挟み撃ち


 傷だらけの冒険者がギルドに飛び込むのとほぼ同時にギルドを飛び出したカルラだったのだが、自宅に帰って部屋に飛び込んだ後に悔しくて塞ぎ込んでいたら、ライルと【南風】の2人の叫ぶ様な声が部屋に飛び込んできた。


「まだ足りないよ!」


 南部では何処に行っても姐さんと呼ばれるクマの獣人、南部では知らない人が居ない程に有名なハーフドワーフ、どちらも国内最高峰の金級冒険者に、何をするか、どう動くか、何を用意するか、そんな事を献策している自分のパーティーメンバーでもあるライルの声を聞いて、何か大変な事が起きたと理解した。


「嬢ちゃん、港に来てくなっせ! 堤防の結界がヤバいんじゃ」


 それとほぼ同時、海馬亭のドアを開けて大声で叫ぶ街の衛兵が1人。


「鮫殺しさんよぉ。あんたのとこの嬢ちゃんを呼んでつかぁさい。港が大変なんじゃ」


「なんならァ、何が起きとるんじゃ。さっきの大声は【南風】の2人じゃろ、何が起きとるんならァ」


 開けっ放しの宿の扉の外では、武装した冒険者が次から次へと西に向かって走っている。


「海と森が同時に溢れよった。海には衛兵と漁師しかおらんのじゃが、漁師共はワシらの言う事は聞いちゃくれん。頼むけぇあんたのとこの嬢ちゃんを呼んでつかあさい」


 叫び声のような衛兵の声を聞いて部屋から飛び出したカルラだったのだが、まだ少し涙目な事に気付いて袖で目を拭った。


「海と森が同時に溢れたってどういう事? 師匠の結界が壊れそうなの?」


 階段を降りながら衛兵に投げ掛けた質問。


「防波堤と結界を使って漁師達が魔物の上陸を防いどるがァ、親父が居らんけぇ誰もまとまろうとせんのじゃ。漁師共はワシら衛兵の言葉に耳を傾けんが、嬢ちゃんの言葉には耳を貸しよる。頼むけぇ海岸で指揮を取ってくんさい」

 

 齢8歳で師匠に連れられて冒険者となってから、数年のうちにサウスポートでは知らない人が居ない程に重要人物となったカルラ。


「ハゲはどうしたんなら、こんな時はアレが指揮せにゃならんのじゃろが!」


 カルラの父親が親父と呼ばれる冒険者を呼ぶ時はハゲと呼ぶ。


「親父は兄貴と一緒に森で戦っとるけぇコッチには来れん」


「ワシも後から行くけぇカルラ! 先に行っとれ」


【鮫殺しピッペン】現役時代はサウスポートで1番の漁師、強さも漁獲量も他を寄せ付けた事がなく、冒険者達すら頭を下げていた人物だったりする。


「お父さん、無理しちゃダメだよ。お母さん先に行ってるね」


「準備が終わったら私らも行くけぇ、港のバカ共を頼むよカルラ」


 そうして海の戦いも始まる。






  一方その頃の森側では。



「カニンガムさん! 中央だけをお願いします」


 左右にはクルトさんとビスマ姉さんが行ってくれた、40人程居る冒険者達はそれぞれ2人に半分くらいが付いて行ってくれた、あとは中央を川まで押し返せば時間は稼げる。


「祓魔師の兄ちゃん、確か名前はライルじゃったか。助かった、これで一息つける」


「エビ食いって2つ名を貰いました。お久しぶりです」


 川沿いの堤防を魔法で補強したエルバスさん、青ざめた顔とおびただしい汗が魔力切れな事を教えてくれる。


「サルモネラー・範囲最小、威力最大」


 俺のエストックは腐らない、どんな素材で出来てるのかは知らないけど赤黒い刀身は腐り魔法を纏う事が出来る。


「無機質系の魔物や軟体生物を優先でお願いします。地竜は任せて」


 竜対策で最も効果がある物、竜種の五感は人間のソレとは比べ物にならない程に良い。


「最前線生まれじゃったのう。こんな時は心強い味方じゃわい」


 巨大な斧を1振りする事に砕け散って行く魔物達、モスキートンをばら蒔いた影響を受けた魔物達は戦いながらも気になってたまらないみたいだ。


 目の前の堤防を乗り越えようとする地竜、俺の地元では臭い玉を使う。でも今は持ってないから竜の鼻を目掛けて、腐り魔法を纏わせたエストックで魔物の死体の切れ端を飛ばす。


