逃げカルロ


 レグダ城塞都市の外壁、その周りの露店や屋台をカルロさんと2人で散策していると、たまにカルロさんが値切り交渉して、見た目には良い物と言えないような様々な物を買い込んでいくんだ。


「呪われそうな雰囲気の汚れた人形とか何に使うんですか?」


 さっき手に入れたのは、とある露店の隅に土埃を被ったまま放置されてた汚い人形、銅貨2枚だったけど、そこから半額まで値下げ交渉するカルロさんが凄いケチだと思えた。


「これってね、身代わりの依代って言う立派な魔道具なんだよ。そんなに効果の高い魔道具じゃないけど、食あたりや風邪なんかを身代わりに引き受けてくれる物でね、レイラさんにあげようかなって」


 なんだと……俺も欲しいかも。


「何回くらい使える物なんですか?」


 気になるのはそこかな。


「ちゃんと洗って大切にしてあげたら、何回でも身代わりになってくれるよ、魔力が切れてしまうまでずっとね」


 どれくらいの食あたりまで効果があるのか気になるけど、俺も見つけたら手に入れようって心に決めた。


 ダンジョン産の色々なアイテムを手に入れたカルロさん、目がお金マークになってる。


「いやぁ、やっぱり闇市は素晴らしいね。この短剣なんかホントに掘り出し物だよ。魔力量で長さが変わるなんて勇者の剣みたいじゃないか。好事家に見せたらいい値段を付けてくれそうだ」


 先日俺が来た時に、売り込みをしてきた少年から、値切りもせずに購入した短剣、質はそれ程良い物じゃないけど付いてる効果が素晴らしいそうだ。


「ポンセ中隊長! お久しぶりでございます!」


 ペインやルピナスさんを訪ねようと城門を潜ろうとしたら、突然大きな声で門番さんから敬礼されたポンセさん。


「ああ、久しぶり。でももう中隊長じゃないんだから、敬礼なんてしなくても良いよ」


 あれ?【逃げ】なんて不名誉な二つ名を持ってるとしたら、門番の、あの尊敬する様な眼差しはどういう事なんだろ?


