6階
筆記用具も既に5セット、なんで5セットもあるのかと問われたら、あの日から毎日来てるから。
一応だけど学園ダンジョンでも野草や薬草は採取出来るし、ゴブリンや角兎、野犬の群れや小型の虫系の魔物なんかとも戦えるから。
石を投げて来るゴブリンの攻撃を魔導書で撃ち落とす練習や、どう魔導書を掴んで殴れば大きなダメージを与えられるかを検証してたりする。
やっぱり大ダメージを与えるなら背表紙のカドが最適で、タイミングさえ合えばゴブリンくらいの頭蓋骨なら一撃で陥没する程度には使いこなせるようになって来た。
魔導書に大きな衝撃を与えると、封印された悪魔の力が威力や種類はランダムで自動発動する事を理解した。
何回もゴブリンを頭からヌルヌルにしたり、頭を殴ってるのに腹を抑えて逃げ出すゴブリン、殴られていきなり背中を掻き出すゴブリン、全身が腐って絶命するゴブリン。
ハズレなのは魔導書から生暖かい風が吹いて一瞬何が起きたのか分からなくてキョトンとするゴブリンだった時。
「この戦い方でもゴブリン複数なら余裕があるんだな」
ダンジョンの魔物は死んでも体が残らない、何匹かに1匹、小さな魔石か体の1部を残すだけ。
野草や薬草は普通に採取出来るのにな。
「先輩、何してんですか? そんな所で呆然として」
学園の購買部、と言うか学園が経営してる売店で、5回目の筆記用具を当てた後の俺を見つけて話し掛けて来たのはアイシャで、ちょうどインクを買いに来たらしく、当たった筆記用具の中からインクを1瓶渡しといた。
「一応な、このクジがオマケ程度の物だって分かってんだけどさ、どうしても筆記用具以外を当てたくて」
ギャンブルにハマって大きな借金を作ったダメな男を見るような目で俺を見て来るアイシャ、止めてくれそんな目で俺を見るのは。
「一応ブッカーとしての練習も兼ねてんだ、生活費を稼ぐくらいなら、ここのダンジョンでも出来るし」
ブッカーと聞いて目を輝かせたアイシャ。あれ? なんかまずいことでも言ったかな?
「先輩、私も付き合います。今日はもう終わりですか? まだ昼前ですからもう一度くらい行きますよね? 魔導書取って来ますから、ここで待ってて下さい」
え? アイシャも来るの?
そんなやり取りがあったのが2時間ほど前で、今現在は……
「なんでいい匂いのするゴブリンなのよ!」
アイシャの魔導書から発動したフローラルな香りが付着する魔法を受けたゴブリン。
魔法を受けたゴブリンが動けば、とてもいい匂いが付近に広がる。
アイシャの殴る力はそれ程でも無くて、倒すのはランダムに発動する魔法任せ、一応はゴブリンから攻撃を受けても綺麗に受け流すんだけど、たまに喰らって制服の加護が発動したしたりしてる。
「ランダムで自動発動だから文句言うなよ」
俺の方はエストックで攻撃を受け流す練習。
俺の目の前には少し錆びたナタを振り回すゴブリンと先の尖ったクワを振り回すゴブリン。
「先輩って、エストック使うの上手いですね」
「そりゃそうだろ、小さい頃から練習してたんだし」
子供の頃はエストックに見立てた木の棒だったけど、それでも家に飾ってあるエストックに憧れて毎日練習してたのが懐かしい。
「やっぱり私にはブッカーなんて向いてないんでしょうか?」
それは違うと思う。
「魔導書のページを適当に増やし過ぎじゃね? 攻撃系の悪魔の力を数点揃えた魔導書とか持てば、十分戦えてると思うぞ」
アイシャの魔導書から自動発動した魔法は、微妙な奴が多すぎる。まっ、俺も人の事は言えないんだけどな。
「次のゴブリン探しましょう」
「今の2匹でゴブリンは全滅したから復活するのは明日だよ」
ダンジョンの仕様で、全滅させてしまうと、次の日まで待たなきゃならないってのがある。
今日1日、俺とアイシャだけで500体以上のゴブリンを倒してる訳で、貯まった魔石や皮も処分したい訳で……
「えー、せっかくノッてきた所だったのに」
そう言って1歩踏み出したアイシャだったんだけど、踏み込んだ場所に大きな穴が出来て……スコーンって感じで……
「あっ……落ちた……」
落下する瞬間のアイシャの表情は、普段の可愛らしい顔から、本当に驚いた時の変顔になってて、少し笑えた。
「センパーイ、見てないで助けて下さいよ」
どうやら怪我なんかしてないようだ。そこは少し安心した。
「下はどうなってる? ロープ垂らすけど上がって来れるか?」
俺の問に数秒間が空いて、アイシャから帰って来た答えは……
「なんか迷宮っぽくレンガの通路が続いてます」
なぬ? それは行かないとだろ?
