出立の日


 サウスポートに暮らして今日でちょうど1年、3ヶ月前にユンケル魔法団の3人は銀級に上がったのを機に、冒険者を引退して対魔騎士団に入団した。


 学生から直接見習いになるより、銀級冒険者から騎士団に入った方が色々すっ飛ばして、ずっと早く正式な騎士団員になれるからって冒険者をやってたんだと。


『必ず終わらせて君の元へ帰って来るから待っててくれ』


 王都に戻る日のユングは、俺が見た中で1番キリッとしてカルラに別れを告げていた。



 俺が講師をしてた子供達だけど、サウスポートの陸地をメインに活動してる冒険者達が、代わる代わる指導してくれるようになった。


 財源は大牙鮫の体から出て来た大きな魔水晶のおかげで、わざわざ教会から高値で小さな魔水晶を買わなくて済むようになったからと子爵家から出てる。


「のぉエビ食い、養殖はしっかり覚えたんか? 忘れて死なせてしもうたらワヤやぞ」


 1度実家に帰って、実家の近くにある沼地でブラックライガーの養殖を始めようと、生きたブラックライガーを500匹、大きな水槽に入れて、生かして運ぶための様々な付与術を付けて貰って、それなりに立派な馬車を使って運ぶんだ。


「たぶん大丈夫だと思います。ジョンさん、ホントにありがとうございました」


 この日の為に数日かけて生きたブラックライガーを集めてくれたエビ獲りジョンさん。

 今日は仕事を休んでわざわざ見送りに来てくれた。


「ライル、行く所が無ければ何時でも帰って来いよ」

「アタイらは何時でも歓迎するからね」

「ぶひぇ……ぶひぇ……」


 クルトさんもビスマ姉さんも、最近少し懐いてくれたセラちゃんも、来てくれてる。


「セラちゃん、またね。ほら泣かないの」


 2人には沢山の土産が詰まった魔法鞄を頂いた。

「お前と王都で稼いでた頃に貯めといた金で用意したんだから遠慮するな」なんて言葉と共に。


「それじゃ皆さん、行ってきます」


 カルラや親父さんお袋さんとは今朝のうちに別れは済ませた。


 宿を出る時に「ライル君、サウスポートに帰って来たら何時でもウチに来なさい。部屋は何時でも空けたるけぇのぉ」なんて言われて、その場で泣きそうになったけど我慢した。



 サウスポートの北門の町側に垂れてる垂れ幕。


  【また会おうな、元気で暮らせよ】


 確か王都を出る時にハンセンに言われたのと同じだ。


 町の外側に垂れてる垂れ幕が、なんで【おいでませサウスポート】なのか調べるのはすっかり忘れてたけど、次に来た時で良いかって思う。


「エビ食いライル。屋台の親父から預かってるぞ」


 馬車に乗って城門を抜ける時に、獣人の衛兵さんから大きな弁当箱に入ったエビチリを受け取った。


「ありがとうございます」


「何時でも帰って来いよエビ食いの兄弟」そんな言葉と共に。



 結局、魔導書の悪魔は五体のまま。


 海ダンジョンの4階層で悪魔憑きを探したけど、キングロブスターの群れに邪魔されて、結局見つからなかった。


 誰かに迷惑掛けてまで探す程の物じゃ無いと諦めて、1人でキングロブスターを倒せるようになろうと頑張ったんだけど無理だった。


 一角マグロ並に泳ぎが速く、一角マグロ並に体も大きく、しかも数百匹の群れで活動するキングロブスターはホントに強敵過ぎた。


 特殊な形状の網で絡め取るジョンさんの真似をしてみたけど、危うく体ごと海の中に引きずり込まれそうになって、諦めた。




 それと、実家に帰るのになぜに北門から出たのか。


 それは、西部と南部の境目になってる死の大地と呼ばれる幅2km総延長50kmの地面剥き出しの荒地があるから。


 ハルネルケの森の最南端付近に位置する荒地は、毒の水がシミ出して、大地は腐り、息が出来ない程の瘴気が漂う生物を拒絶する危険な場所。


 そこを迂回して西部に向かうより、1度王都へ向かって、主要街道を西に向かう方が安全かつ早く西部に行く事ができるから。


 ホントはエビの養殖を始める為に実家に帰るんじゃ無い。2ヶ月くらい前に村から買い出しに来た冒険者と港で出会って、村の惨状を聞いたから。


「最近になって、やたら魔物が活発化しててな、今年の祭りは小規模なものになった、まぁお前の親父が留守にしてたのもあるけどな」


 色々教えて貰ったんだけど、以前は見られなかった小型の魔物や人型の魔物まで出て来るようになったらしい。


 それなら1度実家に帰って、しばらく実家を中心に活動しようって思ったから。


 ぼちぼちと馬車を操りながら北に向かって街道を進む。すれ違う冒険者達から「また会おうな」「元気で暮らせよ」なんて声を掛けて貰いつつ、王都を目指して進んでたら……


「ねえライル。また会おうね、元気で暮らしなよ」


「「先生またねー」」


 北の森で素材採取をしてたカルラと生徒の子供達に声を掛けて貰った。


「ああ、またな。そっちも元気で暮らせよ」


 カルラや子供達に馬車の上から手を振って返せば。

 向こうも全身を使って大きく手を振り返してくれた。


 因みに乗ってる馬車は、村の冒険者が次に買い出しに来る時に返してくれるから借りてても大丈夫。



 久々に王都を眺めるのかと思いながら馬車を走らせる。


 ライル・ライン、19歳になって、また新しい生活を始める為に王都に向かう、1年前の俺と比べたらかなり日焼けして真っ黒になったけど、少しは成長したと思う。



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