収束
若いオスは憤っていた。
卵や白子を腹に蓄えた栄養価の高い餌を追って来てみれば、体の周りを黒い何かがブンブン泳ぎ回る事に。
周りの水ごと吸い込んでやろうとしても、他の餌とは違い、どう言う訳か逃げて行く。
そうして居るうちに体の動きが悪くなった。
魚には痛みを殆ど感じないモノがいる。そしてこの鮫もそれであったがゆえに気付かなかった。
水面に何かが浮かんでいて、そこに向かって体が引っ張られる。身動ぎをしようとしても反対に引かれ動けない。
以前この場所に来た時はたらふく食えた。
周りを泳ぎ回る何かが居たが、牙を数本使えばソレの殆どを食う事が出来た。
だからもう一度牙を使おうと考えたようだ。
若いオスを少し離れて傍観するメスの鮫は気付いていた。
この場所で、昔同族が命を落とした事を。
成体になれば敵の存在しない海の中で、この場所が危険な場所だと言う事に。
若く強いオスだが見限るしかない、腹に抱えた我が子を危険に晒す訳にはいかない。
メスは逃げる準備を始めた、海面から聞こえる音が危険な物だと分かっていたから。
せっかく見付けた新しい番だったが仕方ない。
腹の中に宿る子を危険に晒す訳にはいかないのだから。
クルトさんが遠くでじっとしてる鮫に向かって行く中で、空中に飛び出した人達。よく見れば2種類居るのが分かる。
片方は銛を片手にもう一度潜って鮫に向かう人達。
もう片方は体に真っ白な何かがくっ付いてる人達。
それを見ながら鮫に向かって走り続けてたら……
「ライル! 鮫の大牙に近付くんじゃないよ。破裂して周りに小さな牙を飛ばして来るからね」
そう言われてもう一度白い何かが付いている人達を見たら、くっ付いてるんじゃなくて刺さってるんだと認識出来た。
「タコ食い、怪我人の事はワシに任せい! 運搬船まで運んだるけェ」
声のした方をチラ見してみればマグロ追いカーネルさんが、白い牙が刺さった人を抱き抱えて凄い速さで泳いでる所で……
「鮫殺しがやりよったでェ、両目とも抉りよったどォ!」
腹に牙が突き刺さった人が運ばれながら大声で叫んだんだ。
鮫殺しって、確かカルラの親父さんだよな……
「ビスマ姉さん、海の中に入らないで!」
俺より少し前を走りつつ鮫の鼻先を目指して海に飛び込もうとしてるビスマ姉さんに向かって叫んだら……
「なんでだい。海に入らなきゃ鮫の口を閉じられないだろ!」
なんて言って怒られた。
「魚は音と匂いで判断してます。目は補助的な物でしかないんです! 海に入らなければ音でしか判断出来ないんで、今の状況なら安全に近付けますから」
周りに次から次に立ち上がる水柱、黒いタイツを着た人達が、射出される牙を避けて空中に逃げた事で発生したもの。着水する時の音があれば、俺やビスマ姉さんの足音も掻き消されるはず。
「それじゃぁアタイは勢いのままに鼻っ面でもぶん殴ってやろうじゃないの。エラは任せたよライル」
あと50m、一気に走り抜けよう。3秒もあれば辿り着くさ。
「もちろんです!」
腰に付けたまんまだった魔導書と短剣をそれぞれ左右の手に準備して……
「鮫如きが人様に逆らってんじゃないよ!」
なんて怒号と共にグチョっともグショッとも取れる音が鳴り響く。
ビスマ姉さんが棘の付いた大きな鉄の棒をフルスイングで鮫の鼻先にぶち当てて、振り抜いた方向に鮫の鼻が向いたんだ。
そして俺の方に鮫の左のエラが向いた。
横ビレの前に何ヶ所かある大きな切れ目、あれがエラから海水を出す切れ目のはず。
そこを目掛けて大ジャンプ。
捕まる所なんかない鮫の体に短剣を深々と突き刺してしがみついたら、体ごとエラの中に入って……
「炎華・最低温度、最大出力」
エラの切れ目から空に向かって吹き飛ばされつつ、大量の空気を鮫のエラに送り込んだ。
この悪魔の力が、こんなに役に立つとは思ってなかった。
ハンセンに全力で当てた時には、本気でサウナを温めるバイトでもしようかと思ってたくらいだったし。
「なんじゃあ! 鮫が泡吹きよったでぇ」
俺が出した大量の熱風が鮫の口から大放出。
「親父さん逃げて! もう1発行きます」
片足で風を吹き出しながら、短剣を手に空中に飛び出したカルラの親父さん。
真っ黒な全身タイツが所々破けてるけど怪我はして無さそうだ。
そして俺、もう1発炎華をぶち込む為に、エラに向かって走り出すつもりが……靴が片方脱げてて……
右足は大丈夫だった、でも左足を海面に付いた瞬間ズボッと海に……
そんなこと全然考えて無くて、思いっ切り足を踏み出したから、体ごと海の中につっこんで……
その後の事は溺れたから覚えていない。
「早う氷を持って来てつかあさい!」
なんだろう……周りがうるさい……
「夜飯は肉じゃけぇ皆の衆気張りんさい。猪肉も熊肉もオーク肉も今日は食い放題じゃけぇのォ」
沢山の足音と怒鳴り声がする。
「10番倉庫まで満杯じゃぁ、貯水槽に氷をぶち込むけぇ、処理仕切れんのは後回しにしんさい」
魚の匂いがする。
「肝油にする分は明日でもかまわんけェのォ」
すごく腹が減る、美味そうな焼肉の匂い……
「足の早いのはもう終わるけェ、明日に回せるんは明日に回しんさい」
ああ、これは朝のセリが終わった後だ……
朝のセリ……朝の……
「鮫!」違う、朝のセリなんてとっくの前に終わってる。今は鮫と………………
「あっ、目が覚めた。大丈夫? まだボーっとしてる?」
何故かエプロン姿のカルラが居て……
「お疲れ様ライル。喉乾いてない? お腹減ってない?」
周りを見れば市場の屋根の下で、沢山の人達が沢山の魚を加工してる所で……
「おじさーん。ライルの目が覚めたよー」
起き上がろうとしたら頭が痛くて……
「酒ェ飲ませたら目が覚める言うたじゃろ」
声の主はカニンガムさんで……って酒?
「絶対違うと思う。どう考えても治癒魔法のおかげだよ」
カニンガムさんの脂ぎったツヤツヤの頭が光ってて……
「まぁまぁ。そんな事よりエビ食い、これから町中で明日の朝まで宴会じゃけぇ、前に食っとった草の根っこを食っときんさい」
なんて事を言われた。
沸き立つサウスポートの町を見下ろしながら、鳥に乗った魔族が1人。
「ちくしょう! まただ、また海に出る道を奪えなかった」
魔族ゆえに見た目では年齢は分からないが、それ程歳を重ねた魔族には見えない。
「若様、もう一度戦力を整えるのは……」
そして魔族を乗せている鳥もまた魔族である。
「分かってる。南に直接向かうのは無理だ」
海の魔物と協力してサウスポートを制圧しようとしていた魔族。
数年の月日を費やし集めた戦力の殆どは殺されてしまった。
「北の湖に行きましょう。邪水を浄化すれば水源を湖に頼っている人どもは生きていけますまい」
西に向かっていた鳥が急に進路を北に変えた。
「浄化出来るアテはあるのか?」
「北にアレを引き寄せれば」
そんな言葉と共に飛ぶ速度が上がる。
「ナメクジのおじさんか……分かった」
そんな魔族の言葉と共に。
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