南へ
やっとの事で背負うタイプの魔法鞄を手に入れた俺。腰に付けてる小さな魔法鞄を手に入れてから8ヶ月もかかった。
空間魔法や重力魔法なんかを付与する触媒に使う素材は自力で集める事が出来たが、時魔法の触媒や背中に当たる所に使う柔らかい革や、蓋になる硬い革を手に入れるのが大変だった。
結局買うのに半年くらいコツコツ貯金したんだよな。
「う〜ん、新しいものは素晴らしい」
今日納品されたばかりの新品の魔法鞄、前に使ってたのと殆ど同じ素材とデザインで、容量も軽減も遅延も同じように付与してもらった。
「入らないのはエストックくらいかな」
ボロアパートの部屋に置いてあった物を、新しい鞄に全て突っ込み、エストックに布を巻いて鞄との隙間に背負った俺。
いよいよ今日このアパートを引越すんだ。
そのためにまず向かうのは冒険者ギルド。
移動届けを出して、王都の住民証を返却する為に。
誰にも王都を出て行く事を伝えて無かったのに、昨日の夕方頃に何故かハンセンがユンケル魔法団の3人を連れて、片付け途中のボロアパートに突入して来て、なし崩し的にお別れ会なんてものを開いてもらった。
「お前なあ、最後の舞踏会にも参加しなかったろ。同期なんだから遠慮なんかするなよ」
ぐでんぐでんになったユングから言われた一言。
「僕らはさっさと銀級に上がる。いつか追い付いて来いよ、先に上がって待ってるからな」
腰砕けになるほど飲んだ、床を這いつくばるケルビムに言われて。
「お前はもうちょっと僕達に頼れ。何かあったらすぐに駆け付けるから、住所が決まったら教えてくれよな。ふっ」
顔を真っ赤にしてプルプル震えてるルーファスの連絡先を教えてもらった。
ハンセンはそんな3人を送って行くって言って、自分も千鳥足なのに拘束魔法の魔力の鎖で3人を縛って、そのまま引きずって帰って行った。
都合6年過ごした王都、学生時代からずっと付けてた王都近くの森のマップは殆ど完成。
魔導書の魔法は相変わらず5種類だけ。
あんまりいい思い出なんか無かった……
でも俺が成長するには、ここに来た事が悪い選択肢じゃなかったって言える。
王都に来たばかりの頃の俺は、文字の読み書きも出来ず、お金の価値もあまりわかっておらず、世間の事を何も知らず。
身分や役職、富を得た者や搾取される者。そんなのを何も知らず森で育つのと、都会の荒波に揉まれたのでは、これから先の人生には大きな違いだろうから。
「1年間お世話になりました」
アパートの管理人さんに挨拶して、冒険者ギルドに向かう。
冒険者ギルドでの事務手続きは淡々としたもので、別に何かあっても困るけど、何も無く10分程度で終わってしまった。
「あっ、先輩。今日は今から仕事ですか?」
こんな時にめんどくさいな……いや、もう会うことも無いだろうし、ちゃんと相手してやるか。
「アイシャも今日から正式に冒険者登録するんだよな。よろしくな鉄級冒険者」
アイシャはリリアとパーティーを組んで、冒険者としても活動するらしい。祓魔師も連盟所属で続けてるみたいだし。
「言いますねえ、銅級くらいならすぐ追い付きますからね」
あっそうだ。どうせならコイツに渡そうかな。
「いいもんやるよ。模写だけどさ、俺が6年かけて作った王都周りのマップ。自分で歩いて書き上げたから、そこらで買える物より正確だと思うぞ」
筆記用具が大量に余ってたから模写しておいたやつ。誰かにやるなら後輩に渡すのもアリだろ?
「おっ。これに先輩の秘密の全てが載ってるんですね?」
「秘密ってなんだよ、野草とか薬草の群生地や魔物のテリトリーくらいしか書いてないからな」
そんな軽口を叩きつつ、アイシャと別れる。
アイシャは依頼を張り出してある掲示板に、俺は南門に向かって。
冒険者ギルドを出て南門に向かうには、王都を十字に分けている大通りを歩くのが1番早い。
大通りを1度中央に向かって歩いていると、昔の事が思い出される。
「あの時はずっと建物ばっかり見てたよな……」
俺が王都に初めて来た日。村に来る行商人の馬車に乗って7日かけて辿り着いた王都は、あの時の俺の目には、何か凄い世界としか思えなくて、何があるかウキウキして目を輝かせてたはず。
だけど今は、人とぶつからないように、まっすぐ前を見て、表通りだけ綺麗な王都を眺めながら、出て行く事に目を輝かせてる俺が居る。
「貴様、武器をしまわずに門を潜ろうなどと何を考えている」
南門の衛兵に止められて言われた事。
「ちゃんと抜けないように布を巻いてます。持ち運ぶ際は瞬時に抜けないようにして持ち歩く決まりくらいわかってますから」
これは金を出せって事なんだよな……
普段使ってる西門は東の森に行くには遠回りになるけど、こんな事が全くないから使ってたんだ。
「こんなもの軽目の火魔法で燃やせば一瞬で抜けようになるだろ」
この衛兵は慣れてるみたいだな、何を言っても袖の下を渡さないと解放してくれないようだ。
仕方ない銀貨1枚が相場だったはず……
そう思って、軽鎧の胸の所に仕込んである銀貨を抜き出そうとしたら……
「そこの一般衛兵。そいつは僕の知人だ。僕が担当するからお前は他の通行人の所に行ってくれ」
新品のマントを着けたハンセンが居て。
「また会おうな。元気で暮らせよ」
その一言だけで、西門に帰って行った。
そんなに良い思い出が詰まってる訳じゃない王都でも、やっぱり6年も暮らした場所で、実家を出る時と同じく、周りに人が少なくなるまで歩いて、街道から少し離れてから泣いた。
俺が向かうのはサウスポートと言う漁港のある港町。
学生時代に1度研修で行った町で、南の子爵領都にもなってる王国南部の中心地。
【南風】の2人が住んでて、俺がこの世で1番美味しいと思う食べ物、エビが名産なんだ。
王都に住んでたら高くて食えないけど、サウスポートでは、安い飯屋でも出てくる定番メニューで、どんな料理を食っても美味かったのが印象的。
地元に居た頃はエビなんて川で取れた小さい物を、ゼリーで寄せて食べるか、何匹もすり潰して衣を付けて揚げるかしか食べ方の無かったのに、あんなに大きくて美味い物だと知った時は衝撃を受けた。
「最初は南風の2人に挨拶して、住む所を決めて、冒険者ギルドに行って住民証を貰って……」
今歩いてるのは王都を囲む南の山の王都側、もうすぐ山を越えるから、そろそろ王都も見えなくなる。
「二度と行くかクソ王都! 滅びちまえ!」
周りに誰も居ない事を確認して王都に向かって叫ぶ。
だけどその後に自然に出た一言が……
「でもアイツらとはまた会いたいな」
そっちが本音なのかな……
それより何より、ライル・ライン、18歳になって10日目。
新天地に向けて1人歩く『今度はパーティーでも組んでみようかな』なんて思いながら。
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