二学期は足早に
夏季休暇が終わった後、通常授業に戻った僕に待ってたのは午前中の通常授業が退屈な日々だった。
ハンセン以外のクラスメイトと話す事なんか殆ど無くて、唯一の話し相手のハンセンも授業を休みがち、冒険者コースの授業の時は他の皆と授業内容について話し合う事はあっても、私生活の事なんか殆ど話すこともない。
「悩んでおるのか?」
「ええと……」
通常授業に戻った後にクラブ活動ってのを始めた。
そこで選んだのはボーウェン先生の魔法陣学研究クラブ。
僕以外に学生は誰も居ないクラブで、放課後にボーウェン先生と2人だけで魔法陣のアレコレを学んでる。
「なんで誰も話し掛けてくれないんでしょうか? 僕が誰かに話し掛けても迷惑がられるだけですし……」
そんな僕の質問に少し困った顔をしたボーウェン先生が頭を下げながら答えを教えてくれた。
「ワシの師匠……と言うか大賢者がのう……」
そんな言葉から始まったボーウェン先生の話にびっくり。
祓魔師に対して友人の様な付き合い方をしたり、蔑む行為をした者は、その家族と共に罰せられる。
また、貴族が祓魔師を同列のように扱う事も禁ずる。
昔作られた法を引っ張り出して来て、全ての貴族籍を持つ家庭や、その他の上級国民の家に通達が行ったらしい。
「昔は祓魔師を護る為の法じゃったのだがのう。今の時代に引っ張り出して来ては、腫れ物扱いになるのは仕方ないじゃろうよ」
祓魔師の育成は国家の根幹に関わることらしいんだ。
そのせいで、周りの皆は僕と関係するのを嫌がってるんだと、僕に何かあったら家ごと没落してしまうらしく……
「国王陛下と大賢者しか法を改正する事が出来ぬ決まりでな、ワシがどれだけ諌言してもどちらも改正する気は無いようで……力及ばす申し訳ない」
悲しそうな顔をするボーウェン先生なんだけど、他の先生は僕の事を居ない人扱いするんだけど、この人はちゃんと僕の事を見てくれる。
「先生はなんで僕に色々と良くしてくれるんですか?」
疑問だったのはそこ。他の先生だとゼルマ先生やヨシフおじさんしか僕の質問には答えてくれないから。
「ワシはもう没落しとるでな。失う物は老いぼれたワシ1人の身体くらいじゃ。年寄りの朽ち果てて行く身体を護るより、若者の未来の方が大事じゃろ?」
そんな事を言いながらニヤッと笑って今日も新しい魔法陣を見せてくれる。
「でもお年寄りの知恵は大切です」
「そう思ってくれるなら幸いじゃよ」
村の年寄り達は体力が衰えても知恵と工夫で魔物と戦ってたし、ションじいちゃんなんか、曲がった腰の癖に僕より素早い動きで縦横無尽に森を駆け回ってた。だから年寄りの朽ち果てて行く身体より若者の未来なんて僕は思わない。
ヨシフおじさんの授業は殆ど全部が現地実習。
実習中にずっと祓魔師に必要な物、必要な知恵、必要な知識を口頭で伝えてくれる。
「悪魔が宿れば、ソレはもう魔物と同じだ」
貧民街の排水路に住むカエルに取り憑いた悪魔を祓いながら色々教えてくれる。
「だがな、悪魔を祓えばソレはまたただのカエルに戻る」
僕の手のひらの半分位のカエルなのに、三階建ての建物を一飛びで飛び越えて逃げようとするカエルを追い掛けるヨシフおじさんと僕。
「清らかな水が悪魔を祓う。覚えておきなさい」
ヨシフおじさんの魔導書から発動した魔法てカエルを捕まえたんだけど……カエルなのに牙が生えてたり、その牙から猛毒を飛ばしたりと、普通のカエルじゃ考えられないような悪魔憑きのカエル。
「都市部だけでも数千、国中を回れば数万にも近い悪魔が、今でも宿主を探してさ迷っている」
「どうやって見つけるんでしょうか?」
祓魔師連盟本部に入ってるくる様々な情報を元に信憑性の高い物から順に確認して、それが本当に悪魔憑きと分かれば連盟から祓魔師が派遣されるらしい。
「いずれはお前も魔導書を完成させる為に様々な依頼を受けてもらう。しかしまだ今は考える事ではない。通常の魔物とは違う悪魔憑きの魔物や動物を見分けられるような目を養え」
そう言われて様々な悪魔憑きを見学してるんだ。
「見ただけで悪魔憑きと判別出来る魔物や動物が殆どだがな、見た目では分からないタチの悪い悪魔憑きも居る」
ヨシフおじさんが1匹目のカエルから悪魔を祓った後に、カエルを発見した排水路まで戻って来た。
「見てみろ、アレの違いがわかるか?」
「尻尾が普通のネズミより赤いです」
沢山のネズミの中から1匹だけ他と少し違うネズミを見つけた。
「うむ、目は良いようだな。しかし尻尾だけではないぞ、もう少し観察してみろ」
そう言われてよく見たら、額に水色の石が付いてる。
「気付いたようだな。額の部分に付いている石は魔石と同じ物だ。悪魔憑きの研究でわかっているのは、あのまま放置しておくと魔物に変化するという所だけだ」
そう言った後に右手だけを人狼化させたヨシフおじさん、小さな石を1つ拾って20mくらい離れてる場所でこっちを伺っていたネズミに投げ付けた。
「今日は良い日だ、1日で2体も増えたんだからな」
キラキラした光がヨシフおじさんの魔導書に吸い込まれて行った、そしてニヤリと笑ったヨシフおじさん。
「さあ今日の授業はここまでだ、後は教会で説法を受けてきなさい」
そう言われてヨシフおじさんと別れて貧民街の教会に向かう。
その日の司祭様の説法は「たとえ正義だったとしても、それが必ず正しい事とは限らないんだよな……」と言う勇者の呟きについてだった。
ゼファーソン司祭の話は僕より小さな子供でもわかりやすいように、簡単な言葉にして教えてくれる。
ただ、ションじいちゃんが死ぬ前に言ってた事と同じ事を勇者が言ってたって知った時は少し驚いた。
たぶんションじいちゃんは、勇者の話を僕にしてくれたんだろうなって思う。
『片方から見て正しい事を決めるなんてアホのやる事だ、見る方向が変われば正義なんて簡単に覆るんだよ。お前の父親が魔物に殺されてお前が魔物を怨むのは分かる。だけどお前の父親にそれまで殺された魔物の家族は、お前の父親を怨んでなかったって言えるか?』
ションじいちゃんが亡くなる1週間前に、魔物との戦いで父親を亡くして村に修行に来てた人に酒場で話してた事、なんとなくだけど今なら少し意味がわかる気がする。
寮に帰って来ても誰も僕と顔を合わせようとしないのにも慣れた。食堂で夕食を受け取って自室に帰って食べるのも慣れた。
でも……
未だにフカフカのベッドで寝るのは慣れない。
毛皮のマットが部屋からなくなって、それからも僕の私物が留守の間になくなる事があった。
今は持ち物全部を魔法鞄に入れて持ち歩いてる。
そのせいで休日に受ける冒険者ギルドの納品系の依頼で、大量に納品が必要な依頼を受けられなくなった。
クルトさんもビスマ姉さんも運んでくれるって言うんだけど、自分で出来るようになりたいから断ってる。
『1人で無理すんじゃないよ、何かあった時はアタイ達に頼りな』
まだ僕1人で大丈夫。でも本当に困った時は頼ろうって思う。
『気になる事があったら、なんでも質問していいからな。俺達のわかる範囲でなら答えてやる』
クルトさんに質問して良いって言われたから、なぜ大きな足音を立てて森を歩くのか聞いてみた。
『お前も魔物の足音を聞けば警戒するだろ? 魔物だって同じだ、人間の足音を聞けば警戒もするし逃げもする。戦うつもりが無いなら、あえて相手に警戒させる事もアリだぞ』
と、教えてもらった。
今の所、貯金は少しずつ増えてる。
そして目標だった金額を超えたんだ、だから次の休みはハンセンと2人で買い物に行く約束をしてる。
『ちくしょう、僕も夏季休暇にバイト出来てたら欲しい物が買えたのに』
そんな事を言うハンセンに何が欲しいのか聞いたんだけど……
『家が欲しいのさ。大きくなんてなくていい、僕と母上が安全に暮らせる家が欲しいのさ』
なんて言ってた。家なんていくらするんだろ?
多分だけど安くはないはず。
『今は師匠が居る、だけどそれも永遠じゃない。だから自立したくてさ』
ハンセンが貯めてる貯金総額を聞いたんだけど……
『王宮に連れ戻される前にやってたドブ掃除で貯めたのが銀貨3枚と鉄貨4枚かな。まだまだ先は長いよ』
なんかキラキラしてるハンセンがドブ掃除とかしてたなんて信じられない。
『こう見えてもランデンベルで1番のドブ掃除夫だったんだぜ、魔法を使ってちょちょいのちょいってな』
そう言って校庭の済の側溝を拘束魔法を使って一瞬でドブさらいしてしまうハンセン。
ニヤッと笑った口元がキラッと光って少しイラっとした。
実家に手紙を書いてみた。羽虎亭という宿屋の前を通りかかった時にポンセさんに久しぶりに出会えたから。
『手紙くらいならお金なんて要らないよ、ちゃんと届けるから安心して』
なんて言われたけど、ビスマ姉さんに。
『王都からリンゲルグまで手紙を運んで貰うなら銀貨2枚が相場だね』
と教えて貰ってたから、ちゃんと銀貨2枚を渡しておいた。
父さんや母さんに心配をかけたくなかったから【毎日が目まぐるしく過ぎて行きますが僕は楽しくやれてます】と、締めくくっておいた。
もうすぐ二学期も終わる。冬季休暇が終わったら、いよいよ来年のクラス分けの為の模擬試験がある。
筆記も実技もちゃんと及第点を取れるように頑張らないと。
そんな事を考えながら、次の休みに行くつもりの寝具店の事を考えながら、自分に合った布団があるか気になって眠れなかった。
祓魔師は魔導書をコンプしたい サン助 ハコスキー @San-suke
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