相変わらずの森仕事


 一晩中篝火を焚いて、町の至る所で焚き火で魔物肉を焼きながら、サウスポートの住人総出で酒を浴びるように呑んだ数日後、俺とカルラは数人の子供を連れて北の森に来ている。


「いいか、あそこに生えてるのが重量軽減の触媒になるゼフ草だからな。パッと見は普通の草だけど、地面が剥き出しの所まで近付くと暴れるから注意しろよ」


 森の中で直径3mくらい地面が剥き出しになった場所に生えてるゼフ草の取り方を教えてる所。


『ひよこの嬢ちゃんが頑張ってくれるのは有り難いんじゃが、いつか倒れてしまいそうで心配なんじゃ』


 大宴会中に大酒を煽りながら誰かが放った一言でサウスポート中の至る所で議論が始まったんだ。


「根っこを残して取らないと来年生えてこないから、魔石と根っこは残すように。花の部分にロープをかけて誰かに引っ張ってもらいながら、反対から近付いて根元を切ればいいからな」


 2人以上居るなら余裕で処理出来る魔物。


 着いて来た子供達は皆真剣な顔してメモを取ってる。


「3人1組になって試してみて」


「「はーい」」


 俺が話してる時は真剣な眼差しなのに、カルラが話す時は年相応の顔に戻る子供達。椅子に座って勉強するよりも、森に入って遊びながら勉強する方が楽しそうだ。



 あの時の町中は魔物と戦う冒険者の表情みたく皆がなってて……


『次の領主様がァ倒れたら大変な事じゃ、なんとかせにゃ』


 町中皆が大慌て、エルバスさんがボソリと解決策を言うまで、てんやわんやの大騒ぎだった。


『付与術を学ぶ学校でも作ろけぇ』


 そんな提案が出てから、俺やカルラは大忙し。

付与術の講師はエルバスさんとカルラが交互にやる事が決まったんだけど……


『付与術用に加工して売ってある触媒を使って付与するのはアホでも出来るけぇのォ』なんて言ったエルバスさんと『素材その物を知らないといい仕事は出来ないから、素材集めから勉強しようね』なんて言ったカルラ。


『森の事はライルにお任せします』


 そんなこんなで、何故か俺が付与術用の触媒採取の講師になってしまった。


 それもこれも、冒険者ギルドに売った北の森の地図と『エビ食いの書いた地図がありゃガキでも森で仕事が出来るで』なんて言ってくれた、エビ獲りジョンさんの余計な一言のせい。


 最初は魔物の少ない北の森からって決まったんだけど、子供を連れて森に入るのは危険だからと断ろうとしたんだ。


『コイツらを護衛に連れてってくんさい。コイツらにも狩りを覚えさせにゃならんでのゥ』


 カニンガムさんが連れて来た6頭の森魔狼。

 たった数ヶ月で体長1.5mくらいまで成長したらしい。


『何を食べさせてたんですか? 異常ですよこの成長速度は』なんて聞いた俺に『嫁が魔魚の海鮮焼きを魔石が付いたまま毎日たらふく食わせとったらしい、ガハハハハハ』と、サムズアップしながら答えてくれた。


 その6頭が俺達の周りを50mくらい離れながら警護してくれてるおかげで、子供達には小型の魔物すら近付いて来れない。


 大宴会が始まる前に領主一家の挨拶があったんだけど、現子爵様で領主様がカニンガムさんで、その奥さんが冒険者ギルドの受付をしてる海鮮焼きのオバチャン。

 カニンガムさんの実兄がカルラの親父さんの鮫殺しピッペンさん、んで領主一家の関係者が並ぶ列を見たら、カルラのお袋さんと一緒にクルトさんやエビ獲りジョンさんなんかが並んでて……


『えっ……クルトさんとジョンさんって双子なんですか?』


 細身なのにドワーフの力を備えたハーフドワーフのクルトさん、縦にも横にも大きくて怪力のジョンさん、並べてみると何処と無く顔付きが似てるけど、双子だって言われても信じられないくらいに体格が違うんだ。