 そんな事を考えながら護民官の屋敷に到着したけど、屋敷の前の道端でペインを追っかけ回す子供達を見つけた。


「おっちゃん、ちーす!」


 その中の少年が1人、俺の事をおっちゃんと言いながら脛を叩こうとしてくる。


 当たる直前に膝下の力を抜いて、当たった瞬間膝を曲げていなしてやったら、驚いた顔しながら転んでしまった。


「甘いな、狙ってる所が丸わかりだぞ」


 転んで隙だらけになったケツに、あまり力を込めず軽目のカンチョー。


「うぎゃー! 俺の事は気にするな、お前達にはやらなきゃいけない事があるだろ。俺の屍を越えてゆけ」


 ペインを追い掛けてた少年達に向かって、大袈裟に叫んで地面に突っ伏したカンチョー食らった少年……


「それって勇者物語のアレだろ?」


 懐かしいな。学生時代に渡された本で、字が読めるようになったのが嬉しくて、何度も熟読したせいで、セリフの殆どを覚えてる。


「おっちゃん、俺は殺られたんだから死体だよ。死体に話し掛けんなよ」


 おお……これはごっこ遊びと言うヤツだ。


「それはごめんな。フェイリー準男爵に用事があって訪ねて来たんだけど、取り次いでくれないかな?」


 俺の言葉に反応して、突然飛び上がった少年。


「ん? 姉ちゃん先生? ばあちゃん先生?」


 ちゃんと姿勢を正して聞く姿勢になってくれた。





 ルピナスさんとの交渉は無事成立、ブラッドホーンの半身を月に1回納品する事になった。

それくらいなら余裕だ、3日と開けずに村の小さな畑に野菜を食べに出現するし。


「毎日の食費が1番の悩みの種だったの。子供達に美味しいお肉を食べさせてあげたくても、毎回お金の問題が付き纏ってたから悩む所だったのよ」


 焼いた肉をひと切れ試食したルピナスさん、その時は何の肉か教えてなかったんだけど、1口食べたらブラッドホーンの肩ロースだってすぐに気付いた。


「味より量の子供達に少し勿体無い気もするけど、美味しいモノは皆で食べないとね」


 レグダのダンジョンでもブラッドホーン肉はドロップするらしく、たまに食事会とかで食べる事もあるらしい。そこそこ高級肉だって教えて貰った。


「はい、認可状。これを見せたら西部のどの商会でも邪険に扱われる事は無いはずよ」


 フェイリー準男爵家の紋章が焼印された羊皮紙を受け取って、ゼルヘガンへ向かおうと思ってたんだけど、物陰からペインに小声で話し掛けられた。


「なあ……隣の人ってポンセ三百人将だよな? ちょっと紹介してくんねえか?」


 最初は意味が分からなかったけど、護民官の屋敷を出て軍人さん達に囲まれるカルロさんを見てたら少し理解出来た。


「ポンセ中隊長! おかえりなさい」

「お待ちしておりました!」


 沢山の軍人さんから囲まれるカルロさん、囲んでる軍人さん達の殆どは、ある程度年齢のいった中年の方々ばかりだ。


「カルロさんって人気者?」


 物陰から出て来たペインに聞いてみた。


「は? おま……知らないのかよ?」


 そしたら、怪訝な顔をされてしまったんだ。


「迷宮攻略隊の生きる伝説だぞ。【殿しんがりポンセ】をホントに知らないのか?」


 全く知らない。だから分からないって正直に答えたら、軍人さんたちにカルロさんが解放されるまでずっと、ペインにカルロさんの伝説的武勇伝を熱く語られてしまった。


「小さい頃からずっと憧れてました。お久しぶりですポンセ三百人将」


 いい笑顔で握手を求めるペインなんだけど、カルロさんは少し引いてる。


「将軍閣下のご子息ですよね? 18年ぶりでしょうか……よく覚えてましたね」


 引きながらも握手には答えてる。


「父がずっと愚痴をこぼしてましたから「奴が退役してからと言うもの、訓練中に怪我をする者が増えてしまった」と」


 なんと言うか、ペインの目が、素敵な物を見つけた子供の眼差しになってる。


 そうこうしてるうちに……


「カルロォォォォ」なんて怒号と共に巨馬に跨ったペインにそっくりな大男が暴走しながら近付いて来た。


「将軍閣下に敬礼!」なんて軍人さんの声がしたと思ったら……


 周りの住人も含めて近場に居る全員が敬礼してしまった。


「はぁ……長くなりそうだ……」


 そんなのと同時にカルロさんのため息混じりの声が聞こえたんだ。




「大変でしたね」


 解放されるまで丸一晩、レグダの軍人さん達は暇なんだろうか?


「あんな事になると分かってたから近寄らなかったんだけどね。さすがにちょっと時間を開けすぎだったかな」


 行商人になる前のカルロさんは【殿ポンセ】と呼ばれた三百人将で、迷宮攻略隊の中でも1番危険が伴う深部からの撤退戦で活躍した人らしい。


「ドラゴンゾンビと素手で殴り合うとか凄いですね」


 ゼルヘガンに向かう途中で、ペインから聞いたカルロさんの武勇伝で、特に気になった所を聞いてるんだ。


 ゾンビ系の魔物と素手で殴り合うとか、どんだけなんだよって感じ。


「それは誇張され過ぎだよ。篭手をちゃんと付けてたからね」


 今現在確認されてるのは85階層まで、そこまで到達しようと思ったら物資を運ぶポーターや、安全に休むための拠点作成をする工作隊なんかを大量投入して、それでもなお、危険が伴うらしい。


