異常な日常
実家に帰って来て1週間くらいかな、お土産も殆ど食べ尽くして、村の生活に少しずつ溶け込んで、今じゃ昔と同じ様に生活出来てる。
「ライル君、落とし穴の方に誘導頼むよ」
今の俺はションじいちゃんが住んでた家に住んでて、カルロさんや姉さんと一緒に当直をしてる。
「もちろんです、出来るだけ綺麗に仕留めましょう」
村に存在する小さな畑、そこに生えてるトマトを狙って、ブラッドホーンって言う魔物が2頭、朝早くから現れたんだ。
「皆は考え無しに吹き飛ばすけど、ライル君はそんな事が無いからホントに良かった」
出来るだけ毛皮を使えるように残したいんだ。
他にも、角だって綺麗な形のままで狩りたい。
村の価値観で言うと、危ない事をするより吹き飛ばせだけど、こいつ1匹丸ごと綺麗なままで仕留められたら大金貨何枚だよって位の価値があるんだ。
「小さい方は追い払いますよね?」
大きい方は体長8mくらい、長くて柔らかい毛がモフモフしてる。いい絨毯に出来そうな個体だ。
「勿論だとも、1匹でも綺麗に狩れるなら十分だからね」
小さい方は5mくらいかな。
俺が大きい方の個体の前に飛び出して、トマト畑の柵から引き離す。
小さい方の個体は、柵に頭を突っ込んで壊そうとしてるんだけど、柵の畑側に立ってるカルロさんの、豪快な右拳のひと殴りで、叫びながら逃げてった。
「ほーれ、俺は美味いぞ。こっちだこっちだ」
左手にトマトを1つ持って、ブラッドホーンの目の前で揺らしてやると、目の色を変えて俺に襲いかかって来る。
「紫印の落とし穴は、底に刃物が並べてあるから使わないでね」
何種類かある落とし穴のうち、黄色の目印がしてあるのが、何も仕掛けの無い落とし穴のはず。
「夜ご飯はトマト煮込みでいいよねー?」
「はーい、なんでも大丈夫でーす」
走りながら返事をする。
ブラッドホーンなんて、王都圏で見付かったら街道封鎖されてしまう程の魔物なんだけど、村じゃ夜飯の材料でしかないんだよな……
因みに、ブラッドホーンってのは、真っ赤で大きな角と赤黒い小さな角が2本生えた魔物で、ションじいちゃんはトリケラトプスって呼んでた。
全身がサラサラでふわふわの被毛で覆われてて、敷物にしたり、マントにしたり。冬の防寒着に最高の革になる。
肉は鶏肉に近いかな、トマトと一緒に煮込むと美味しいんだ。
「ほーれ、あっちだぞー」
右手に持ち替えたトマトを地面に大きく黄色でバツ印をしてある所に投げる。
真っ赤に熟れたトマトを追いかけてブラッドホーンが走って行くのを見ながら呼吸を整えてると……
ズドーンって感じの大きな音と、少し揺れる地面。
「お見事。拳で仕留めるのは大変でね、走るのも苦手だから毎回苦労してたんだよ」
「やっぱりライル君は器用ですねぇ〜。お姉ちゃんだったら、ぺっちゃんこに潰しちゃいそうですからぁ〜」
深さ30mくらいある穴に落ちた衝撃で首の骨が折れて動かなくなったブラッドホーンを見てたら、馬に乗った姉さんと、馬の手綱を引いて歩いてるカルロさんさんが近付いて来た。
バショーが俺より姉さんに懐いてるとか……
旦那に手綱を引かせてるとか……
編み物をしながら馬に乗ってるとか……
色々とツッコミたい所はあるけれど、2人が来てくれて助かった。
俺1人じゃどうやっても運べないからな。
「姉さん、お願いしていい?」
「もちろんですよぉ〜」
召喚魔法ってのは色んな種類があって、そこに無い物を魔力で作り出す召喚魔法や、マーキングした物を呼び寄せる魔法なんかが一般的。
姉さんは、どっちの召喚魔法も得意らしい。
