ゴブリンの槍
その日僕は、大人の人に本気で怒られた。
怒ってくれた人は、殆ど面識の無い人で、後になって、僕の事を考えて真剣に怒ってくれたのだと分かった。
その人と行動しているうちに、いつの間にか僕は心の中で、その人を師匠と呼ぶようになったんだ。
今日は朝早くに冒険者ギルドの資料室に来てみた。
難しくて読めそうにない本が沢山置いてある資料室だったけど、いつも買い取りカウンターで仕事をしてるギルドの職員さんに声を掛けられた。
「近場で採取するんだったらコイツを写して行きな」
そう言われて渡されたのは【子供でも分かる野草採取・改正版】と言う本で、絵付きで採取のやり方や注意点が書いてある図鑑だった。
「筆記用具は持ってるか?」
「はい。学園で支給して貰ったのがあります」
背中の魔法鞄から羊皮紙と羽根ペンを取り出して見せたら。
「そいつじゃ雨に濡れりゃ滲んで読めなくなっちまうぞ、酒場の横の売店で耐水紙と鉛筆を買ってきな。鉛筆は黒と赤と2種類買って、大事な部分は赤で書いとけば見つけやすいからな」
ぶっきらぼうに言われたけど、そうした方が良いならそうしようと思った。
「ここで少しは勉強して、次はマシなモン納品してくれよ」
そんな事を言うおじさんは、手に分厚い書類の束を持って収支報告書って書いてある棚に向かって行った。
ギルドの売店で売ってある耐水紙と鉛筆は、僕でも余裕で買えるくらいの値段だった。
今日受けるのは常設依頼にしようと思ってるから、図鑑から必要そうなページを写すんだけど、それまで絵なんか書いた事が無いから、僕の書いた野草の絵は、どれを見ても全部同じに見える。
絵の練習もしたいと思った。
「根っこは残して……」
この間言われた事を思い出しながら、東の森で採取を始めたんだけど、自分の書いた絵が目的の物と全然似てなくて少し面白かった。
「ふぅ……そろそろお昼にしようかな」
王都に来てから約4ヶ月、お昼ご飯に慣れた。
と言うか、お昼ご飯をちゃんと食べるようになった。
背負ってる魔法鞄から小さなパンを2つと水の入った皮袋を取り出す。
森の中でボケーっと食べるのは何かあったら困るからと、街道の近くまで来て、大きな岩の影で涼みながらお昼ご飯を食べた。
「ううっ……ひんやりしてて気持ちいいかも」
夏の暑さで少し体がダルいけど、午前中ずっと日陰になってた部分の岩肌はひんやりしてて気持ちいい。
そんな中街道をボーっと眺めてたら大きな馬車や小さな馬車、荷物を背負って歩く人、色んな人が通って行くのがすごいと思えた。
「あんなに沢山の馬車で何を運んでるんだろ?」
疑問に思ったのはそこ。でも王都だったら街の中に畑は無いし、森で取れる獲物だけだったら肉も足りなさそう。
「あの馬車は食べ物を運んでるんだろうな……」
麦の穂の紋章の付いた馬車がひっきりなしに通って行くのを見ながら、あれ一台で村の何日分の麦が運べるのか気になった。
「よし、昼から少し兎狩りでもしよう」
食べ物の事を考えてたら、村でおやつ代わりに食べてた兎の香草焼きが食べたくなった。
だから角兎を探そうと決めたんだ。
角兎を見付けて仕留めるのは簡単だった。
香草採取もそんなに大変じゃなかった。
兎の香草焼きを食べてから帰っても十分に日暮れ前に帰れそうな気がしたから、お昼を食べた岩の影の所で兎を焼いて食べようと思って色々準備してたんだ。
「美味しく焼けたら良いな」
兎を火にかけて薪を追加、暑いけど我慢。
少しずつ焼けていく兎を眺めながら、次に来る時は色んな調味料を持ってきたいなとか考えてたら……
街道の方から凄いスピードで僕目掛けて走ってくる人が1人……
「頭を下げて左によけろっ!」
30mくらい離れてる場所から大きな声を掛けられた。
その人が手に持ってるのはロープみたいに長い鞭で……
僕が避けた瞬間、僕の肩スレスレの場所を空気を切り裂いて炸裂音を響かせながら鞭が通過して行った。
最初は襲われたのかと思ったけど、避けろって言われたのを思い出して、何があったのかと思って背にしてた大岩を見てみると、音も立てずに大岩が真っ二つに別れてて、岩の上には体が半分に切れて血を流してるゴブリンが1匹……
「こんな所で何やってんだっ!」
僕の胸ぐらを掴んで怒鳴って来たのは、以前ギルドの酒場で僕を助けてくれた髭が凄い背の高い男の人で……
その人の肩越しに体の大きな女の人が近付いて来るのも見える。
「お前は何を考えてるんだ!」
女の人が止めてくれるまで、ずっと怒鳴り続けながら僕を叱ってる人。
1人で活動するならもっと色んな事に気を配れ、風下をちゃんと警戒しろ、何をしてても油断をするな、魔物の領域で血を流すな、他にも色々言われたけど……
「いいか、お前がゴブリンにぶっ殺されてしまうのは構わん、だが残された者の気持ちを考えろ! お前の親はお前がゴブリンにぶっ殺されたらどう思う!」