「それにあの時は誰かが残るしかなかった訳で、それがたまたま私だっただけでさ……凄いわけでも無いよ」


 色々話してて、でも俺が1番気になった事はまだ聞けてない。


 俺が気になった事って言うのが……


「なんで軍を退役して行商人になったんですか?」


 そう聞くと、カルロさんの顔が少し赤くなった。


「たまたまだったんだよ、たまたま。闇市で色々と古道具を見て回ってる時にね、すごく綺麗な女性が露店を開いててね、色々と話してたらリンゲルグ村から来てるって言われたんだ」 


 ん……それは……


「で、華奢で可憐な女性1人で危険なハルネルケの森を抜けて、レグダまで物を売りに来てるなんてとんでもないって思えてしまったんだ」


 華奢だけど可憐じゃないと思うぞ。ワイバーンくらいなら姿を見つけたら逃げて行くし……

 地竜だって、目の前にすれば尻尾を巻いて逃げ出すくらいだから。


「恋をしたのは初めてでね、夢中になったよ。夢中になればなるほど傍に居たくて、気が付いたら軍を辞めて、行商人になって、リンゲルグ村御用達になってたって訳」


 つまり姉さんに惚れて、リンゲルグ村に行く為の理由作りに行商人になったらしい。


「レイラさんが戦う姿を初めて見た時は……アレが神話に出てくる戦乙女かって、心の底から感動したもんだよ」


 そんな良いもんじゃ無いと思う……


「フライパンで殴る姿がですか?」


 姉さんが使う武器の殆どは自前で召喚した武器なんだけど、1番使う頻度が高いのがフライパン。


「私が初めて見た時は、薄く鋭く美しいガラスの大剣だったんだけどね」


 ああ、たまに美味しそうな魔物を見つけたら使ってるな……フライパンで叩き潰すとミンチになっちゃうからって言いながら。


「幸いな事に僕もクウォーターエルフだし、レイラさんもクォーターエルフで、寿命にも差が無いから結婚相手として、レイラさんほど相応しい相手に出逢えたのは幸運だよ」


 因みにカルロさんは虎の獣人とハーフエルフの両親を持つクォーターエルフ。髪の毛にすごく特徴があって、金髪と黒で色が別れてるんだけど、凄く綺麗な虎柄をしてるんだ。


「いつかライル君も分かるよ。本当に好きな人が現れたら、その時は必ずね」



 因みにゼルヘガンでの商売は、たまたま途中でボーウェン先生と出会って同道して貰ったり、フェイリー家の認可状を定時したりして、思いの外スムーズに終わってしまった。


「先生、ごめんなさい。先日預かった荷物、両親に渡すの忘れてました」


「出来るだけ早く渡してくれると助かるんじゃがの、今度は忘れんでくれよ」


 そんなやり取りのあと、森を突っ切ってリンゲルグに帰る途中……


「でもカルロさんって【殿ポンセ】って呼ばれてたんですよね? なんで【逃げ】なんですか?」


 逃げカルロって二つ名だと教えて貰ったんだけど、誰もそう呼ぶ人は居なかった。


「ああ、それは……私は訓練が凄く嫌いでね。集団演習は仕方ないから出てたけど、普段の訓練から逃げてばっかりで、指導教官から逃げカルロって呼ばれてたんだ」


 訓練してないのに、この強さ……


「結局今じゃ毎日が訓練みたいなものだけどね」


 森を抜ける途中、様々な大型魔物から襲撃されたんだけど、どんな魔物もカルロさんから殴られて逃げて行く。


「すいません、姉さんが……」


「大丈夫だよ。だってレイラさんを心の底から愛してるからね」


 魔力が多すぎて、常に身体強化を最大で発動しっぱなしの姉さんと一緒に生活するのは、普通の人だったら地獄だろうけど……


「ちょっと抱き締められたくらいで肋を数本へし折られる私が悪いんだから」


 そんな時は逃げて欲しい。


 村のヒーラーから1番沢山治療されてるカルロさんを見て、そんな事を思ってしまった。


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