めたんだけど、ギルドに着いて納品の為に買い取りカウンターに向かおうとしたら。


「アンタの能力は誰それと言うもんじゃないよ、アタイが治癒魔法を発動すら出来ないくらいの威力だったんだ、悪用されたらたまったもんじゃないさね」


「ビスマ、とりあえず風呂に行くぞ。そんな格好で酒場に行けば何があったかきかれるだろ」


 それじゃまたなって言いながらビスマ姉さんを引きずってお風呂屋さんに向かうクルトさん、振り向いてから左手を小さく上げて振る姿がかっこよかった。


「おい、ボウズ。依頼は50kgだが3kgほど余るぞ。これもコッチで買い取りで良いのか?」


 買い取りカウンターのスキンヘッドのおじさんに聞かれたから。


「はい、状態のいい物を依頼の納品に、残りも買い取りでお願いします」


 答えたら、査定が終わるまで少し待ってろって、ぶっきらぼうに言われた。



 その日の仕事が終わって冒険者ギルドを出た時はまだ昼前。


 その時に気付いたんだ。


「2人が居たから……」


 普段なら魔物の気配を探りながら採取するから、もっと時間が掛かる、でも今日は1度も魔物の気配なんかしなかった。


 人より魔物の方が相手の力を計るのはずっと正確で、僕1人なら確実に魔物を引き寄せてたはず。


 その次の依頼を受けた時、2人に頼んで街道の所で待ってて貰ったんだけど、やっぱり僕の考えた事は正しかったみたいで、僕1人で森に居たら何回も魔物の気配を近くで感じた。


 そのせいで何度も手を止めて周りを確認して、この間の依頼より量は少ないはずなのに夕方になっても終わらなくて、採取1つにしても簡単なんかじゃ無いって思えた。


 


 

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