アーバイン魔法学園編

思い出


 馬車に揺られて実家に帰る道すがら、王都の城壁沿いに馬車を走らせる。


 城壁内に入らなくて済むように時間を合わせて今朝早く宿場を出たから、このまま西へ向かう街道に出て、西部に向かう最初の宿場町まで真っ直ぐ進むつもりだ。


 西門の近くを通る時にハンセンに少し声を掛けようかなと考えてたけど、仕事中に邪魔するのもどうなのかと思って止めといた。



 サウスポートを出てから、馬車に積んでる生きたエビには魔物の肉を適当に与えてる。


『肉でも魚でもなんでもええから、適当に突っ込んでやれば勝手に食うて元気に泳ぎ回るけェ、何も心配なんかせんでもええけぇのォ』


 ブラックライガーの養殖を勉強してる時に、片腕の無い老人に教えて貰った。

 鮫と戦ったあの日から、その老人はカルラや子供達の作った魔道具を付けて元気に海に飛び込んでる。


『エビ食いっちゅう名が欲しい奴が現れたら必ず連絡するけぇ、その時は名を掛けて戦う為に帰って来いや』


 サウスポートの冒険者ギルドに移動届けを出した時に、海鮮焼きのオバチャンから言われた事。


『欲しい人が居るなら、その時はどれだけエビが好きなのか語らせて、俺よりもエビが好きだと皆が認めたらあげちゃってください』


 カルラに散々『エビばっかり食べてたら痛風になるよ』なんて言われ続けても毎日食べてたからな。


 奪えるものなら奪ってみろって感じ。



 王都の城壁沿いを進んでたら、西門の近くで通行止めになった。


「ご苦労さまです、何かあったんですか?」


 たぶん衛兵見習いだろう、成人して間もなそうな制服がダボダボの衛兵さんが、足止めを食らった馬車1台1台に説明してて、俺の所に来たから聞いてみた。


「対魔騎士団の出立式があるので30分程ご迷惑をお掛けしますが、申し訳ないです。お急ぎでしたら南門へお回りください」


「ああ、それなら仕方ないです。このまま西へ抜けるつもりなので、ここで待ちます。お勤めご苦労さまです」


 最初の宿場町まで、それなりに余裕があるから別に構わないさ。


 遠巻きに眺める騎士団の出立式、もしかしたらと思って注意しながら見てたけど、列の真ん中くらいにユンケル魔法団の3人を見つけた。


 いや、今は対魔騎士団・第108小隊、通称ユンケル小隊か……


 魔銀の鎧に身を包んで、真っ赤なマントを翻しながら、馬に乗って出陣していく3人を眺めてたら、頑張れよって自然と思えて来た。


 3人の事は嫌いだったつもりなんだけどな……


 それよりも何よりも、対魔騎士団が西へ向かうなら、このまま着いて行けば街道は安全だろうし、騎士団の後方500mくらいをつかず離れず着いて行く事にした。


 西門の前を通る時にハンセンの姿を探したけど、何処にも居なかった。挨拶くらいしときたかったな。


 街道を西へ進みながら、前に騎士団が居るから警戒する事も無くてのんびりしてる。


 久々に眺めた王都の西門、もう今は馬車に隠れて振り向いても見えないけど、なんか少し懐かしくなった。


「そういや最初に王都に来た時、西門から入ったんだよな……」


 12歳の時に初めて来た王都、あの時の俺は……






「ライル君、もうすぐ王都が見えて来るよ」


 村を出て6日目、最初の日は家族と離れるのが悲しくて、馬に水を与える時間に草むらに隠れて1人で泣いた。


「ポンセさん、外を見てもいい?」


「勿論だとも、ゼルヘガンの城壁より3倍高くて5倍分厚い国内一の城壁だからね、見たらビックリするよ」


 王国西部に点在する隠れ村や辺境の村々を回って、辺境にしか生息しない魔物由来の素材や珍しい植物を商ってる行商人のポンセさんの馬車の荷台の隅に小さくなって座ってた俺。


「ふあぁぁぁぁぁ」


 ポンセさんに許可を取って幌を開けて外を見てみれば、数日前に初めて見た西の男爵領都ゼルヘガンの城壁よりずっと大きくて威圧感のある王都の城壁に感動したんだよな。


「すごいっ! 高い建物があんなにいっぱい」


 西門に向かう街道のまだ山の中腹くらい、王都を西から一望出来る場所で、遠巻きに見ても高いと分かる城壁や、城壁を突き抜けて高く聳える城や建物に大興奮。


「中に入ったら人の多さに驚くよ、着いたらまず昼食を食べて、その後に魔法学園に向かおうかね」


 村を出るまで昼食なんて言葉すら知らなかった。

村に住んでた頃は朝と夕の2回だったし、たまにどちらかを食べ逃す事もあったり、何時も空きっ腹で、森に入って食べられる物を探すのが遊びの1つだった。


「おい、商人、この積荷は……」「衛兵さん、いつもご苦労さまです。まぁまぁ……」


 今では、難癖付けられて袖の下を渡してたって分かる。

当時は衛兵とポンセさんのやり取りが何なのかすら分かってなかったな……


「すごい……」高い建物が並ぶ大通りを馬車で少し進んで、ポンセさんの定宿になってる安宿で昼食を取ったのを覚えてる。


「ここからは歩こうね、学園まではそんなに遠くないから大丈夫だろ?」


 安宿って言ったって、それなりに値の張る宿で、俺が王都で一人暮らししてたアパートよりずっと清潔、出て来た昼食も柔らかい黒パンと焼いたソーセージだった。


 パンすら村で食べた事無かったからな……

村に住んでた頃は麦を炊いた麦飯だったから。

 もちろんソーセージを食べるのも初めてだったし、石畳の上を歩くのも、肩がぶつかりそうになるほど人が多いのも、建物が隣同士隙間も空けず連なるように建ってるのを見たのも、何もかもが初めてで、何もかもが珍しかった。


 あれは何? と、聞きたいのをずっと我慢して、上を見ながらポンセさんの足音を聞きつつ魔法学園に到着するまで、ずっとボケーッと口を開けっ放しで歩いてたと思う。


「さあ、ここからはライル君1人で行かなくちゃいけない。もしダメだったら羽虎亭まで来てくれたら、村まで連れて行くからね」


「はい! ポンセさんありがとう」


 あの日の俺の目は、新しく始まる何かを夢想して輝いていたと思う。


 【メルキア王国国立・アーバイン魔法学園】


 そんな場所に辿り着いて。


 

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