適当に木にロープを縛り付けて、俺も穴の底に降りてみた。高さは8mくらいかな。
「なんで先輩まで降りて来るんですか」
「そりゃ新しい階層を見つけたら降りるだろ?」
何処かにあるって噂だった学園の7不思議の1つ、学園ダンジョンの地下6階。
「え? 新しい階層って……7不思議の?」
アイシャが困惑しながら周りを眺めてる。
俺は現在地を分析中。ちょうど筆記用具も持ってるしマッピングしながら進むとする。
「どんな魔物が居るか分からないから、ブッカースタイルじゃなくて、祓魔師として警戒しててくれ」
腰のホルスターに魔導書を差し込む俺とアイシャ。
一応ここがスタート地点らしくて、進める方向は一方向だけ。
全体的にやや薄暗い、壁や地面はレンガで出来た横幅5mくらいの通路、天井はなんの素材か分からないが、崩落するようなことも無さそうだ。
「新しい階層って事は……宝箱が見つかるかもですね」
アイシャの言った事が俺の狙いだったりする。
「絶対あるだろ? 10日に1箱出現するんだし」
どの階層でも10日に1箱、必ず宝箱が出現するんだ、階層の何処にあるのかはランダムだけど。
「マッピングしながら進むから、アイシャも歩数を数えてくれ」
上り下りの無い平坦な場所なら、ある程度歩数を数えておけば、そんなに距離を間違う事も無いし、新しい階層ってなら作成した地図は買い取って貰えるし。
「報酬がワリカンなら」
「もちろん2人で頭割りだよ」
最終的な売り上げが、いくらになるか楽しみだ。
1時間くらいアイシャと2人で地図を作りながら進んだんだけど、小部屋が3箇所見つかって、うち2箇所に木製の宝箱が鎮座してた。
「こんな下級ダンジョンの宝箱に罠なんて無いと思うけど警戒はしとけよ」
そう言って注意しても、見つけた宝箱を開けたいって言ったアイシャが、警戒もせずに勢い良く開けた宝箱。
「おお! 可愛い鞄……」
なんの皮か分からないけど、革の鞄が1つ入ってた。
縁どりや装飾が、どう見ても女性用の可愛らしい鞄。
「アイシャ欲しいか? さすがにそれを俺が持ち歩くのは辛いものがあるし、アイシャにやるよ」
俺はもう1つの宝箱から出た、筆記用具で十分さ。
3部屋目の小部屋にはドアが1つ、開けたら5階層の札の置いてある部屋に繋がってて。
「とりあえず札持って帰るか」
「行ってない通路とか楽しみですけど、もうお腹いっぱいって感じです」
延々とゴブリンしか出ない迷宮だった。アイシャが祓魔師として、俺がエストックを持った前衛としてなら、何も問題は無くて、ただの作業となったゴブリン狩り。
迷宮の景色も、何一つ変わらないレンガの道。
本音を言うと俺もアイシャも飽きた。
購買部で6階層の報告をしたら、冒険者ギルドの迷宮管理部に行ってくれって言われた。
札を渡して引いたクジでは、俺もアイシャも筆記用具が当たっただけ。
「先輩って、あのクジのラインナップを本気で信じてます?」
「ハンセンが魔法鞄を当てた所を直接見てるからな」
実際に当たる所を目撃したんだもん、1等が当たる事もあるだろうよ。
「飾ってある鞄って、普通の鞄ですよ。数年前から魔法鞄は補充されてないはずなんで」
学園の経営者の家系のアイシャのセリフを聞いて、俺の純粋なハートは打ち砕かれてしまった。