そう言われてハッとした。
僕の両親……だけじゃなくて……僕の村の人達は、誰かが魔物との戦いで死んだら、本当に悲しそうな顔をする。
死んだ人の家族は、殺した魔物と同じ種類の魔物にすごく怨みを持つようになるし……
周りの人達は居なくなった人の事を思い出して悲しそうな顔をして、その人の思い出話をしたりする。
「もういいじゃないかクルト。ソイツだって分かったみたいだから離してあげな」
困った顔をしながら止めてくれた女の人。
でも……
「あんたが悪い。こんな所で1人で飯の準備なんか駆け出しのやる事じゃ無いさね。クルトが助けてくれてなかったらゴブリンの槍で頭を突き刺されて死んでたよアンタ」
そう言われて大岩の上から垂れ下がってる真っ二つに別れたゴブリンの死体を見てみたら、ゴブリンの手には木の槍が握られてた。
「片付けてギルドに帰ろうさね」
そう言って僕の作った竈を土魔法で埋めてくれた女の人、僕の事を助けてくれた男の人は……
「言い過ぎとは思わん。死ぬよりはずっとマシだろうからな」
まだ怒ってた。
2人に追いて冒険者ギルドに帰って来た。
2人とはギルドの入口で別れて、僕は買い取りカウンターへ。
「ん、ちょっと待ってな。査定が終わったら呼ぶからよ」
午前中に集めた野草を買い取りカウンターに出して、カウンターの向かいの長椅子で待つ。
そしたら、僕を助けてくれた男の人が、買い取りカウンターのおじさんと何か話してた。
「おう、査定が終わったからこっちに来な」
そう言われて明細を渡されて1つず詳細を教えて貰おうとしたら……
「お前、明日から依頼を受ける時はコイツから色々教えて貰え。この間よりゃ少しはマシになったが、こんなの持って来られても半分は迷惑だ」
明細を見たら色々と細かく詳細が書いてあった。
減額ってなってる部分には横に【虫食い】【病気】【成分不足】と赤い文字で書いてあって、なんで減額されたのかわかるようになってた。
「この街の冒険者に知り合いなんて1人も居ないんだろ? 俺やビスマでイロハを叩き込んでやる、これは強制だからな。次から依頼を受ける時は必ず酒場に来て俺達を呼ぶように」
最初は嫌だと思った。でも、このまま何回も失敗しながら少しずつ覚えていくより、1度くらいちゃんと納品してみたいって思ったから……
「はい。迷惑掛けるかもしれませんがよろしくお願いします」
頭を下げてお願いしておいた。
寮に帰る途中、言われた事を思い出して少し悔しかった。
『ゴブリンだって飯を食うのに知恵を使うくらいするけぇの。泥を塗って匂いを消すし、風下から静かに近付いて襲っても来る』
僕だって兎を狩る時は風下から近付くし、鳥を狩る時は音を立てないように注意を払う。
『血の匂いをさせてりゃ魔物は集まってくるし、それがチビッ子1人でってなら襲いかかっても来る』
群れからはぐれて1匹でうろついてる魔物を狩る方が楽だもんな……
『魔法学園なんか通ってても覚えられないじゃろ? 魔物って言っても知恵を使う生き物じゃけえのぉ』
村で良く言われてた、野生の生き物ってのは食べる為に特化してて、野生の生き物の知恵から学ぶべき所は沢山あるなんて……
そんな事分かってたはずなのに……
『ゴブリンの飯になるよりは怒られた方がマシじゃろ? 今日クルトに言われた事を忘れなさんな』
寮に着いてからもずっと色々考えてた。
おかげで次の日寝坊して遅刻ギリギリですごく焦った。
「どうじゃった、昨日は稼げたかい?」
ボーウェン先生の講習の時に昨日の事を聞かれたから、昨日あった事を思い出しながら報告してみた。
「ふむ。確かに、学園の授業では覚えられん事じゃな。良い出会いがあったようじゃの」
通常授業に戻る為の特別講習だったけど、先人達の知恵ってテーマの授業をする事になった。
「じゃあ冒険者ギルドの資料室に置いてある資料ほ読んだ方が良いのですか?」
「そりゃそうじゃ。まだモルベット周辺の小さな都市国家じゃった頃からの資料が集まっとるからの」
冒険者ギルドの資料室に置いてる資料は、冒険者ギルドに蓄積された知恵の宝庫だと教えて貰った。
「沢山の先人達が積み重ねて来た物が集まっておる。そんな資料をタダで読めるんじゃ、使わん手はないじゃろ?」
時間がある時にでも読んでみなさいと言われた後に……
「指導してくれる冒険者に感謝するんじゃよ、その冒険者が経験して来た事を伝えてくれるんじゃからの。普通は金を払わねば教えて貰えん事じゃからな」
次にギルドで依頼を受けて色々指導して貰える時に、教えて貰える事を出来るだけ早く覚えて、びっくりさせてやりたいな。
そんな事を考えてた。
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