海と陸


 海の小規模スタンビート初日、雨季の到来を告げる土砂降りの雨の中で、漁港は1年で1番の盛り上がりを見せる。


 そんな中、俺の初日の成績と言えば……


「アーリマンはまだ来てないらしいぞ」


 カルラに頼まれたアーリマン複数体。流石に初日からノルマ達成出来る訳もなく。


「初参加でこれだけ取れたら今日の稼ぎは十分じゃないか?」


 漁港に隣接してるサウスポート鮮魚市場で、仲買さん達や、水産加工を営む商会の商会長達や大番頭達が漁師や冒険者の捕獲して来た海の幸を競り落としてる横で、セリを見学しながら自分の獲った魔魚数十匹の値段がどうなるか楽しみ。


「今年初参加ってなら地元の少年冒険者達のほうが稼げてるよ」


 それを言われたら耳が痛い。


「ライルはお金になる魔魚より、強い魔魚を狙ってたんでしょ? 話を聞いてヒヤッとしたよ」


 ヒートウインドの使い方を工夫して、出来るだけ温度を上げずに海中で大きな泡を盾のように目の前に迫る魔魚の目の前に作り出すと、そこに飛び込んだ魔魚の動きが一瞬止まるんだ。


 あとは覚えた短剣術、カルラの親父さんは片刃の反りのある短刀使いだったけど、両刃の短剣の使い方も上手くて、動きを見て覚えて、試して見て工夫して、銛を扱うよりずっと楽に魔魚を倒せるようになった。


「俺の目標はこんな所じゃないからな。いつかキングロブスターを自力で仕留めるのが目標だし」


 エビ獲りジョンさんに教えて貰ったキングロブスターの生息地、見に行ったんだけど、今の俺じゃ食われるのがオチ。


「また言ってる……エビ好きなのは分かったから、森で行動する時みたいに、ちゃんと安全を確保してからね」


 カルラはカルラで戦場のようだったって、氷を作る魔道具の出力アップや生で保存する為の時間停止の付いた魔法箱の効果の上書き、魚から一気に水分を抜いて腐らないように乾燥させる魔道具の調整なんかが特に大変だったそうだ。