一応報告はアイシャと2人で、冒険者ギルドの迷宮管理部で作成した地図とロープを掛けたまま置いて来た入口の場所を報告して報酬を貰える事になった。
「せっかくだし、この鞄の鑑定も頼んできますね」
冒険者ギルドにはダンジョン産の道具を鑑定してくれる部署がある、俺は報酬を受け取る為にカウンターの前に据え付けてある長椅子に座って待つとする。
「鉄級のライル・ラインさん。お手続きが完了しました、2番の窓口までお越しください」
15分ほど待って、やっと俺の番。とりあえず報酬を受け取る。
金額の内訳を書いた紙を見ながら説明を受けて、受け取り書にサインをして報酬を手に入れた。
「先輩、どうでした? 私の方は大当たりでしたよ」
下級層にやや近い場所に建ってる冒険者ギルドから上級層に入るまではアイシャを送って行く。
途中で手に入れた鞄の詳細を聞いたら、時間停止、容量そのまま、重量軽減の付いた鞄だって教えてくれた。
「今日の報酬は二つに分けといた。詳細も見るか?」
「そこは先輩を信じてますから見なくても大丈夫です」
2人で白金貨4枚。1日の稼ぎとしてはかなり優秀だと思う。
そう言えば……1度聞いておこうかな……
「なんでアイシャは男と2人でダンジョンに潜っても気にしないんだ? 普通の女性冒険者なら、同性とパーティーを組むのが普通だと思うんだけど」
何気に気になったんだよ、学生時代からこうなんだ。
「それは、何かあっても魔導書さえ持ってれば簡単に撃退できるでしょうし、先輩って報酬を誤魔化す事をしないですよね?」
ああ、確かにアイシャの魔導書なら男を撃退出来るくらいの魔法が含まれてても変じゃないか……
でも誤魔化すって……
「今まで臨時でパーティーを組んだ時に、女だからって報酬を減らされた事が何回もあるんですよ。先輩って変な所で真面目だから、そんな事絶対にしないでしょ?」
【南風】の2人から何時も言われてたもんな「冒険者の報酬は頭割りが基本だ。仮登録だろうと同じなんだぞ。まあお前が大金を持ち歩きたく無いって言うなら預かっといてやる」なんてさ。
結局、結婚祝いに全部あげたんだよな……いくら貯まってたんだろ? 少し気になる。
「まあ、しないな。されたら嫌だから、俺はしない」
「だからですよ」なんて答えたアイシャに付き合って貰って中流層の装具屋で、小さな魔法鞄を1つ購入。
「先輩って地味目な色合いが好きですよね。ちょっと趣味悪いと言うか、年寄り臭いと言うか……」
空間拡張と重量軽減の付いた白金貨2枚の小さな灰色の魔法鞄。左の腰に付けて、これで良し。
「森の中に行くから地味目で良いんだよ。それじゃここまでで良いだろ?」
「ええ、今日はお疲れ様でした。また時間がある時に」
そう言ってアイシャと別れて後ろを振り返って少し歩くと……
「よう、やるじゃんライル。何してたか微に入り細に入り教えろよ」
ちょうどそこはハンセンの家のすぐ近くで、開いた玄関ドアに隠れてハンセンが探査魔法を使ってる所で……
ここ数日、城門に行かなかった間の俺の行動を、アイシャと一緒の時間の部分を中心に根掘り葉掘り聞かれてウンザリだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます