西へ


 魔法学園に入学して3ヶ月ちょっと過ぎた。


 毎日どんどん暑くなっていく中で、1番暑い季節になろうかという頃、夏季の長期休暇って言うのが始まるんだ。


「今季の実習はこれで最後だ。二学期からもう一歩踏み込んだ実習を始めるから、各人そのつもりで夏季の長期休暇中も準備を怠るなよ」


 一学期中に10回あった現地実習は最後の最後で、目標の1人1日銀貨4枚を達成出来た。


 僕が主導した実習では、僕のペースに誰も着いて来れなくて、その後の反省会で皆が出来る事を相談しながら、僕の考えを少しずつ交ぜて、皆で出来そうな所まですり合わせするのが大変だった。


「明日の終業式の後で、僕達は北部に帰る」

「私とダズは明後日の定期馬車で帰るつもりよ」


 ハンセンと僕以外は長期休暇を利用して実家に帰るらしい。


 ハンセンは王都に住んでるからで。僕はボーウェン先生の特別授業を受けて、夏の長期休暇の間に通常クラスに戻る為の準備をするんだ。


「ペインとルピナス嬢はどうするんだ? 暇なら僕やライルと一緒にバイトでもしないか?」


 ハンセンは長期休暇の間に冒険者ギルドで仕事を受けて、自分の自由に出来るお金を貯めたいらしい。


「今日の夕方には父の隊と一緒にレグダに帰る」

「私も一緒に馬車に乗せてもらうつもりよ、明日の終業式には出られないけど、タダで帰れるんだから文句は言わないわ」


 先週の授業で、王都の対魔騎士団とレグダ要塞都市守備隊の合同訓練を見学に行ったんだけど、要塞都市守備隊隊長がペインの父親で、2000人以上の守備隊を纏める将軍って呼ばれる偉い軍人さんだって初めて知った。


 ルピナスさんは、同じ町の出身だからついでに連れて行って貰えるみたい。


「ハンス、バイトしている時間があると思っているのか? 夏季休暇中は毎日魔力量を増やす特訓が待っているのだが」


 少し難しい顔をしてるゼルマ先生と……


「えっ、師匠……休みは無しですか?」


 驚くハンセン……


「夏季休暇中に魔力量と自然回復量をとことん鍛えるぞ」


「ああ……僕の夏休みが……」


 何をするか教えて貰ってションボリしちゃった。


「起立、礼」「「ありがとうございました」」


 そんな感じで一学期の授業は全部終わった。






 昔の事を思い出しながら、対魔騎士団の行進に併せて付かず離れず着いて行く。


 最初の宿場町に着いてふと気付いた。


「あっ、宿なんて空いてる訳が無いか」


 どの宿屋も本日満室って札が出てる、対魔騎士団500人くらいが小さな宿場町で宿泊すりゃそうなるか。


 仕方ないから宿場町の出口に近くて水場の近い場所に馬車を止めて、そこで1泊しても良いか町の役場に聞きに行こうと思った。


「やっぱりライルか。何処かで見たような奴が、付かず離れず着いて来てるから気になってたんだ」


 対魔騎士団の白銀に輝く魔銀の鎧が夕日に照らされて眩しい。


「やあルーファス、元気にしてたみたいだな。もう騎士団に慣れたか?」


 乗ってる馬は、俺の馬車を引いてくれてる脚の太い農耕馬とは違い、背が高く綺麗な体躯の走るのが速そうな馬。


「まだまださ。部下が出来るなんて初めてだから戸惑ってる」


 ユングが小隊長、ケルビムとルーファスはそれぞれに副長になったって聞いてる。


「今思えば、常識の違う場所にあっという間に馴染んだライルの事が尊敬出来るな。ふっ」


 馬の胴体に大きな杖が括りつけてある。

杖の先に付いてる大きな魔石は、ユンケル魔法団の3人が銀級に上がった討伐で手に入れた物。


「何回見ても大きいな、その魔石」

「大きさだけじゃないぞ、素直で良い子な魔石だからな」


 ジャイアントグリズリーの魔石。

 サウスポート近辺を荒らし回ってた魔熊の親玉、体長15mの、とんでもなくデカい魔熊から出た魔石なんだ。


「少し時間を作れないか?」


 作れないか? と、聞きながら手で飲む仕草をしてるルーファス。


「馬車の見張りをしないとだから無理かな」


 誘ってくれるのは有り難いけど、荷を盗まれでもしたら、たまったもんじゃない。


「ライルが馬車って珍しいよな。普段なら歩きだろ、何を運んでるんだ?」

「エビだな。淡水でも繁殖出来るブラックライガーって種類。北門広場の屋台でエビチリになってたやつさ」

 