「2人合わせて今日だけで大白金貨1枚超えてるね」


「俺が王都で稼いだ数ヶ月分だな」


 たった1日ですごい事になった。


「雨季の初競りは御祝儀価格だから、明日から値段は落ちるよ。ちゃんと考えてお金になる魔魚も狙ってね」


 どうしてカルラがお金にこだわるかって言うと、装具を揃えるのに冒険者ギルドに借金をしたから。


 ゴブリン革に色味や質感が似てて、防御力を上げようと思ったらオーガ革かフォレストロックリザード革しかなくて、オーガの革はサウスポート中を探し回ったけど在庫無し。


 だからフォレストロックリザードの革を購入する事になったんだけど、カルラと2人分買うのに紅金貨2枚と少し……


「ボクの分は要らなかった気がするんだけどな」


「自分で素材を集めるなら森で行動する為の防具は必須だぞ」


 カルラと今後の事を色々と話し合った結果なんだけど、カルラはサウスポートを離れるつもりは無いそうだ。

 俺はまだまだ色んな場所を自分の目で見たいから、ある程度目処が立ったらサウスポートから出て行くつもり。


 あまりにも居心地が良いから、腰を据えたくなるけど、やりたい事があるから仕方ない。




 カルラと2人で冒険者ギルドに向かう。

サウスポートの冒険者ギルドに在籍してる者は、今日だけは全員参加の大宴会らしい。


 例外は街道の見廻りをしてる陸の冒険者達だけ。

その他の陸の仕事をメインでやってる冒険者達は、堤防沿いで海から上がってくる魔物達を狩ってたから、今日は海の冒険者達と同じく海の魔物討伐。


「サバの親父はまだかいな、親父がおらんと乾杯の挨拶をやる奴がおらんけぇ困るのゥ」


「一本釣りの兄貴もまだ来とらんのゥ、何かあったんじゃろうか?」


 皆が同じような事を言ってる、結局サウスポートに来てから3ヶ月近く、サバの親父と言う冒険者には会う機会がなかった。


「師匠が初競り後の大宴会に最初から参加しないなんて珍しいな……」


 一本釣りの兄貴と言う人がカルラの付与術の師匠らしい。結局そっちにも1度も会えてない。


「ほうじゃ。サバの親父と一本釣りの兄貴の愛弟子が居るじゃない。乾杯の挨拶を頼もうけェ」


「えっ! ボクは無理だよ」


 俺とカルラが座ってるテーブルの真横に居た冒険者が放った一言に、魔道具で声が増幅されたカルラが驚いて答えてしまった。


「ひよこの嬢ちゃんが乾杯の挨拶するなら誰も文句は言わんけェ。ささ、頼んまさァ」


 あれよあれよと言う間にカルラが300人近く居る冒険者達より1段高い場所、冒険者ギルドの受付カウンターに立たされた……


「ひよこの嬢ちゃん、頼むでェ」

「よっ! 嬢ちゃんが挨拶するでェ静かにせいやァ」

 

 俺は知ってる、カルラの2つ名【ひよこ好きカルラ】


 カルラが小さい頃に初めて冒険者ギルドに登録した時、1番好きな物は? と聞かれて答えたのがひよこ。

 その日からカルラはひよこの嬢ちゃんと呼ばれてるらしい。


 誰もカルラの事を半人前のひよっことは思っていない、荒くれ者の集まるサウスポート冒険者ギルドで乾杯の挨拶を勤めても、誰も文句は言わない程に信用されてる冒険者だったりする。


 でも本人は……


「ボクだって何時までもひよこじゃないもん!」


 思いっ切り涙目で音声を増幅する魔道具経由で放たれたカルラの叫び声……


 ポカンとなって、静かになった冒険者達……


 涙目のままカルラは冒険者ギルドの酒場を飛び出して行った……


 そして……


「大変じゃ! えらい事が起きてもうた! 戦争じゃァ! 戦争じゃァ!」


 傷だらけでボロボロの格好の冒険者がギルドに飛び込んで来たのは、ソレとほぼ同時。


「何が起きたんならァ! 息を整えて分かるように話しんさいや!」


 クルトさんが滅多に使わない南部訛りの混じった言葉で叫んだら、飛び込んで来た冒険者から放たれた言葉……


「西の森が溢れよった。サバの親父も一本釣りの兄貴も見廻り組と森の境で時間を稼ぎよるがァ、どう足掻いても数が足りん」


 その場に居た冒険者達の笑顔が一瞬で凍り付いた。


「皆の衆、得物を持てぇい! カチコミじゃ! カチコミじゃァ! 海鮮焼きのォ、領主の私兵を纏めて来てくんさい。ライル、アタイらは先に行くよ」


 手に持った濁り酒の入った大ジョッキを一気に飲み干してビスマ姉さんが吠えた。


「はい! 陸の魔物の時間稼ぎならいくらでも」


 クルトさんとビスマ姉さんと一緒に冒険者ギルドを飛び出した俺。


「装具は付けながら走りましょう、森の境目を拠点にして小型の魔物は後ろに回しても構わないですが、大型の魔物は通さないつもりで」


 クルトさんもビスマ姉さんも腰に付けてる魔法鞄から装具を取り出しつつ走ってる。俺も同じく。


「まだ足りないよ、他には」


 カルラから預かってるのがある。


「カルラ特製の魔誘薬が数本あります。鼻のいい魔物にはこれで対応を」


 魔法鞄に入ってる試験管を2本ずつクルトさんとビスマ姉さんに渡す


「まだ足りないよ!」「ビスマ! 後は現地に着いてからだ、思いっ切り走るぞ」


 3人とも下半身の防具は付け終わった。上半身は走りながらでも大丈夫。街中を西門に向かって思いっ切り走る。


 【南風】の2人に付いて走れる冒険者はサウスポートには居ないらしい。俺は走るのは得意だから余裕は無いけど大丈夫。


「タコ食い! 悪食! 衛兵隊ももうすぐ集まるけェ、親父達を頼んまさぁ!」


 開け放たれた西門を走り抜ける時に獣人の衛兵さんに頼まれた事を【南風】の2人は……


「任しときんさい」「親父が居らにゃァサウスポートは立ち行かんけぇ何としても守っちゃるわァ」


 そんな事を答える2人の金級冒険者、後ろから見てて本当にカッコイイって思えた。


「今回は地面にナメッシーを撒くのは無しで行きます、基本的にはモスキートンで阻害するので、そのつもりで」


「あいよ!」「後続の冒険者達が簡易砦を築いたらベトベトの方で補助を頼む」


 後から来る冒険者の中に混ざってる土魔法使い達が作る簡易の空堀と壁、それが出来上がるまで、何としても持ち堪えないと。


「今回は俺もエストックを使います、俺の事は気にしないで2人は好きに暴れてください」

 

 左手に魔導書、右手にエストック、これが俺の1番得意な戦い方。


「ライルっ。クルトの近くに行くんじゃ無いよ!」


 クルトさんが本気になった証、先が5つに別れてる鞭を両手に持った。


「目視さえ出来れば大丈夫です。姉さんも気を付けて」


 姉さんなんか片手に1本ずつ棘の付いた大きな鉄棍。


 西の森の境目には川幅20m位の川が流れてて、堤防の方から叫び声がする。


 まだ500mくらい離れてて遠巻きに見える冒険者達の姿は……


「あれはなんならァ!」「竜じゃ、地竜が居るぞ」


 40人程で少し距離を取って必死に遠距離から竜を押し返そうとしてる。


 あれならイける……


「クルトさん、ビスマ姉さん、竜は俺に任せて」


 地元で何度戦ったか。


「ライル、あんた1人で大丈夫けえ?」


 もちろん、竜対策はバッチリさ。


「ビスマ。ライルが任せろと言うんだ、任せるぞ」


 信用されてるって良いな……


「地元では地竜なんて日常茶飯事です。村の子供達でも追い返せますよ」


 倒すのは無理でも追い返すのは簡単。


「さすが最前線生まれ」


 俺の生まれた村は人間と魔物の領域を分ける山脈にある。


 村を出て山脈に向かって歩けば1分と経たずに大型の魔物用の罠だらけの森。


「人型の魔物は任せます。ヒガンテスやサイクロプスが右側に集まってるので其方をクルトさんに」


 人型の魔物や小型の魔物なんて殆ど居ない地元では、戦い方を覚える事が出来なくて、人型の魔物は苦手。


「オーガやゴブリン、オークなんかが左側に集まってるのでビスマ姉さんはそっちを」


 森から流れてる来る風に乗って、魔物の匂いが溢れてる。森は俺に教えてくれる、コイツらなら大丈夫だと。


 盾がわりに左手に持った魔導書と、赤黒い刀身のエストック、たった5個の魔導書の魔法、地元に居た頃と比べたら随分マシになった防具。


「一気に押し込むよ」


「はい!」


 あと数十mで魔物の先頭集団にぶち当たる、そんな時に見えたのは、大きな斧を振り回して竜と対峙してるカニンガムさんと、その真後ろで魔法を連射してるエルバスさんで……


「親父! 兄貴! タコ食いと悪食が来よった! 助かるでぇー! 助かるでェー!」


 それを必死にサポートしてる40人位の冒険者達。


「皆さん1度後ろに下がって、魔物達の動きを止めます!」


 見える範囲全てにモスキートンを振り撒く為に叫んだら。


「祓魔師の兄ちゃんか! 任せるけェ一気に行ったんさい!」


「皆の衆! 撤退じゃあぁ! 多重展開・土壁」


 俺の声に気付いたカニンガムさんとエルバスさんをすり抜けて……


「モスキートン・範囲最大、効果最大」


 大雨の中、堤防沿いの防衛戦が始まった。


 

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