故郷
革を棒状に縫って、その中に綿を詰めて剣の形にしてある玩具を振り回しながら次々に客間に飛び込んで来る子供達と、厚紙を革で補強した盾で子供達の攻撃を防ぎながら1人がけのソファーに座っている俺の後ろに隠れるペイン。
「なあペイン。お前の体を、小さいソファーと俺の体で隠せると思ってるのか?」
俺より30cmは背が高くて横幅なんて倍くらいあるのに。
と言うか、俺に隠れるな。俺まで子供達に叩かれるだろ。
「相変わらずスンとしてんだな。出会った頃の純粋な笑顔を振り撒いてたライルの方が俺は好きだぞ」
コノヤロウ……「モスキートン」
「あっ! やりやがった……うわっ……痒い!」
ペインって筋肉が付きすぎて背中の真ん中付近に手が回らないんだ。だから、そこに軽目に掛けてやった。
「で、どうしたんだ突然?」
沢山の子供達から玩具で叩かれつつ、高そうな家具に背中を擦り付けてる、出会った頃と比べたら表情が柔らかくなって饒舌になったペイン。
「帰省するついでに様子を見に来た。元気そうでなによりだ」
何をしに来たか答えようと思ったけど……別に何もする予定は無い。
「解散! お前達、ちょっとオババ先生とこに行ってろ」
体をよじ登って頭に攻撃し続けてた子供をぶん投げるペイン……危なくないんだろうか。
「「はーい」」
ぶん投げられつつ綺麗に着地を決めた子供と、ペインの下半身を叩き続けてた子供達が一斉に返事をした。
「先生の大事なお客さんに挨拶」
そんな子供達に向かってペインの大声が炸裂すると……
「「こんにちは」」
元気よくと言うか、とても大きな声で挨拶して貰えた。
「すっかり護民官が板に付いてきたな、久しぶり」
「護民官と言っても迷宮攻略隊と兼業だけどな」
学生時代に、戦うと言う事が目の前の魔物を殺す事だけじゃないって少しずつ学んで気付いたペイン。
入学当時は軍人を目指してたのに、3回生に上がる頃には今のままで良いのかって毎日疑問だったらしい。
「さっきの子供達ってアレか?」
「執拗に俺の脛を叩いてた小さいのが家の長男坊で、他は殆ど孤児だ」
大半の子供が冒険者と娼婦の子供、教会の孤児院なんかじゃ間に合わないくらい毎年増えていくらしい。
「南部土産に海産物なんてどうだ?」
南風の2人から貰った魔法鞄に大量に入ってる物、村中で食べても残るくらいに入ってるし、多少ここに寄付していってもバチは当たらないはず。
「ルピナスが喜ぶぞ、あいつ海の魚に目がないからな」
懐かしいな、在学中の実習で行ったサウスポート。
その実習中、ずっと魚ばっかり食べてたっけ。
「色々話したい事もある、泊まっていくだろ?」
「いや、昼過ぎには出ようと思ってる。運んでる荷が生き物だからな」
すっかり忘れてたんだが、水を綺麗にする付与術の効果が7日なんだ、明日の朝には切れるから、その前には到着しておきたい。
「そうか、それじゃ仕方ないな」
「しばらくはリンゲルグ村を拠点に暮らすし、ちょくちょくダンジョンに潜りに来るつもりだから、その時はゆっくり話そうぜ」
学生時代と比べると雰囲気がだいぶ落ち着いたペイン、父親になるとこうも変わるものなのか……
「ライル、久しぶり。元気にしてたの?」
まだ首も座ってない赤子を抱えて現れたのは……
「やあルピナスさん。見た目通り元気だよ」
ペインの奥さんで、2児の母。
障壁魔法だけに限って言えば国内トップクラスの元同級生。
「そう……それなら良かった。噂は色々聞いてるわよ」
噂? なんて思ったけど、良く考えてみればルピナスさんは、ちょくちょくハンセンと会ってるし、たぶんハンセンが色々吹き込んでくれたんだろうな。
「水の上を走ったらしいじゃない。昔から変な事ばっかりしてる人だと思ってたけど、いよいよ常人離れして来たわね」
やっぱり女の人は子供を産むと優しくなるんだろうか、昔は目力が凄かったのに、今はそうでも無いんだよな。
「南部に行けば沢山いるぞ。最近じゃ走ってる所を遠目に見れる埠頭なんかが観光スポットになってたりするし」
旅行客なんかが運搬人足さん達が走ってるのを見ながら海鮮バーベキューしてたりして、新たな観光スポット化してたな……
因みに、魔法鞄から海産物を取り出してペインに渡しながら話してるとこ。
「ちょっライル……いくら俺でも限界」
箱に入った大量の魚や貝、紙に包んである干物や練り物、その他も大量に。
「まあ、助かるわ。食べ盛りの子供だけでも20人から養ってるから」
この建物の中から聞こえる声は、本当に沢山の子供の声。あっちこっちでギャーギャー言ってる、楽しそうだ。
「今日の所は顔見せだけだからさ、近いうちにまた来るよ」
渡す物は渡したし、忙しそうな時に長居するのもなんだもんな。
「ちょっとはゆっくりして行けば良いのに」
「生き物運んでるって言ってたけど、何運んでるんだ?」
沼に放すまでは安心出来ないからな……
「淡水で繁殖出来る大きなエビ」
荷の中身を教えたら、2人とも呆れた顔してる。
「お前諦めてなかったのかよ……」
「そこまで行くと、ある意味尊敬出来るわ」
結局、城門の外まで見送って貰ったんだけど。
「増やしたら、少しこっちにも回してくれよ」
「それより気を付けて帰りなさいよ、最近少し魔物が活性化してて街道にも出て来るわ」
