帰って来た最前線


 背中の痒みでのたうち回る両親と妹、それを遠くから眺めてるポチ……


「ポチー、ただいま」


 4年ぶりに会うけど、わかってくれるはず。

 地面を転げ回ってる3人を、空き家になってるションじいちゃん家の陰から心配そうに見ていたポチだけど、声を掛けたら俺だって気付いてくれたみたいだ。


 ものすごい勢いで尻尾を振りながら走りつつ、俺に向かって飛び掛って来た。


「フガッ!フガッ!」


 因みに、ポチは森魔狼。俺が7歳の時に森で拾って飼い始めた雌の狼なんだ。名前を付けたのはションじいちゃん。


 尻尾まで含めると体長2.4m。森魔狼の成体だったら普通サイズだけど、胴回りが普通の森魔狼の2倍くらいある、ぽっちゃり美狼さん。


「ヨダレ……」巨体でのしかかられて、全身舐め回されてヨダレまみれになったけど、久しぶりの再開だから怒らない。


「相変わらず匂いが……」


 水浴びが嫌いで、滅多に体を洗わせてくれないポチなんだけど、なんと言えば良いか、生ゴミみたいな匂いがする。


「後で体を洗ってやるからな」

「クゥーン……」


 頭の毛をわしゃわしゃしながら語りかけてやると、ションボリしてしまった。


 村で飼ってる動物って、姉さんが通訳をしてくれると言うか、調教をしてくれると言うか、殆どの動物が人の言葉を理解してる。


 村を出て、人に飼われた動物を初めて見た時に、言葉を掛けても反応が無くて困ったっけな……。


 お互いに背中を掻きあってる我が家族、両親と妹を見てみれば、ひとしきり掻きむしったのか、落ち着いた所だった。


「どうやってあんな部屋で生活してたんだよ」


 ギャーギャー騒ぎながら背中を掻きあってた3人、今は肩で息をしながら涙目でこっちを見てる。


「レイラの家に居候してるんだ」

「カルロ義兄さんってすっごく料理が上手なんだよ」

「で、お掃除は何時間くらい掛かる? その間に夜ご飯食べて来ようかな」


 くっ……新婚家庭に居候とか……

 カルロさんに料理を任せてるとか……

 母さんなんか、酒場に行くつもりだ……


「お〜い、ライル君。久しぶりだねえ」


 3人を見て呆れてたら、カルロさんが姉さんと一緒に近付いて来る所で……


「美味しそうなエビだねえ、あれなら水槽の中身ごと全部沼に放てば大丈夫だよ」


 カルロさん……この3人にそれを教えちゃダメだ!


「美味しそう?」「美味しいのか」

「食べるべきでしょ」


 トイレは俺が1番近い、3人が行動に移す前に……


「ピーガン」この3人には容赦なんてしたらダメだ。


 もちろん俺も巻き込まれるんだけど、掛けた瞬間トイレに向かってお尻をキュッと締めながら向かい始めたから大丈夫。トイレは使わせてもらう。


「お兄ちゃん! 早く出てこい、ぶっ殺すぞ」

「なんて事をするんだライル。それでも長男としての自覚はあるのか」

「お腹痛い……お腹痛いよぉ……」


 この3人に水槽を見せたら、水槽ごと火にかけて、茹でたエビ祭りになるに違いない。


 トイレから出たら、鬼の形相で3人が牽制し合ってる。


「カルロ義兄さん、今のうちに沼に放ちましょう」


 今はエビを放流するのが先、3人の事なんて姉さんに任せといたら大丈夫。


「あらあら、お漏らしする前にトイレに行かないとですよぉ」


 馬車に向かって走り始めて、後ろで姉さんの声が聞こえたからチラ見してみれば、何故か召喚魔法の魔法陣から立派なトイレが出て来る所で、召喚魔法ってなんでもアリかよって感じだった。





