リンゲルグ編

ぼちぼちと


 王都圏を西に抜けて、まず最初に目にする変化は農地が増える事。

 作られている作物の殆どが野菜や果物だったりする。


 平地に作られた青々とした畑や街道沿いの小高い丘に作られた果樹園なんかを眺めながら馬車を走らせる。


 去年来た時はのんびり眺める事も出来なかった、今回の帰省なら時間の余裕があると言うか、自分の匙加減で日程なんかどうとでも出来る旅だから、こまめに休息しながら西へと進む。


 のんびりとした旅の途中、沢山のキャラバンとすれ違ったり追い越されたり。

 その中にゴメス商会のキャラバンもあって、ゼルヘガンに向かう最終日はゴメス商会のキャラバンと共に西へ向かった。


「今日のうちに荷を積み替えて北に向かうからここまでだな」


 俺は町に入る前に墓参りを済ませて来ようと思っていた事を伝えて城門を潜らずに大きな白い石碑が建っている丘を目指して馬車を走らせる。


「また何処かで」


 馬車に付いていたサウス子爵家の紋章を見たゴメス商会の皆さんから、子爵家の関係者かと問われた。

「学生時代の友人が次期子爵様で、その婚約者も学生時代の同級生ですよ」なんて答えたら……


「冒険者を引退するなら必ずウチに来い。これまで手を出せなかった南部への販路が開ける」


 番頭さんに熱烈に勧誘されたのは、困る半分、嬉しい半分だった。



 ボーウェン先生の墓に向かう途中で、干しミカンを買ってなかった事を思い出した。


「すいません、ボンタンを数個分けて頂きたいのですが」


 丘を利用して作られた果樹園の中に人の頭より大きいボンタンと言う柑橘系の果物を収穫してるのを見付けた。干してある訳じゃないけど、柑橘系なら大丈夫だろうと、農夫に声を掛けてみる。


「3個で銀貨1枚で良いよ。今がちょうど食べ頃なのを見繕うから少し待ってくれないか」


 もちろん二つ返事でOK。王都で買うと1個1銀貨の果物も、現地で買うと安いんだなと思った。


 大きなボンタンを受け取って対価を支払おうとしたら、少し先の農作業小屋の前に設置してある無人販売に据えられてる箱に入れて欲しいと言われて、そちらに向かおうとしたら。


「他所で出回ってる熟れる前に収穫して運ぶ途中で熟れた物と違って最高に美味いぞ」


 そう言われてサムズアップされた。


「食べるのが楽しみです。ありがとうございました」


 農作業小屋の近くに馬車を停められる場所があって、広場の隅に馬車を停めさせて貰った。

そして、広場の至る所で収穫された果物の取引を見学する事が出来た。



 この辺りは魔物の被害が殆ど無い。

 死の大地からゼルヘガンの町とレグダ城塞都市を繋ぐ線を第一防衛線と決めて、それより東に魔物を通さないような政策が為されているって学生時代に習った事がある。


「お久しぶりですボーウェン先生」


 5mくらいある真っ白の大きな石碑、ボーウェン先生の墓なんだけど、そこに向かって挨拶した訳じゃない。


「むむむっ! なんとなんと、ライル・ラインかね。こりゃ久しぶりじゃのう」


 墓の周りの芝生を、座椅子に座って浮かびながら手入れをしてるボーウェン先生に後ろから声を掛けたんだ。


「凄く立派なお墓ですね」


「まあのぅ。こんな物なぞ作らんと有事の際の備えをしておけと何度も言うたのじゃが、陛下は聞いてくれなんだ」


 俺が4回生に上がる時に引退して、地元のゼルヘガンに帰って行ったボーウェン先生。

 長年の功績が認められて王家から生きてるうちに立派な墓を建てて貰ったらしい。


「それだけ感謝されてたんじゃ?」

「はよう墓に入れと言われとる気もするがのぅ」


 そんな事は無いはずだ。引退する直前、官僚や王都貴族達のクーデターを最小限の被害で鎮圧して、その後も市政に混乱を一切起こさずまとめ上げた功績と、過去の功績に対して贈られた物だとハンセンから聞いてる。


「来る途中で熟れたボンタンを買って来ました、南部の魚も沢山あるので今夜どうですか?」


 ボーウェン先生に向かって、手でジョッキを呷る仕草をすると。


「今夜と言わずに今からでもええぞ」


 左手一本で器用に魔法陣を書きつつ、俺の目線と同じ高さまで浮かび上がった。





 そして案内されたのはボーウェン先生の自宅、石碑から100mくらい離れた小さな家。


「自分の墓を眺めながら教え子と飲む酒は格別じゃのう」

 

 夕日に照らされた石碑を眺めながら、ボンタンを搾って蒸留酒に混ぜて飲んでる。


「お身体の具合はどうですか?」


 気になるのはそこ。


「魔法を多重展開するのにちと苦労するが、それくらいじゃよ」


 ボーウェン先生の右手と両足、クーデターの時に王族に掛けられた呪いを解呪するのに自身の体を依り代にして腐り落ちてしまったんだ。


「それにのう、こうでもならん事には引退なぞ出来んかったろうから」


 だからと言って、この人は何も不自由はしていない。


「何度見ても凄いですね……」


 召喚術と魔力で構成されたゴーレム、それの応用だって教えて貰ったけど……


「じゃろ、魔銀の手足じゃと色々出来るぞい」


 テーブルの上に置かれた七輪の上に、右手の先を焼き網の様な形状にして直接火にかけてる。

 網に乗ってるのは俺のお土産、魚の切り身だ。


「こんな体になっても弟子入りしたいと尋ねて来る若者が多くてのう。ちと引っ越そうかと考えておるのじゃが、南部も良いかもしれんな……」


 網が変形して勝手に骨を取り除いてる……

ちょっと引くくらい制御が上手い。


 そんな感じでボーウェン先生と世間話をしながら少しずつ夜がふけていく。


 