『アタイの後ろを着いて回ってた頃はちっちゃくて可愛かったんだがねぇ』なんてビスマ姉さんが2人を見て言ってた。



 鮫との戦いの後にサウスポートの町には、付与術の学校が出来た以外にも色んな変化があった。


 まず1つ、港で運搬人足をしてた人達が海の上を走り始めたんだ。

 南風の2人や俺を見て、海の上も走れるって気付いた運搬人足さん達、海ダンジョンの一階層で走れるようになるまで必死に練習したらしい。


 運搬船で運んでたら処理が間に合わない足の早い魔魚を、冒険者や漁師が仕留めた直後に背負って加工場まで走って運ぶ仕事が増えた。


 2つ目、魔魚の仕留め方に変化があった。

鮫を殺す所を見てた漁師さん達からカルラが作成依頼された手に付ける風魔法を付与した篭手。


 突き刺して殺してしまうより、エラに空気を送り込んで気絶させて、陸に戻ってから〆た方が身の味が良いらしいし鮮度が保てるらしい。ここ最近のカルラはそればっかり作ってる。



 3つ目、五体のどこかを失った人達が漁師に戻った。

カルラの作った魔道具があれば、現役時代より稼げるとか言って、毎日元気に繁殖期で魔物が溢れてる海に出て沢山の魔魚を仕留めてる。


 カルラの親父さんも「ワシが獲った美味い魚を宿泊客に食わせてやりとうてのゥ」なんて言いながら鮫と戦う毎日。


 4つ目、カルラに婚約者が居る事がカニンガムさんにバレて、それが北の伯爵の実弟だとわかって……


『北の青瓢簞の弟なんざァワシャ許さんどォ』


 なんて吠えたカニンガムさん。


 直後にカルラのお袋さんにケツを蹴り上げられて……

『伯爵家から籍を抜いてカルラの所に婿入りしてもいいなんて言ってくれとるんじゃ! この好機を逃せばカルラが行き遅れちまうだろ!』


 なんて罵倒されながら、蹴り上げられたケツを抑えてのたうち回ってた。後で聞いたけど、尾てい骨を複雑骨折してたらしい。


 それに伴って……


「ライル、こっちのアルカ草はどうすりゃいいんだ?」

「なんで僕達まで野草採取しなきゃなんだよ」

「これもまた経験さ。ふっ」


 婿入り修行と称して冒険者ギルド経由で王都から呼び出されたユンケル魔法団の3人。ホントはユングだけ呼び出されたはずが、ケルビムもルーファスも一緒。


『ユングだけ南国美人に囲まれて美味い海の幸を食わせて貰えるのは腹が立つ』


『カルラ嬢と魔法化学談議が出来るチャンスを逃してたまるか、それに僕も美味しい魚が食べたい。ふっ』


 そんな事を言って2人とも自費で滞在中。

 面倒臭いのは3人とも海馬亭に宿泊してて、毎日のように「南風のお2人に指導を受ける機会を作って欲しい」なんて頼まれる事。


 仕方ないからビスマ姉さんに相談してみたら「せめて泳げるようになってからだねぇ」なんて言われて、日々海ダンジョンの一階層で浮き輪を付けて泳ぐ練習に付き合わされてる。


 5つ目、1頭は逃げたけど、1頭は仕留めた大牙鮫。

 クルトさんが近付いたら巨体とは思えないスピードで外洋に向かって泳いで行ったらしく、クルトさんは途中で踵を返して、俺が炎華をぶち込んだ鮫の反対側の体の切れ目から靴を突っ込んで風を噴出させたらしい。

 窒息してひっくり返った鮫を完全に仕留めるまで数分掛かったらしいけど腹を裂いて心臓付近にあった魔石を取り出すまで動いてたらしい。


 んで、腹を裂くのに活躍したのが鮫が自ら撃ち出した牙。俺が持ってた短剣と、カルラの親父さんやカニンガムさんが持ってた短剣は刀身の形がそっくりで、その形の牙の短剣が大人気。