 ルーファスの目が光った……しくじったかな……


「なあ……少し分けてくれ。エビチリ食いたい」


 やっぱり……


「作れるのかよ?」


 ルーファスが作ったら、ただ辛いだけの何かになってしまう……


「エビの旨さは唐辛子をいくらかけても損なわれる事なんて無いさ」


 レシピなんて知らないだろうよ。俺だって教えて貰えなかったんだから。


「サウスポートをたつ時に屋台のおっちゃんから弁当箱いっぱい貰ったのがあるけど分けてやろうか?」

 

 魔法鞄に入れっぱなしで1つも食べてないから、少し分けても良いかなって思ったから伝えてみたら。


「ユングとケルビムも呼んでくる」


 そう言って颯爽と馬で駆けて行った。




「そうか、しばらく地元で暮らすんだな」


 ユングとケルビムも交えて、馬車の近くで焚き火を囲んで地べたで飲んでる。


「しばらくとは言っても半年くらいのつもりだけどな」


 対魔騎士団で支給される夕飯は麦玉って呼ばれる小麦粉を固めて焼いた物と塊の干し肉で。


「半年経ったらまた旅に出るのか?」


 俺の魔法鞄の中に入ってたエビチリをつつきながら、クルトさんビスマ姉さんから貰ったお土産が入ってる魔法鞄の中から、魔魚の半身を出して焼いてる。


「ああ、ある程度予定は決まってるからな。地元で色々やった後は、モルベットに行ってみようかって考えてるよ」


 東西が現市長の政策で殆ど統合されて1つの町になりつつあるって聞いてる。


「ダズが頑張ってるらしいな」


 噂は色々聞くけど元気にしてんのかな。


「3回生の時にいきなりだったもんな」

 

 ある日突然魔法学園を辞めて地元に帰って行った同級生。


「辞めてどうするんだって聞いた時に「市長になる」なんて言ってさ……馬鹿かコイツって思ってたけど、ホントに市長になって……」

「あの時はびっくりしたよな」


 こうやって地べたに座って焚き火を囲んでると学生時代を思い出す。


「ダズが卒業までちゃんと勉強してたら俺なんか足元にも及ばなかっただろうな」


「それは言えてる、居なくなるまで分からなかったけど、万能ってあんな奴の事を言うんだろうなって感じだったし」


 明日は街道付近で大掛かりな魔物討伐があるらしく、早目に引き上げた3人だったけど、別れ際に。


「ゼルヘガンには寄っていくのか?」


 なんてユングに聞かれた。


「ああ、ボーウェン先生の墓参りもしたいし」


 俺に様々な知識を与えてくれた恩師。

 沢山の人に色々な事を教わって来た俺だけど、1番の恩師と聞かれたらボーウェン先生って言えるくらい世話になった人。


「そうか、俺達の分も祈っておいてくれよ」


 卒業前くらいにゼルヘガンの町を見下ろす、なだらかな丘陵に立派な墓が出来たって聞いた。

 去年仕事で行った時には時間に余裕が無くて訪ねる事が出来なかったし。


「ああ分かった。じゃあ、またな」


 今回は少し迂回して寄って行こうって思ってる。


 明日は朝早くに出発してゼルヘガンまで一気に行くつもりだ。一泊して墓を見てから、少し北に逸れて、レグダ要塞都市で知り合いに挨拶してからリンゲルグ村に向かうつもりだ。


 西に向かう旅程は、進めば進む程に気分が軽くなる。


 あっ……ボーウェン先生の大好物だった干したミカン……


 まぁゼルヘガンで買えば良いか。

 そんな事を考えながら、御者席で革のマントにくるまって、星を見ながら眠りについた。



 


 

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