「マーキングは終わりましたよ〜、蓋を召喚するんで離れてくださいねぇ〜」
落とし穴の蓋は、村に住む数人の召喚術士が魔法で作り出した物。
人が乗ったくらいじゃビクともしないけど、大型の魔物が乗ったら簡単に壊れるように作ってある。
編み棒を器用に動かして編み物をしながら、鼻歌交じりに唱えた姉さんの召喚魔法で落とし穴の蓋は元通り。
「解体するのはマスターネルおじちゃんにお任せしましょうかねぇ」
村で唯一の酒場のマスターは、どんな魔物でも捌いてくれる凄い解体職人。
皆がマスターって呼んでるけど、酒場のマスターだからじゃなくて、マスターネルって名前だから。
因みに、マスターの本名を知ったのは1週間前の事だ。
「毛皮や角や牙なんかは税を収めるのに売却するとして……あと何体必要かな……」
村の皆は金勘定が嫌いと言うか苦手と言うか……
どんぶり勘定過ぎて呆れるってカルロさんは良く言ってた。
今じゃカルロさんが、村の出納係をしてるらしい。
「結構高いんですね税金」
「ハルネルケの森全体の所有税だからね。旧街道から西側全体が勇者領だから、それなりの金額になっちゃうんだよ」
王都圏が3つくらいスッポリ入る位の広さのハルネルケの森。その大部分が勇者領って呼ばれる他の勢力が一切手を出さない領地なんだ。
そんな森を守る為に毎年莫大な金額の税を村人達で収めてる。
「自由に森に出入りさせても何も出来なそうですけど」
「個人だと無理だろうね、でも集団になると人間は怖いよ……」
そう言われたらそうかもしれない。
「とりあえず帰ってトマトでも収穫しようか」
「少しハーブでも採って来ます」
トマトと肉だけシチューより、他の食材もあった方が良い。
「ああ、それならマッシュルームをよろしく」
「ライル君気を付けてねぇ〜、姉さんはエリンギが食べたいですぅ〜」
間延びした姉さんの声を聞くと力が抜ける気がする。
1人で森を散策してると、あちらこちらから戦う声が聞こえる。
距離的には結構離れてるけど、火柱が立つのや氷像なんかが出来上がるのを遠目に見てると、すごいな村人としか思えない。
「おっ舞茸じゃん。結構生えてんな」
巨木の幹を駆け上がって、大きな枝に生えてた舞茸を確保。そのまま周りを見てみれば……
「あっちの木にシメジ生えてんじゃん」
あちらこちらに食べられるキノコが生えてる。
「お兄ちゃーん、避けてー!」
そんな事を言われなくても避けるさ。
周りの音をずっと気にしてたから、矢が飛んで来るのなんて分かってる。
飛んで来る方が分かってるから、当たらないように木に体を隠す。
「ナメッシー」ついでに木にネバネバの粘液を厚めに付けといた。
隠れて2秒くらいして、木に大量の矢が突き刺さる。
一度に何本放ってんだよなんて呆れながら見てたら。
「なにしてんのよ! ここらで狩りするって言ってあったでしょ」
結構離れた所から大声で叫ばれた。
「言ってたのは1kmくらい向こうだろ。こんなとこまで飛ばすなよ」
俺の妹、3歳下のアイリーン。金髪の直毛と緑の瞳、耳が長くて尖ってて見た目はまんまエルフそのもの。
「抜くの手伝ってよ」
因みに、木に刺さった矢を抜くのを手伝わされると思って粘液を出したんだ。
「水魔法で濡らせば簡単に取れるよ」
「なにそれ? そうなの?」
弓と風魔法と水魔法の名手だったりする。
「うわぁ、気持ち悪い……何このネバネバ……」
「今日の夜飯はブラッドホーンのトマト煮込みだってよ」
妹の愚痴は無視して、とりあえず夜のメニューを教えといた。