 堤防を越えようと顔を出した竜の鼻先にバッチリヒット。ここで使うのは……


「炎華・最大出力」


 ホットフラワーデビル・ヒートウインドを地竜に向かって最大出力で。


 尻尾まで合わせると体長20mくらい、普通サイズの地竜が鋭すぎる嗅覚に直撃した腐った魔物の欠片の匂いで、もがいて暴れ回れば……


「堤防を上がってくる魔物だけを重点的に、クルトさんやビスマ姉さんの方は大丈夫です。あの二人の得意な魔物しか居ませんから」


 返り血や自分から出た血が泥と混じってどす黒く染まっている冒険者達に指示を出す。後ろに抜けた小さな魔物は冒険者達の餌食になっていく。


「エビ食い、助かった! 皆の衆、もうひと踏ん張りじゃ」


 魔法で作られた土の堤防を一気に駆け上がって上に立って見れば……


「無理です! 堤防がもちません、撤退の準備をお願いします」


 何千だろう……森から溢れて川を渡ろうとしている魔物の群れ……


「鳥系の魔物が多数確認出来ました、上空に気を付けて」


 ここで1分稼げば、町の防衛が1分整う、出来るだけ時間稼ぎしないと。でも今の戦力じゃ堤防を越えられたら終わる……


 こうなりゃやけだ……やってやろうじゃないか。


「ピーガン・最大出力、範囲最大」


 堤防を登ろうとする魔物達に向かって……


 ヤバい……海に入る前に1度全部出したはずなのに……あれから5時間以上経ってるから溜まったんだろうな……ちょっと出た……


「エビ食い、何をしたんなら。阿鼻叫喚とはこう言う事を言うんじゃのゥ」


 腹痛でのたうち回る魔物達。魔物が出した物で染まる川。えぐい匂いと魔物の叫び声……


「今のうちに拠点の強化を。このままじゃ数分後には突破されてしまいます」


 次から次へと堤防を登ろうとする魔物達にピーガンとモスキートンを併用で掛け続けていたら、堤防の上に駆け上って来たカニンガムさん。


 次に何が必要か伝えたら。


「ワシの姪が付与した補強が生きとる堤防じゃ、そう簡単には崩れたりする訳ないじゃろ。もうすぐ若衆も来てくれるわい、ここで全部を迎え撃つで」


 堤防の上から後ろを見れば、怒号と共に土煙を上げて続々と冒険者や衛兵、領主軍が1団となって駆けて来る所で……


「街道まで魔物を1匹も通す訳にはいかんけぇのゥ」


 ニヤリと笑うカニンガムさんの頭は返り血を浴びて真っ赤に染まってた。




「魔法兵、土壁と空堀を一気に仕上げろ。弓使い、堤防の向こうに曲射!」


 エルバスさんの大きな声、これはカルラと同じ音声を増幅する魔道具を使ってるんだろうな、地竜の咆哮よりデカい声だし。


「冒険者と衛兵はそれぞれ左右に散れ、クルトとビスマに指示を出させろ。中央に魔物を集めるんじゃ」


 堤防の上で登ってくる魔物の頭を斧で叩き潰しながらカニンガムさんが叫ぶ。肉声のはずなのにエルバスさんなみにデカい声だ。


 俺はエストックの腐り魔法を解除して、はい上がってくる魔物をひたすらに突き続ける。


「大型の魔物達が取り付く前に一旦引きましょう」


 魔法使い達が一気に仕上げた簡易の砦。10m位の深さと幅で、掘り下げた土を一気に積み上げで作った土壁は南北に500m程立ち上がっている。


「親父ぃ! ライルの言う通りにしな!」


 ビスマ姉さんが曲がった鉄棍を魔物に投げ付けて堤防の下から叫べば……


