ひと月分の家賃と2週間分の食費しか残ってない俺を呼び出したアイシャ、いつもの場所なんて行きたくないけど、行かないと何があるか分からないから向かうとする。


 まだ夜も明けないうちに……


 王国の中で1番人口の多い王都でも、4時前に歩いている人間は誰も居なくて……


「何をやるか説明付きで呼び出して欲しいもんだよな」


 俺の呟いた愚痴に答える鳥の鳴き声すらなかった。




 王都には24時間休むこと無く営業している施設が何ヶ所かある、そのうち1つ祓魔師連盟本部会館。


「おはようございます、今日もいつものアレです」


 受付に座っている深夜勤務の事務員さんに断って2階を目指して階段方向に歩き始めたら。


「ライル先輩。こっちこっち、もう他の人は揃ってるんですから、早くして下さい」


 階段へ向かう通路の右側、来客用の応接室のドアを開けたアイシャに誘導されて部屋に入れば……


「ライル、久しぶりだな。昔みたいに補助を頼むぜ」


 会うのは1年ぶりかな?


「イケメンだったって記憶してたけど、やっぱりイケメンだったねぇ。久しぶりだよライル」


 人型魔物専門で活動してる、俺が学生時代にお世話になった冒険者パーティー【南風】の2人が居て。


「おはようございます、お久しぶりですクルトさん、ビスマ姉さん」


 去年目出度く結婚して地元のサウスポートと言う港町に帰って行った2人。


 アイシャと会長も部屋の中に居るんだけど……


「私には挨拶しないのかね? おはようライル道士」


 会長からそんな事を言われて……


「先輩はまず私におはようって言うべきです」


 アイシャからも、そんな事を言われて……


「相変わらず尻に敷かれてんのか?」


「お舅さんの嫌味くらい耐えないとね」


 2人にそんな事を言われるんだ。この2人も全然わかってない。



 会長やアイシャの機嫌をとりつつ、【南風】の2人から今回何があるのかを聞いてみると。


「オーガに憑依した悪魔ですか……」


 人型魔物専門で依頼を受けてた【南風】の2人なら、2人だけでも余裕だろうけど。


「祓魔師連盟から直接依頼を受けてな、そこのお嬢様の魔導書のページを増やしてくれだと」


 とんでもない……アイシャなんかオーガの前に出たら瞬殺されるぞ……


「だからライルの力が必要なのさ、アンタが居るなら余裕だろうからね」


 俺が、この2人を手伝って様々な人型魔物狩りをした事は正式な記録には残っていない。

 学生時代の仮登録だったのと、2人に『内密して欲しい』と、お願いしてたから。


「なあライル、以前言ったことは覚えてるよな? 触るな汚すな、出発時と同じ状態で家に帰せ」


 ああ……また言霊魔法だ。周りの3人に聞こえてない会長の声。


「中衛で補助をしつつアイシャ嬢の警護で良いなら」


 俺の答えと同時に、その日の仕事が始まった。




 城門を抜ける時は、相も変わらずハンセンの勤務時間で、まだ人もまばらな時間だったのもあって、ハンセンから激励されてしまった。


「金級冒険者と仮パーティーとか羨ましいったらありゃしない。頑張って来いよ」


 人の気も知らないで。掛けてやろうかな、腹痛魔法……


 流石に自分も巻き込まれるのは辛いから止めといた。




「下調べは終わってるんですね」


 流石金級冒険者だと思った。北の森に最近移動して来たオーガの群れ、既に巣の場所も突き止めて、どれだけの数が居るかも把握してるみたいだ。


「依頼の相談を受けた時に調べ始めてね。ライルが王都で活動し続けてるなら大丈夫だと確信したんだよ」


 ビスマさんは、姉さんって呼ばないと強烈なヘッドロックを仕掛けて来る前衛の筋肉質な女性。

 俺のサポート能力にいち早く気付いて、薬草採取しか出来なかった俺を学生時代に雇ってくれた恩がある。


「ライルの助力があるなら、同時に20だろうが30だろうがオーガくらい問題無いさ」


 クルトさんは、ドワーフの血が流れてるらしい。

俺と同じく細身なのに膂力は人の範疇を超えている。

 俺に人型の魔物の弱点や狩り方を教えてくれた恩人。


「なんで先輩なんですか? 魔物にも強い祓魔師なら沢山居ますけど」


 アイシャは、この2人と活動してた所を見た事がない。出来ればあまり見せたく無かったんだけどな。


「お嬢様、あんたはアタイから見たら頼りにならないどころか、足を引っ張るしか能が無いように見えるねえ。悪魔付きのトドメは任せるけど、それまで後ろで黙って見ててくれたら助かるよ」


 アイシャが振りかざす父親の権力も、金級上位の冒険者には通用しない。

 あくまで、この2人は祓魔師連盟からの直接依頼を受けただけ、嫌なら解約すれば良いんだし。


 そう出来るだけの実力やコネも持ってる。


「ライルの力は誰にも話しちゃなんねぞお嬢様。知られたら俺達が雇えなくなるからな」


 金級上位の冒険者の圧力は凄い。

アイシャが俺の後ろに隠れて黙り込んでしまった。


「先輩が、なんであんなに信用されてるか気になるから黙ってます」


 これは嬉しい。警戒しないとダメな場所で、めんどくさい世間話とか最悪だもんな。


「北の森にオーガの集落が出来て、元々住んでたレッサーサイクロプスなんかが西や東の森に出るようになったなんて聞いたけど」


 なるほど、ユンケル魔法団を襲ったのはそいつらか。


「ついでだし、オーガを殺ったらサイクロプスも処理しに行こうかね」


 この2人は人型の魔物に容赦が無い、それもこれも……2人の元パーティーメンバー、それぞれの恋人だった2人と組んでた4人パーティーで活動してた頃、その2人を人型の魔物に食い殺されたから。


 2人になっても冒険者を続けたのは、人型の魔物の被害を少しでも減らしたかったなんて昔教えてくれた。


 いつの間にか2人が恋仲になって、結婚して地元に戻るまで、王都圏で人型魔物の被害は皆無なんて言う状態が数年続いたんだ。


「北の森にはフォレストウルフの群れも居る、アッシャーエイプやウッドスネークなんかも居るから着替えなよお嬢様。目立たない服くらい持ってんだろ?」


 魔法学園の白い制服で着いて来たアイシャ。

俺が言っても聞かないのに、ビスマ姉さんに言われたら簡単に聞いてくれた。


「外套を羽織ります。加護付きの制服なので着替えたくは無いです」


 数十年前に活躍した聖女の加護を受けた生地で作られた制服らしい、金級の2人も少し驚いて、それでも目立たないように外套を羽織るならと許してくれた。



「さあライル。あんたなら何処から攻める?」


 毎回2人と行動するとコレだ。必ず俺に聞いて来る。


「俺なら単独になったところを個別撃破ですが、2人が居るなら正面から行きます。あれから2つ魔法が増えました。うち1つはかなりエグいサポート能力です。後ろは心配しなくても大丈夫です」


 この2人には小細工なんか無用。カユカユ魔法と腹痛魔法があれば十分だと思う。


「んじゃ昔のように殺ろうかね。ライルが目視できる場所で戦えば良いんだね」


 この2人にカユカユ魔法のサポートがあったら無敵だと思う。そこに腹痛魔法が加われば……


「新しく得た魔法の方は、ほんとに緊急時にしか使えません。基本はカユカユで」


 自分も巻き込まれるんだから、あまり使いたく無いよな……


『了解』


 俺と2人のやり取りを後ろで聞いてるアイシャにも指示を出さないと。


「アイシャ、必要になったら呼ぶから、そこの木の上に」


 集落が見える位置に立ってる大きな木にアイシャを登らせて、木の幹にヌルヌル魔法でヌルヌルを出しておく。登ろうとしても滑って絶対無理な程のヌルヌルで。


「じゃあ行こうかね。警戒はたのむよ」


「気楽に行こうやライル。あんたと組めば無敵なんだからね」


 耳をすませ、森を見ろ、森は俺の味方なんだから。



 最初にやるのは集落の周りを幅20m位のヌルヌルの道で囲む事。これは粘度を最大に上げて、まるで強力な膠のようにして。


 オーガに気付かれ無いように草を纏ってヒートウインドウで常に自分達を風下にして。


「準備完了です。行きますよ」


 あとは3人で集落の全方位が見える場所に向かいつつ、後ろにヌルヌルを出して少し残してた道を塞ぐ。

 魔導書のページはモスキートンのページを開きっぱなし。


 万が一の為に腐り魔法も何時でも放てるように警戒しておく。もちろん腹痛魔法もだ。


 そうして始まった蹂躙と言う名のオーガ狩り。


「前方からの三体全て施術完了」


 俺達に気付いて襲いかかって来るオーガから順番に、目視出来る範囲全てを最大のカユカユ魔法で包み込む。


 オーガの群れに飛び込むのはビスマ姉さん。


「テメェら個人に怨みは無いけど、死んでくんない」


 ちょっと特徴のある語尾で話すビスマ姉さんの使う武器は棘の付いた金棒。


 たぶん68kgある俺より重いだろう巨大な金棒なんだ。


 ビュンと1振り金棒を振れば、ベシャッと言う音と共に、そこから破裂したようにオーガが弾けて飛んで行く。


「左から2体、右から4体来てます、右から優先で施術します」


 最大威力のカユカユ魔法が発動すれば、怒り狂ったオーガだろうとのたうち回る痒みで。

発動した方の4体は大丈夫。残りの2体は……


 ピシャっと音が鳴ったあと、パキンと甲高い空気の弾ける音がする。物体が空気の壁を裂いた音。


「流石ですクルトさん、正面の奥から2番目の角が変色している個体が悪魔憑きです」


 クルトさんの得意武器は鞭、ある程度広さが無いと最大火力は出せないけど、広さがあるなら話は別。


 右から来ていた2体のオーガは自分達の身体が真っ二つになっている事も気付かず、走り続けて三歩目で二つに分かれて絶命した。


 でもオーガだって馬鹿じゃない、集落を作って群れで生きる術を持ってる。

遠巻きにこちらを睨むオーガ達が手に持ったのは人の頭程もある石。


 もちろん俺達に向かって投げる為。


「前方にヌルヌルを出します、少し下がって」


 俺が指示を出せば、その通りに動いてくれる2人の金級冒険者。ほんとに有難い。


「最大量、粘度は最小・ナメッシー」


 2人から1歩前に出た俺の両手の平から大量のヌルヌルが出て、まるで分厚い水の壁のようなヌルヌルの壁。崩落させるのはオーガ側に向かって。


 【南風】の2人は、俺と行動する時に履く靴が特殊な物なんだ、靴底にスパイクが付いてる。


 だから崩落したヌルヌルの上でも普段と同じ様に踏ん張れる。

でもオーガは違う。ヌルヌルの上で滑って立ち上がれず、カユカユ魔法を全身に受けて、次から次へとビスマ姉さんの金棒やクルトさんの鞭の餌食になって行く。


 通常のオーガを殲滅して、悪魔憑きのオーガの手足を、クルトさんが鞭で切り落とした後に、トドメをさせるのにアイシャを呼んだのは、戦闘開始から15分も経ってなかった。

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