「ブラックライガーなんて珍しい種をよくこんなに手に入れたね」


 カルロさんと馬車を沼に近付けて水槽を持ち上げる所、重量軽減が付与してあるから満水の大きな水槽でも余裕で持ち上がる。


「サウスポートでエビ専門で漁をしてる冒険者の方から頂いたんです」


 生きたまま捕らえるのは難しいって聞いてる、網で捕まえたのは冷やしてもすぐ傷んじゃうから他所の町に出荷するには時間停止の魔法鞄が必須。

 時間停止の魔法鞄なんて、持ってる人は滅多にいないからサウスポート以外には流通しないんだ。


「ブラックライガーは雑食だからね、ここの沼でも繁殖出来るはずだし、いいモノを貰ってきたね」


 水溜まりでも繁殖出来るって聞いてる。


 流れ込む川も無ければ、流れ出す川もない沼でも、餌さえ与えておいたら養殖できるだろうって説明を受けたんだ。


「お義父さんやお義母さんを待たせると、生肉や生の野草を塩を振っただけで調理せずに食べ始めるから、早く帰ろう」


 やっぱり変わってないのか……


「御迷惑おかけします……」

「いやいや、私も楽しんでるから構わないよ」


 なんで魔導書の力を使ってまで両親や妹を止めたのか……


 両親や妹だったら、持ち帰ったブラックライガーを一度に全部茹でて、村の皆に振舞ってしまうから。


「美味いものは皆で分け合わないと損だろ」

「同じ価値観を共有してくれる相手が居るのは幸せなのよ、だから食べさせて」


 キリッとした2人にそんな事を言われた。昔から似たような事を言ってる気がする。


 それに加えて今は……


「久々に外の食材を堪能出来ると思ってたのに! お兄ちゃんのケチ!」


 そんな事を言う妹まで付いてくる。


 出すの早いな……もう追い付いて来たし。


「3ヶ月もすれば数倍に増えてるから、その時な」


 繁殖力がとても強いらしい、天敵がいなければ殆どの幼体が成体になるらしいし、網を使えば捕らえるのも簡単だから、この村で養殖するのに適した生物だと思う。


「え〜、3ヶ月も待たないとなの?」

「今食べたい」「すぐに食べたい」


 そうは言っても、この3人は泳げないから大丈夫、沼に入ってエビを捕獲なんて出来ないはずだ。


 そんなこんなで、エビを放流し終わったくらいだろうか。


「北から猿の群れが来てるぞー」


 そんな声が村中に響き渡った。


「仕方ないなあ……お兄ちゃん、夜ご飯の準備は任せた」


 あっという間に狩りモードになる妹……


「お土産に色々と海の魚を貰ってきてるから楽しみにしとけよ」


 草を付けたマントを脱ぎ捨てて、背負ってた弓を片手に走り出した。


「アイちゃん忘れ物ですよぉ〜」


 姉さんが召喚魔法を使う……妹が向った方向に向いてる魔法陣から飛び出したのは矢筒で、走り始めた妹の目の前に落ちて来る。


「ありがとうお姉ちゃん」


 矢筒を受け取って、礼を言って走り始めた妹のそばにポチも走り出した。


「いくよポチ」「ワフッ」


 以前は俺が乗ってたんだけどな。


 今じゃすっかり妹のポジションになってしまったポチの背中。


「お父さんお母さん、なにしてんの? 急ぐよー」


 妹がポチの背中に飛び乗った直後に父さんも母さんも走り始めた。


 手に分厚い魔導書を持って。表紙が以前の物とは違うから、また完成させたんだろうな……何冊目なんだろ?