「左右の雑魚共は半壊して逃げ出し始めたけぇ、中央のデカいのだけじゃ。親父ぃ、1度堀の後ろまで下がるでェ」


 返り血を浴びてない場所なんか無さそうなクルトさんも帰って来た。


「水があったら使えないんです。空堀を一気に埋めますから、空堀の後ろまで下がって!」


 何をするかって? そりゃ……


「ライル頼んだよ!」


「はい! 補助は任せて下さい。ここはお任せします」


 空堀の北側に向かって走り始める俺、やることはナメッシーの粘度を最大に上げたベトベトで空堀を埋めつつ、土壁の表面に粘度を通常に戻したヌルヌルを付着させる事。


「ナメッシー・粘度最大、最大量」


 1発で大型の公衆浴場を満たせる程のヌルヌル魔法を連発。


 南に向かって空堀を埋め尽くすように連射しながら。


 南北に伸びた空堀は、中央を20m程開けて1度分断されている。中央に集めて袋叩きにするつもりなんだろう。中央付近を走る時は魔法は発動しないでおく。


「準備が出来たら中央に魔誘薬を散布します、クルトさんもビスマ姉さんも、そのつもりで!」


 土壁の切れ目から見えた沢山の人達、たぶん南部も俺の地元と同じなんだろう。魔物が溢れるなんて良くある事、皆がそれぞれに、どう行動すれば良いかを分かってそうだ。


「アタイらの出番はここまでだよ。皆に見せ場は残してやらないといかんけぇねェ」


 魔法使いの出した浮いている大きな水球に豪快に飛び込みながらビスマ姉さんに言われた。


「さっさと準備を終わらせて戻って来いライル。南部人の戦いを見学させて貰え」


 蛮族とでも言えば良いんだろうか、見た目は全く統一されてない1団、だけど全員が前を向いている。


 視線の先にはカニンガムさんとエルバスさん。


「エビ食いのォ。終わったら浴びる程に酒を飲むけェ覚悟しときんさいや」


 え? 帰って寝たいです。そんな事をふと思ったけど言わない。


 さっさと南側の空堀をベトベトで埋めて、壁にヌルヌルを付けて中央に戻ろ……





 俺が南側の空堀を埋め尽くすのとほぼ同時に堤防が砕けた。


「魔誘薬投げます!」


 俺が投げればクルトさんもビスマ姉さんも同じ様な場所目掛けて投げてくれた。


「炎華・最高温度、最大出力」


 ほんの少し吸っただけでウッドスネークが気絶してしまう、カルラ特製魔誘薬、熱風に煽られた効果は抜群で、風に乗った薬の匂いを嗅いだ魔物が中央切れ目目掛けて押し寄せてくる。


「盾構えろ! 斧槍上げ! 弓、魔法、放てー!」


 領主軍が最前列に並ぶ中、最前列中央にカニンガムさんが大きな盾を持って立っている。


 軍に指示を出すのは弓兵の前に立つエルバスさん。


「受け止めろぅぃ! 押し返せぇ!」


 最前列に最初に飛び込んで来る魔物は四足歩行の魔物達、レッサーボアとは比べ物にならない程大きいグレートボアが数十頭、一気に盾を構えた領主軍に突っ込んだ。


「斧槍下ろせぇ! 盾ェ押し返せぇ! 魔法構え! 弓構え!」


 冒険者達は幅5mくらいの土壁の上に立って、思い思いの攻撃手段で堀を埋め尽くされたベトベトにくっついた魔物達を攻撃し始めた。


 

 どうなる事かと思ってたけど、何とかなりそうな気がして来た。

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