「おお、それならこれも持って行ってよ」
妹が腰に付けてる小さな鞄から俺に渡して来た物……
「なあ……白トリュフなんて何処に生えてたんだ?」
王都でキノコ専門店に並んでるのを見てビックリした食べ物。
小さな白トリュフ1つで金貨2枚とかだったし……
「聖女のお墓の所にある大きなイチョウの木の近くだけど、なんで?」
「カルロさんに渡しとくよ」
沢山集めて売りに行こうかな、少しは税の足しになるだろ。
今はそれより、美味い煮込みが食べられそうな方が大事かな。
「洗濯物溜まってるからよろしくね」
ネバネバに突き刺さってる矢を全部抜き終わって、帰る時にそんな事を言われた。
「自分でやれ、下着まで洗わせんな」
「え〜……ケチっ!」
そんな感じで、村の日常は過ぎていく。
「いやあ助かるよライル君。ギルド証を返納してから買値を叩かれててね」
「直接何処かの商会に降ろせば良かったんじゃ?」
カルロさんの魔法鞄がいっぱいになって、中身を処分する為にゼルヘガンの町に向かってるとこ。
まっすぐゼルヘガンを目指しても良いけど、レグダに少し用事があって寄って行くんだ。
「商人ギルドは辞めちゃったからね、信用が足りてないんだよ。まあそれが結婚の条件だったから仕方ないけど」
村に住む冒険者達は、自称冒険者なんだ。
各ギルドがハルネルケの森に干渉して来ないように、今は亡き勇者が「リンゲルグ村に住むなら、どこのギルドにも所属してちゃダメだ」なんて決めたかららしい。
それを知ったのは最近の話。
ちなみに俺は冒険者ギルドを辞めてはいない、半年くらいで次に向かおうと思ってるから。
「フェイリー家の方と知り合いってのは有難いね、わざわざ森を突っ切ってゼルヘガンに行かなくても済むし」
村からゼルヘガンに向かうには馬車がかろうじて通れるくらいの道しかない森の中を通り抜けないとなんだ。
「俺の鞄に入れてる肉を寄付すれば協力してくれると思いますよ」
いちおうゼルヘガンにも行くつもり、俺の冒険者ギルド証を使ってギルドに買い取り査定に出してみるつもりだから。
でも本命は、レグダの護民官経由で商業ギルドと交渉するか、冒険者ギルドと交渉するかなんだ。
護民官を間に挟めば、適切な金額で引き取ってくれるだろうって事だ。
「レグダに行くのも久しぶりだから緊張するね」
カルロさんって、行商人になる前はレグダ城塞都市所属の軍人だったらしい。
「カルロさんが軍隊に居たなんて、全然見えませんね」
いつもニコニコしてて、優しそうな感じの人なのに、軍人だったなんて意外だった。
「これでも二つ名もあったんだよ。中隊長だったんだからね」
強いのは知ってる。ここ数日の当直で何度も戦う所は見てたから。
体長5mの大猿の腹を、1発ぶん殴っただけで悶絶させてたくらいだ。
「どんな二つ名だったんですか?」
ちょっと気になる。
「恥ずかしいな……教えないとダメ?」
「恥ずかしいならいいですよ、ちなみに俺はサウスポートで【エビ食いライル」って呼ばれてました」
俺は恥ずかしく無いよ、大切な二つ名だもん。
「レイラさんには内緒だよ。私は【逃げカルロ】って呼ばれてたんだ」
えっ……カルロさんってめちゃくちゃ強いのに逃げ?
そんな感じで疑問符を浮かべてたら……
「色々あったんだよ。さあ、もうすぐレグダだ、久しぶりだから闇市も覗いて行きたいな」
「時間に余裕はあるので見ていきましょうか?」
何となくはぐらかされた気がした。
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