 その日は先生の家に泊めて貰った。椅子で寝たけど御者台よりはずっとマシ。


「ラッセル殿やミシェル殿に渡してくれんかの」


 ボーウェン先生から両親宛に小さな包みを預かった。

 背中の魔法鞄に入れて、ナマモノでもこれで大丈夫。


「先生、お元気で」


 あと何回会えるんだろうか……別れ際にそんな事が頭をよぎった。


「もちろんじゃとも、まだ10年はくたばるつもりは無いわい。近くに来たら訪ねて来るんじゃぞ」


「もちろんです」そう答えて、石碑に手を併せてから北へ向かう。



 ゼルヘガンの城壁沿いの道を北上して、3時間くらい進んだ所の別れ道を西に折れた先にある、レグダ城塞都市を目指す。


「ペインの奴、尻に敷かれてんのかな……」


 在学中に結婚した2人の同級生と会うのが少し楽しみ。


 5回生に上がる前に退学して地元に帰った2人、会うのは3年ぶりだから少し緊張してしまう。


「ダンジョンに行ってみたいけど次の機会にしなくちゃな……」


 レグダ城塞都市は、2つの大規模ダンジョンから日々溢れる魔物を人の生活圏に近付かせない為に作られた町。


 隣接する2つのダンジョンに蓋をする様に分厚い城塞が囲っているらしい。


 国内で冒険者の数が最も多い町でもある。


 誰も攻略した事の無い2つのダンジョン、そんなダンジョンから溢れて来る魔物達と日々戦い続けている都市だけど、ダンジョン産の様々な物品が名産だったりもする。


 ぼ〜っと風景を眺めながら馬車を走らせる。


 人の居ない街道を進むと、見えてくるレグダ城塞都市。


 町に近付くにつれて、遠巻きに聞こえてくる沢山の声。


「賑やかだな……」


 レグダ城塞都市の名物【闇市】から聞こえて来る声。


 公然と行われているダンジョン産の物品の闇市。

都市の城壁に沿って沢山の屋台が所狭しと並んでいる。


「なあ兄ちゃん、ちょっと見てくれよ。掘り出しもんだよ。なあ見てくれよ」


 城門を潜る為に順番待ちしていた俺の所にも物売りの子供がやって来た。


「これは昨日オイラが3階層で見付けた探検なんだ、安くしとくから買ってくれよ」


 見せられた短剣は片刃で刃渡り20cmくらい、短剣と言うよりはナイフの様な気がする。


「魔力を流せば倍の長さになるんだぜ」


 ああ、それじゃ俺には使えない。


「ごめんな、短剣なら持ってんだ。他を当たってくれ」


 マントに隠してるベルトに付けた大牙鮫の短剣を取り出して見せてみた。


「冷やかしなら呼び掛けに答えんなよ」


 悪態をついて後ろの馬車に向かって「掘り出しもんだよ」と叫ぶ少年を見てたら、たくましいなと思えてしまった。


「荷は商売に使うのか? それとも贈り物か?」


 馬車の中身を確認して貰う、法に触れる物は何一つ運んで無いから、いくら見られても構わない。


「馬車の荷は次の町で下ろす予定です。この町で商売はしません」


 街の中で商売をするなら許可証が必要、だから城壁外で闇市が開かれてるんだ。


「そうか、ならば通ってよし」


 城塞内に入るのに通行料は取られない。


「護民官様の屋敷の場所を教えて頂きたいのですが」


 どうせなら道を聞いておこう。


「ん? フェイリー様の御屋敷ならそこだ」


 門番さんに指さされた場所は、門を抜けて目の前……めちゃくちゃ大きな石造りの建物。


「ありがとうございます」


 門番さんにお礼を言って屋敷に向かう。


「こんな事で礼を言うとは変な奴だな……」


 そんな呟きが後ろから聞こえるけど気にしない。


「凄いな……」


 学園の校舎並の建物、とにかく頑強そうな石造りの建物が同級生の実家。


「ごめんください」


 通りに面した大きなドアに付いてるドアノッカーを3回叩いて、ついでに声も掛けておいた。


 出て来たのは初老のお爺さんで、いかにも執事って感じの格好をしてる人。


「どちら様ですかな?」


「ルピナス・フェイリー嬢とペイン・フェイリーの学生時代の友人でライル・ラインと言います。2人はご在宅でしょうか?」

 

 俺の質問ににこやかに答えてくれた初老の男性。


「ええ、お二人共在宅中です。馬車はこちらでお預かりしますので、どうぞこちらへ」


 その言葉と同時に、屋敷から2人の少年が出て来て馬車を預かってくれた。


「20分程お待ちさせてしまいそうです」


 そう言われて案内されたのは客間だろう部屋で、建物の質実剛健な造りとは違い、少し飾り付けがゴテゴテしてて居心地が悪い。


 待ってる間、メイドさんがお茶や菓子を用意してくれた。


『こんな甘いもんばっか食べてたら苦いのが嫌いなのも理解出来る』と、思える程に甘い菓子と、たぶんペインの好みだろうスースーするお茶を飲みながら待つこと30分くらい……


「ライル! 助けてくれー!」

「待てー!」


 吃驚する程そっくりな親子が客間に飛び込んで来た。


 

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