 見えなくなった3人が向かった方向を眺めてたら、数年前と変わらず、魔物の悲鳴と人の声がする。


「久々に見てみたいんじゃ? 冒険者だったら興味があるでしょ」


「いえ、しばらく滞在するんでいつでも見れますし、今は夜ご飯の準備をしないと……」


 小さい頃は知らなかった、村の大人達がとんでもない強さだって事を。


 今も村を襲撃しようとしてる猿なんて、他所に1匹でも出たら、大掛かりな討伐隊が組まれる程の魔物だったりする。


「毛皮が傷まなければ良いけどね、皆火力が高すぎてボロボロにしちゃうから」


 綺麗な毛皮1枚あれば、数ヶ月は余裕で暮らせそうな価値があるらしい。


 昔、ボロボロになった皮を見てカルロさんが苦笑いしてたっけ……


「南部のお土産も出しますし、作りましょうか?」


 姉さんは馬車を引いて家の方に向かって行った「バショー君は立派ですねぇ〜。綺麗な鬣がカッコイイですよぉ〜」なんて言いながら……


 あの馬、バショーって名前だったんだ……知らなかった。


「海の魚を食べるのは久しぶりだから楽しみだね、どんな魚を貰ってきたの?」


 目がキラリと光るカルロさん。


「一角マグロは丸のままで、その他にも魔魚を多数。俺が獲った魔魚もありますよ」


 村の生活に慣れてそうだけど、元は外の人だから辛いだろうな……


「タコなんてあるかな? 3年前にお義父さんのお弟子さんがお土産に持って来てくれてね。たこ焼きだったかな、そんな名前の料理になったんだけど、アレって美味しいよねえ。ネギなんて散らしてさ」


 タコなんて……魔法鞄に沢山入ってるよ。ビスマ姉さんの大好物だもんな。


「たこ焼きをスープに付けて食べるアカシ焼きも美味しかったですよ。スープなら作れますしどうですか?」


「それは食べてみたいな。鉄板出して来ないとね」


 そうそう、この村にはたこ焼き用の鉄板が存在している。


 ションじいちゃんの形見分けの時に、姉さんが貰ってたはず。


 タコなんて滅多に手に入らないこの村で、なぜにションじいちゃんが、南部の人達も羨ましがりそうな立派なたこ焼き用鉄板なんて持ってたのか不思議だ。




 無心でたこ焼きを焼き続ける。


 汗がえぐいけど、そんなの気にしてたらダメだ。


「ライル君、追加で50個」


 給仕をしてくれてるカルロさんも大忙し。


「お兄ちゃん、タコが入ってない! 私のだけ差別だ!」


「あーもう! 急かせるなよ。タコが入ってるやつ食えば良いだろ」

 

 超火力で吹き飛ばされた猿の群れ、食べられそうな部分や、売れそうな素材は村の皆で集めて来たみたい。


 そのせいで村の皆が夜飯を食べに集まった、村で唯一の酒場で1人必死にたこ焼きを焼き続けてる俺。


 マスターは既に鉄板の熱さでやられてダウンしてしまった。


「この時間の狩りだったから、夜飯はお預けかと思ってたがライルが居てくれて助かった」


 南部土産の濁り酒を飲みつつ、たこ焼きを堪能してる父さん……


「村の皆も喜んでるよ」


 だろうな、皆が遠慮無しに追加注文してくれるし。


 てか、俺が帰って来た事を誰一人として触れてくれない、おかえりって言ってくれたのは姉さんだけなのが少し寂しくもあり、変わってないなと思う。



 4つの鉄板を駆使して、延々とたこ焼きを焼き続けた俺。

 村に帰って来て初日は、あの頃と殆ど何も変わらない、小汚い貧乏でその日暮らしで、皆が仲間で皆が家族で、どんな時も人の都合なんか考えてくれない……


「西からピットベアーが16頭。当直は西へ向かってくれー」


 他所で目撃されたら大騒ぎになるような魔物達。


「背ロースだけは綺麗なままで狩るぞ」

「「おー!」」


 狩猟採取で生きている、逞しい村人達を見ながら、帰って来たんだなって、しみじみ思えた。


 

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