脱退
アイシャが手足の切り落とされたオーガに聖水を振りまいて、魔導書のページをまた1つ増やした直後、悪魔の宿っていた個体の頭が吹き飛んだ。
原因は棘の付いた金棒。
「さて集落の処理をして次に行くよ。そんでお嬢様はどうする?」
遠巻きに見てたアイシャが魔法を獲得する為に入って来たオーガの集落の惨状を見て、青ざめて吐くまで、それ程時間はかからなかった。
「処理はしておきます。2人はアイシャに付いてて下さい」
俺の頼み事も、何も言わずに首を縦に振るだけで答えてくれる。本当に有り難い。
「サルモネラー」腐り魔法を発動してオーガの集落の有機物全てを腐らせていく。そのあとは……
「ナメッシー」次から次へと腐らせた集落の建物を全てヌルヌルで蓋をして。
「これで大丈夫です。数日すれば腐肉食いに全て飲み込まれるでしょうから」
森の一部が腐ったままだと、どんな病気が流行るか分からない、だから殲滅なんかが終わったら必ずこうするんだ。
俺が集落の処理をしてる間に、クルトさんが売れそうなオーガの死体を魔法鞄に収納してた。
一流の冒険者が持つ魔法鞄は、全部で27体ある死体を全て収めても余裕があるようだ。
「ビスマはお嬢様を王都に連れて行ってあげてくれ、俺はライルとレッサーサイクロプスでも駆逐して来るからさ」
クルトさんが駆逐と言えば、本当にその付近からその種が居なくなるんだ。
「お嬢様、今日見た事は、あのアホ面した父親にも内緒で頼むよ、ライルの事を悪用されたらたまったもんじゃないからな」
アイシャに念を押してくれた、こんな所も有り難い。
「行きましょうか。出来るだけ早く終わらせたいです、生活費稼がないとなんで」
出来れば野草の群生地は避けて戦いたいなとか考えてたら……
「何言ってんだよ。今は正式に冒険者としてやってんだろ? この依頼の報酬は3人で頭割りだからな」
とんでもない事を言われた……
その後は、西の森の人が入る場所を足早に見て周り、東の森で4匹のレッサーサイクロプスを仕留めて王都に帰ったんだけど、ずっと頭の中に……
金級が受ける依頼の報酬の1/3も貰える。
そんな事がこびりついて、殆ど全速力で走りながら行動したのに、全く苦にならなかった。
王都に帰って来たのは昼を少し回ったくらい。
まだハンセンが城門で仕事をしてる時間だった。
「アイシャ嬢が俯いてションボリしながら通って行ったぞ、何があったんだ?」
そんな事を聞いてくるんだ。
「金級の集落殲滅依頼を目の当たりにしたからじゃね?」
まあこれで間違いは無いと思う。
「それよりもさ、また洗濯頼めないかな? 今度は銀貨2枚くらいで。マントはもうこれしか残ってなくてさ、さすがに半年もしないのに再支給の手続きをするのは気が引けてね」
コイツ……さては1枚捨てたな……白金貨20枚のマントを捨てるとか……
「明日の帰りで良ければ。雨が降っても大丈夫だから、雨の時は朝から来るよ」
そんな事を約束して城門を通過する。
この時間は混むから嫌いだ。
「まずは依頼主の所に報告だな、その後はギルドに行って依頼達成の報告と報酬の受け取り」
クルトさんの言葉通り、普段なら使わない乗り合い馬車で大通りを一等街区に向かって進む。
歩くと40分くらい、乗り合い馬車だと15分くらい。
どこまで乗っても大銅貨1枚なのは良いけど、大銅貨1枚あれば、ハンセンに教えて貰った肉を挟んだパンが買えると思ったら、少し勿体無い気がした。
会長から小言をネチネチ言われると思ってたのに、少し渋い顔をしてただけで、何も言われる事もないままに報告も終わり、冒険者ギルドで依頼達成の報告。
どうやら冒険者ギルド経由で報酬は支払われるみたい。
更にオーガ討伐やレッサーサイクロプス駆除なんかも同時に受けてたみたいで、3つの依頼を同時達成して、俺が貰った報酬はとんでもないものになった。
「なあライル。王都なんかで燻ってないでサウスポートに来ないか?」
レッサーサイクロプスを探して回る間に、ここ最近何をしてたか、乗り合い馬車の上でアイシャに対する俺の本当の気持ちってのをクルトさんと話してた。
そしたら言われたんだ、燻ってなんて。
「このままじゃ崩れになっちまいそうで、アタイは心配だよ」
冒険者崩れの犯罪者になりそうとか……
「まだ王都で出来ることはあると思うんです。もう少し頑張ってみます、ここで逃げたら目標からも逃げ出しそうで怖いんです」
この2人は俺の事を落ちこぼれなんて言ったりしない。学生時代から対等に扱ってくれるんだ『同じ仕事をする仲間だろう? 上下関係はあっても人格そのものをバカにする様な事をして何になる?』そんな事を言って……
「10日に1度は休むようにするんだよ。冒険者は体が資本だからね」
クルトさんの両親に子供を預けて来ていた2人は、報酬を受け取って足早に王都を後にした。城門まで見送ったんだけど、別れ際にビスマ姉さんからそんな事を言われて。
「嫌な事から逃げるのもアリだと思うが、逃げる前に本音をぶつけてみろ。元気でなライル」
クルトさんには痛い事を言われて。
「王都を出るなら必ずサウスポートに行きます。その時はよろしくお願いします、2人ともお元気で」
遠巻きにハンセンに見られながら、懐かしい2人との楽しい時間はあっという間に終わってしまった。
俺の手に残った紅金貨2枚が、これが楽しい夢じゃないって教えてくれた。
「金級のオーラって凄いのな、人混みがあの二人の周りだけポカンと空いてさ」
仕事終わりのハンセンと2人で肉を挟んだパンを食べてる。
「だよな、冒険者としてもやって行くなら、あの2人みたくなりたいよ」
そんな事を話しながら、魔法鞄の事を考えてたら。
「おっと、僕は邪魔者だな。またなライル」
急にベンチから立ち上がったハンセン、俺の事を一瞬だけ見て、突然帰ってしまった。
「先輩……」目の前に立ってたのはアイシャで……
「お疲れ様、気分はどうだ? 凄かったろあの二人」
つい数時間前まで一緒に行動してた2人の話を振ってみたら。
「先輩は何時もあんな事をしてたんですか?」
あんな事ってなんだろ? 殲滅の事か? 補助の事か? それとも後処理の事か?
「あんな事ってどんな事だよ? あの二人から学生時代に色々教えて貰ったのは確かだけどさ」
またこの目だ、皆そうだ、俺のやってる事を目の当たりにした奴は、ほぼ皆こうなる。
ならなかったのはハンセンとユンケル魔法団の3人くらい。
「金級と共に肩を並べて戦うとか、金級の人達に絶対的な信頼をされてるとか、あんな小さなオーガの子供まで殺すとか……」
何言ってんだこいつ? そう思ったけど、それは言葉に出さない。たぶんこう答えないと機嫌が悪くなる。
「周りの大人を人間に殺されたオーガの子供がどうなると思う? いずれ人を襲うようになる。それも人間を主体に襲うようにだ。だから殺した。金級の人達と肩を並べられてるのかは分からない。あくまでも2人が居なかったら俺には出来ない事だから」
アイシャから直接見えたのは俺がヌルヌルで障壁を作ったのと人の頭程の石を数十個巻き込んで崩落させた所くらいだろう。
「先輩って、辛く無いんですか?」
目の前に立ちっぱなしもなんだと思って隣に座らせる。その時にアイシャの質問にちゃんと答えようと思った。
「辛いよ。ずっと1人だ。王都に出て来てからずっと1人だ。王都になんか来なきゃ良かったって思ってる」
魔物がわんさか住む山脈の麓、小さな開拓村に住んでた頃の方が、ずっと毎日が楽しかった。
「じゃあなんで王都を出て行かないんですか?」
それは……
「意地かな。今の俺が王都から拠点を変えて違う町に行っても、逃げ出したって自己嫌悪するだろうし」
ちゃんと向き合って伝えよう。
「アイシャ、これから俺の事を連盟所属の祓魔師と思わないでくれ。俺は連盟を脱退する」
加入してからすぐに考えてたんだ。
「脱退して祓魔師は辞めちゃうんですか?」
そんなわけない。
「脱退しても祓魔師は続けるさ。連盟に在籍してなくても、魔導書さえ使えるなら祓魔師と名乗れるんだし」
祓魔師連盟を脱退した所で、最下級の俺に回ってくる仕事なんて元々無かったんだし。連盟に加入してて役に立った所と言えば、国営の施設で多少優遇されてたくらい。
「それじゃ勉強頑張れよ。首席に言うような事じゃないけどさ」
まだ何か言いたそうにしてたアイシャだったけど、これ以上言うことも無いし、その場にアイシャを残して、祓魔師連盟本部会館に向かい、受付で脱退手続きをしてから登録証を返却して、祓魔師連盟から脱退した。
「ふ〜。スッキリした〜」
ずっと疑問だったんだよ、連盟に加入してなんになるのか? なんてさ。
「既製品の魔法鞄でも見に行こ」
せっかく一等街区に来てるんだから、魔法具屋にでも寄っていこうと思う。
たぶんこれから、ここに来る事も無いんだろうし。
結局、下級冒険者の服装で入った一等街区の魔法具店では門前払いされて、二等街区でも嫌な顔をされて、三等街区にある初心者御用達の装具店まで移動して来た。
「ここで売ってる物なら、自分で素材集めて作った方が機能的だよな……」
容量増加だけ、重量軽減だけ、遅延の付いてる物は1つも置いてない、時間停止なんて言わずもがなだし。
そうだ、教会に行って革そのものを買ってこよう。
残りの素材は自分で集めて、効果を付与するのは……
ハンセンに頼んでみるか。
次に何をするか決めたら、モヤモヤしてたのが少しスッキリして、明日からの素材収集にも気合が入る。
「生活費はしばらく大丈夫そうだし、装具を整える事に集中しようかな」
家に帰って安い黒パンを齧りながら、ゴキブリや蚊がうるさい部屋の中で。
「出来るだけ早くここを抜け出してやる」
そんな事を考えながら眠りについた。
「先輩、明日の朝から学園のダンジョンに潜るので時間があるなら来てください。受付前で待ってます」
窓の隙間から入って来た言霊を聞いて、やっぱり分かってないよなアイツって思いながら。
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