 大量に採取出来た鮫の牙は、ほとんどが同じ形の短剣へと姿を変えて、町の男達の腰にぶら下がってる。


 俺も予備にもう一本買ったくらいだから、値段的にも高い物じゃなくなったし、大量に作られたから珍しい物でもなくなった。


 鮫の身や内臓も色々な加工品になった。

 他の魔魚と併せて、数ヶ月くらい漁獲量が0になっても大丈夫ってくらい、港に建ち並ぶ冷凍倉庫がパンパンになったって教えて貰った。



 最後に町の食料事情と財政について。


 森側に溢れた魔物達は衛兵や領主軍が、海鮮焼きのオバチャンの指揮の元、解体されて様々な素材に分けられ、肉は食肉に加工されて町に持ち込まれた。


 おかげで食い切れないくらいに在庫が出来て、革や骨、魔石なんかの魔物の素材は数年分、食べ切れなかった肉を売却したら町の財政1年分くらいになったらしい。


『鮫の腹から魔水晶が出て来たのもビックリじゃが、魔物の肉もとんでもない金額になったのもビックリじゃ! ガハハハハハ』


 なんて言いながら、こっそり金貨数枚をへそくりしようとしてたカニンガムさん、奥さんの海鮮焼きのオバチャンからしこたま怒られた後に、上機嫌で北の伯爵との麦の取引に出掛けて行った。



「先生また明日」なんて城門を潜った後に子供達に言われて、待っていた母親達から沢山の屋台飯を貰って宿に帰る。


「なあライル、俺の愛しいカルラ嬢に指1つ触れるんじゃ無いぞ」


 どうやらユングとカルラは1回生の頃から付き合ってたらしい。12歳なら普通のサイズだもんなカルラって……


「全然知らなかったし。てか学園の実習、お前が手伝えば良かっただろ」


 3回生の時に俺とハンセンで手伝ったダンジョン攻略。今じゃ懐かしい思い出だけど、なんで彼氏だったのに手伝わなかったのが気になる。


「お前は殿下から「身内だから俺が手伝うよ」なんて言われて断れるか?」


 ああ、そう言う事か……


「断れば良かっただろ。たぶん断られる事を期待してたと思うぞハンセンは」


 貴族出の連中から殿下って呼ばれるのを凄く嫌ってたハンセン。付き合うのは一般人ばっかりだった。


 冒険者コースの先生から『冒険者として生きて行くなら身分は捨てろ、誰が王様だと叫んで魔物が待ってくれる、そんなわけないだろ』なんて言われてユングもしぶしぶハンセンって呼ぶようになってたけど、今じゃ殿下って呼び名に戻したんだな。


 ちなみに俺は殿下って名前だと最初は思ってて、普通に殿下君って呼んでしまった事がある。


「そうなのか? なんでそう思うんだ?」


 だって……


「それは「あのバカ、惚れた女の子くらい自分で面倒見ろよ」なんてブツブツ言いながら森にはいっていったからな、その時は分からなかったけどお前の事を言ってたんだな」


 直後に小さなカエルがハンセンの顔に飛び掛ってきて絶叫してた、あの時はホントに笑えた。


 王都に居た頃の思い出も、こうやって思い出すと、悪いものじゃ無かったなって思えるのが不思議。


「エビ食いの兄ちゃん! 今日は良いブラックライガーが入ったんだ、兄ちゃんの分にエビチリ残してあるけぇ、持って帰ってくんさい」


 両手に持ち切れないくらい屋台飯を抱えてるのに、エビチリを貰った……めちゃくちゃ嬉しい。


 エビ専門の屋台のおっちゃんは、俺がサウスポートに来て初めて食べたエビチリをオマケしてくれたおっちゃんで【エビ食いライル御用達】なんて上りを立てて商売してる。


 確かに3日と開けずに食べてるから御用達は間違ってない。だけどすこし小っ恥ずかしい。


「ライル、僕達にも分けてくれるんだろうね?」

「あの店のエビチリ、美味いけど売り切れるのが早すぎて滅多に食えないんだよ」

「エビチリの赤は僕にこそ相応しい。ふっ」


「食いたいなら予約しとけばいいだろ? まぁ分けてはやるけど……」


 パーティー組んで活動するのも楽しいな。


 そんな感じの日々が続いてる。

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る