見送られながら城塞都市を後にする。
「ここから先の魔物ならお手の物だよ。じゃあまた」
リンゲルグ村までは馬車1台分の細い道を進んで、途中大きな沼を迂回したら、その先にある罠の森を抜けてすぐ。
沼から先は数年離れてても庭みたいなもんだ。
城塞都市を出て2時間くらい馬車を走らせた。
ここまで魔物なんて、馬車に忌避剤を撒いてるから近寄っても来なかった。
「懐かしいな……」
目の前に広がるのは大きな沼、勇者と魔王の決戦の地らしい。
勇者の攻撃の余波で大きなクレーターが出来て、そこに雨水が溜まって出来た沼だって聞いてる。
沼の中央は少し陸地が残ってて、その場所は勇者の攻撃を受けた魔王が立ってた場所なんだと、沼の周囲は5kmくらいあるから、相当な威力の攻撃だったはずだ。そんなのを受け止めるとか、魔王どんだけ凄いんだよ……
そんな事を考えつつ沼を迂回すると、整備された森が広がってる。
木に赤い印がしてある、そこの近くに罠が仕掛けてあるって目印だ。
それや木の根を避けつつ森を進む、見えてくるのは大きな樹木。高さはそんなに無いんだけど幹周りはかなり太い。
そしてその幹に作られた小さな家屋。
巨木をくり抜いて作られた家は、この地方だけの特色かな。
「あれぇ……ライル君じゃないですかぁ」
この間延びした喋り方と声は……
「姉さん、ただいま」
沼に1番近い家の前で洗濯物を取り込んでた婦人、俺の姉で召喚術士レイラ・ポンセ。名字が違うのは既婚者だから。
「あらあら、おかえりなさい」
昔から、ものすごくおっとりしてるんだ。
今も、洗濯物の隙間から顔だけ出してこっちを見てる。
「立派な馬車ですねぇ。ライル君は行商人になったのかしら? 冒険者になったんじゃなかったの?」
「違うよ、積んでる荷はお土産だよ」
ここで馬車から降りる。
「沼にエビを放とうと思ってるんだけど、大丈夫かな?」
「ん〜お姉さんには分からないなぁ……カルロさんが帰って来たら聞いてみましょうか?」
そうそう、姉さんの旦那さんは、俺を王都まで連れて行ってくれた行商人のカルロ・ポンセさん。
結婚してから、この村を拠点に行商人を続けてるらしい。
「行商に出てるんじゃないの?」
「今の時期は森に入って色々採取してるから、夕方になったら帰って来ますよぉ〜」
それなら先に実家に寄って来ようかな。
「んじゃ1度家に顔を見せに行ってくる。馬車は停めてても大丈夫だよね?」
「ええ。お馬さん、美味しい飼葉はいかがですかぁ?」
召喚術ってなんでもアリなのかな? 姉さんが空中に書いた魔法陣から飼葉が出て来た……
「じゃあ、また後で……」
姉さんは昔から動物が好きだ。たぶん家の中は沢山の動物で溢れてるはず……
「ええ、この子とお話してますねぇ〜」
そして何故か動物の言葉が分かるらしい……
昔から不思議な人だったりする。
村の中を実家に向かって歩いていると、出会う村人全員から声を掛けられる。
全部に答えてたら家に着く頃には夕方になってしまいそうだけど、全然嫌じゃない。
「ふぅ……やっと着いた……」
俺の実家は村の1番奥、この家から西には誰も住んでない。
少し前まで、ションじいちゃんが隣に住んでたけど、今じゃそこは空き家になってる。
「ただいまー」
妹でも居ればと声を掛けてみたけど、何も返事は無い。
「仕方ないか……」
まあ俺の実家だもんな、勝手に入っても大丈夫だろ。
「汚ねぇ……掃除くらいしろよな……」
姉さんが別居して、家事をする奴がいなくなったらこんなもんか……
俺の両親や妹は家事はからっきし。
俺の覚えてる範囲では、全部姉さんがやってた気がする。
掃除や洗濯を手伝ったら凄い褒められたっけ……
「骨……いくらなんでもこれは酷いだろ……」
床に落ちてる食べカス……何の骨かは分からないけど干からびてカピカピになってる。
とりあえず、3人が帰って来るまで掃除かな……
掃除用具を探して居間を探索。と言うか姉さんの結婚式に出る為に帰省した時に、俺が王都で買って来た掃除用具が棚の中で新品の状態のまま発見された。
「何年分だよ……」
箒や箕を取り出して掃除しようとしたけど、先に大きなゴミは全部出してしまった方がいい気がする。
カビてる布や洗ってない洗濯物、元が何か分からない物体を家の外に出して、床が見えるようになるまで30分くらいかかった。
「小さい家なのに……」
なんと言えば良いのか……鍋やフライパンなんかは全部洗ってないし、皿は半分くらい割れてるし……
どんな生活をしてるのか本当に気になる。
「で、さっきから手伝いもせずに見てるだけなのかよ」
「さすがお兄ちゃん。気付かれると思ってなかったなあ」
何回かゴミを外に出してたら、それまで無かった草が生えてて、よく見たら地面から少し浮いてた。
ギリースーツって言うんだったかな、体に草を付けて潜んでる奴が3人。
「終わるまで見ておこうと思ってな」
「掃除は任せた。綺麗になったら迎えに来て」
父さんも母さんも自由過ぎる……
「ただいま……」
俺がただいまって言っても、地面から立ち上がりもしない3人……
「モスキートン」
腹が立つから3人の背中に少し強めに掛けといた。
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